ポーシャーの店から、わたしとピコラは魔女の王宮を目指して進んで行く。最終的には王宮周辺で暴れまわる暴徒の鎮圧、それが無理でも、せめてフリックル派の魔女が抑える王宮の中へとピコラを送り届けようと思っていた。当然、道中では敵対する魔女たちに遭遇し、街に入った時のような魔法の応酬に巻き込まれることを覚悟していたのだが――
「………これ、すごいですね」
ピコラの言葉に、わたしは無言で頷く。ここであったのは戦闘などではなく、蹂躙だった。わたし達の前にはかつてエーリアスの住民であったいくつかの芋が転がっていた。
触れたものをサツマイモに変化させる効果を持つ、ポーシャーのポーション。これだけ強力であって、無機物にも効くというのだから便利すぎる。『トリッカル』において、ポーシャーの店のアルバイト、レヴィが肩越しに見てでも、何とか再現を目指すのは当然だろう。
「こんなにあっさりと終わるなんて…!あたしも弟子になればこんなポーション作れるようになるんでしょうか?」
ピコラは驚きのあまり、声を上擦らせていたが、この蹂躙にはポーションだけではなく、私の貢献もある。ポーシャーの反応で分かったのだが、わたしの『人間』の幽霊としての能力は、基本、エルフ以外には無意味なようだが、副次的な効果として、相手を一瞬呆然とさせることができるようだった。小さく油断させやすい見かけでわたしが近づき、動きを止めた隙にピコラがポーションを投げる。たったこれだけの手順で、本来は格上であろう魔女達が次々と餌食になっていった。
「ぅぅ……っ」
テンションが高いピコラの一方で、わたしは思わず眼前の光景から目を背ける。これに意識があるんだろうか。時間経過で元に戻るのか。このまま欠けてしまったら、どうなってしまうのだろうか。そんな疑問が、わたしの頭の中でぐるぐると回り続けている。
何より怖いのは、街に出回っている以上、自分がこのポーションを使われる側になる可能性がそれなりに高いところであった。以前のわたしは、ベリティエンを理想の居住地の一つとして考えていたが、そんなことはない。もしかしたら、危険度は幽霊の沼と同じくらいなのかもしれない。そう思ってしまうのは、自分の思考が幽霊に近づきすぎたせいだろうか。
「これが魔女の王宮?」
考えながら歩いていると、ようやく、わたしの目の前に立派な王宮が現れた。茨が巻き付く姿に、やや廃墟のような雰囲気を感じつつも荘厳な建物がそびえていた。『トリッカル』の一枚絵だけでは伝わらないだろうその圧迫感に、わたしは圧倒される。
「はい、そうです。魔女らしいセンスのデザインですけど………」
魔女風の様式に少し思うところがあるのか、ピコラが落ち着いた声で答えた。そんなことより、という感じでピコラは周囲をキョロキョロと見回している。
「反乱を起こした魔女たちが居ませんね?」
ピコラの言葉の通り、王宮の周りは静かなものだった。
「ここに来るまでに倒しちゃったとか……?」
一番ありそうな仮説を、わたしが口にする。何人か偉そうな魔女が芋に変わる様子を見ており、それで反乱も自然消滅してしまったのではないかと考えていた。
さて、これからどうしようか。知りたいと思っていた、ベリティエンの状況と地上からの行き方はよく理解できた。フリックルが『トリッカル』のメインストーリーと同様に、暗躍していることも、ベリータが失踪していることも分かっている。もう引き際かもしれない。
「ピコラ」
その時、誰かが宮殿から、わたし達の方に声を掛けた。その声に聞き覚えがあったわたしは、慌ててピコラの陰に身を隠す。
「フリックル師匠様!」
いつの間にかベリティエンに帰って来ていたのか、フリックルがそこに居た。背後には何人かの魔女を引き連れ、頭上には敵対していたであろう魔女を茨を操って吊るしている。ピコラの働きに満足しているのか、その顔は穏やかに見えた。
「ポーシャーを抱き込むとは、よくやったわね。ピコ……………その幽霊は何?」
少しツンとした口調を残したままではあるが、素直に褒めようとしたフリックルが、わたしを見つけて足を止めた。縦長の瞳孔が、ジッとわたしの方に向けられた後、慌てて逸らされる。さっきまで優しげだった顔が、冷ややかな表情に変わっていた。
「地上でのお師匠様の協力者です……よね?」
「はぁ……そういうことなのね……」
ピコラが恐る恐る尋ねると、フリックルがため息と共に、何か納得したように呟いた。立て続けのイベントでいつの間にか馴染んでいたが、わたしは別にフリックルに通じている協力者でも何でもない。
「ごめんなさい……」
わたしはピコラに小さく謝罪の言葉を告げると、そっと離れた。困っているピコラに協力したのは事実であるし、本心でもあったが、信頼を裏切ったことには違いない。
「そいつは協力者でもなんでもないわ。なるほど……ピコラに取り入って、また私の邪魔をしようというのね!まったく……シェイディ!幽霊は種族全体の統率も取れないのかしら!!」
フリックルが大声を出しながら手を使って指示すると、複数の茨がわたしを目指して地面を這い進んできた。正面から向き合っても勝ち目はない、わたしは王宮に背を向けて、ベリティエンの市街地を走り始める。しかし、既に先回りしていたのか、そこにもフリックルの茨と魔女達の姿があった。
「当たれ!」
わたしが手持ち最後のポーションを茨にぶつけると、サツマイモに姿が変わる。
「ワァッ!」
魔女の何人かが、慌てて距離を取り、包囲に穴が開いた。突然のわたしとの遭遇、それに伴う急拵えの包囲であったためか、連携や指揮が追いついていないようだ。それでも、一人の魔女は既にわたしへと杖先を向け、今にも何か魔法を繰り出そうとしていた。
「えいっ!」
ダメ押しに、シストから以前特典で貰った拳銃を魔女の足に狙いを定め、投げつける。引き金を引いても全然動作しないただの金属製モデルガンだったが、ここエーリアスでは、銃で致命的な箇所を撃たれるより、普通に鉄の塊をぶつけられた方がダメージが大きいので問題ない。
「ギャッ!!」
投擲の練習をしていた甲斐あって、見事相手の向こう脛に命中し、悲鳴を上げさせた。よっぽどの痛みなのだろう、魔女は脛を抱えてうずくまる。これにより、包囲を突破し、わたしは一人、地上への道を目指して走り出す。その背後で、フリックルが何か怒鳴っていたが、わたしは気にせず駆け続けた。
結局、わたしは無事、日が暮れるまでにエルフィンランドへ戻ることができた。しかし、いざ街中に足を踏み入れると、そこには、見るからに機嫌を損ねたスピッキーがいた。
「今日はネルと教団本部に行くことを約束しましたよね!サヤは自分勝手過ぎます!」
そもそも本当の教団本部にまで連れてきたのは約束と違うとか、他の幽霊の方が自分勝手だとか、反論はいくつかあったが、遊び中に放置していたのはその通りで、わたしは素直に頭を下げた。
幸い、ネルとスピッキーが直接対面した様子はなく、わたしは『トリッカル』のストーリーに影響がなかったことに安堵する。しかし、エルフィンの宣言通り、業務量の多さから、ネルが一日中仕事をして執務室から出てこなかったのだとすれば、あまりに可哀そうに感じた。せめて、教主さえくれば楽にはなるだろう、とわたしは心の中でネルのためにも、救世主の降臨を願うことにした。
後日、シストがポーシャーからの伝言を携えて、わたしの家にやってきた。
「今回はただ苦いだけの薬、とのことですの!グイッと飲んでくださいまし!」
緑色の藻のようなものが浮いている瓶を渡しながらシストはわたしに声を掛ける。どう見ても、怪しい薬であったが、言葉通り、それはひたすら苦いだけの液体だった。ただし、苦すぎて、しばらく食欲がなくなるくらいの代物ではあったが。
「ポーションを運ぶだけでこんなに稼げるなんて!お客様~、ポーシャーさんとの契約を増やす予定はありませんか?」
「やだ……!」
シストの提案を一蹴しながら、わたしは口を濯いで何とか後に残る苦みを何とかしようとしていた。これが毎週あるかと思うと、わたしは少し憂鬱になった。ポーシャーとのコネクションが作れるメリットはあったが、今後の治験の品次第では、損をするかもしれない。
「そういえば、これを拾いましたの」
シストは泥にまみれた何かをわたしに見せつける。よく見ると、それは先日、ベリティエンで魔女に投げて失くしたはずのわたしの銃だった。
「ありがとうございます!」
わたしは、心の底から感謝の言葉を投げ掛ける。ゴミ同然の代物ではあったが、何回も触れているせいで、わたしはその拳銃に少し愛着が湧いてきていた。実際に撃てないとしても、銃と言うのは護身武器の見た目として、安心感もある。
まさか、シストが拾ってきてくれるとは思っていなかった。しかし、そのまま受け取ろうとするも、シストはふいっとモデルガンを引っ込めてしまう。
「近くで拾ったものとはいえ、タダで受け取ろうなんて!本日も商品をお買い上げいただければ、特典で付けますの!」
シストの言葉に、わたしは虚を突かれたが、元々買い物はするつもりだったので、特典で貰えるのであればいいかと思い直す。
「じゃあ、今日からは適切な価格で取引してもらいますね」
エルフィンランドへの遠征時に調べた価格の対応表を片手に、わたしはシストに向き直った。