もちほっぺ転生エーリアス遭難記   作:地球Aから地球Bへ

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25 精霊の洞窟の遭難者

 

 

その日、わたしは精霊の山への再登山を計画し、荷物整理を行なっていた。

目的はやはり、イフリートへのお礼の手渡しだったが、それだけではない。前回の登山で仲良くなれたナイアやウイにも何か持って行き、ついでに帰り道を手助けしてくれないかお願いするつもりだった。まあ、あの二人ならお願いだけでも気分次第で助けてくれるだろうが、それではわたしの気がすまないのだ。

 

荷物にイフリート用の燃料、ウイ向けにお菓子を詰め込み、ナイアに何を持って行くか悩んでいた時、わたしの背後で空間が裂ける音がした。

 

「久しぶり。元気にしてるみたいじゃない!」

 

やってきたのは幽霊たちの中心人物、シェイディだった。突然の登場にわたしがびっくりしていると、シェイディは興味深そうに荷造り中のリュックを覗き込んだ。

 

「これは……新しいショーの道具なの?ゴミの塊に見えるけど」

 

「まあ、そんなところです」

 

シェイディの質問に、わたしは曖昧に答えた。精霊と仲良くするためのプレゼント、なんて正直に答えたら、どのような反応をするか分からない。記憶が確かなら、彼女と精霊たち、とくに上位精霊との関係は良くないはずだ。

 

「そういえばおチビちゃん。最近、リムの奴と仲良くしているみたいね?えぇ?」

 

シェイディの言葉から、若干の圧を感じた。

 

「あのギャグのセンス、感染しないように気をつけてよ。これ以上寒い幽霊が沼に増えたら大変なんだから」

 

「はい」

 

幽霊らしい性格の代表例のようなシェイディと話すと、緊張させられる。機嫌次第で何をするか分からない上、特にシェイディの場合はすることが派手で、予想がつかない。とはいえ、わたしに対しては第一印象が悪くないらしく、想像よりは優しく接してくれている。そんな気はしていた。

 

「この前は魔女の王宮で暴れたんだって?フリックルの奴がカンカンだったわよ!ヒヒッ!大笑いしていたらもっと怒っちゃって……あんたの周りはいつも面白いことばかり!やっぱり幽霊の素質があるわね!」

 

楽しそうにシェイディはわたしを褒めてくれたが、幽霊の素質がある、というのは誉め言葉として捉えて良いのだろうか。でも、ベリティエンでの騒動を怒られずに済んで助かった。そうした統制の緩さに関しては、シェイディが幽霊のまとめ役でいてくれることに感謝すべきだろう。

 

「それで、この悪戯はどこでやるの?あたいが連れて行ってあげようか?」

 

「いいんですか!?」

 

シェイディの申し出はとてもありがたいものであり、わたしはすぐに目的地を声に出す。

 

「精霊の山の洞窟、イフリートの―――

 

その瞬間、空間が割ける音ともに、わたしの視界が歪んだ。

 

 

 

 

「イフリート様~?怪しい幽霊を掴まえてきました~!」

 

炎の塊として宙に浮く火の精霊が、より大きな炎の塊に声を掛ける。その後ろで、引き摺られるようにして、わたしが捕えられていた。シェイディのおかげで、全く時間を掛けずに精霊の山の地下、洞窟の奥深くまで到達できたのは良かったものの、ある意味、幽霊にとっての敵地に放り出されたせいで、わたしはすぐに周りの精霊たちに捕まえられてしまったのだった。

 

「あれ?お前どこかで……会ったか?」

 

「会いましたよ!あの、夜の精霊の森で、湧き水の場所まで案内してもらった幽霊です。あれから名前も手に入れて、今はサヤと名乗っています!」

 

こちらを不審げに見つめる炎の大精霊、イフリートは、わたしの説明を聞いて完全に思い出したらしく、身に纏う炎を燃え上がらせた。

 

「ゲホッゲホッ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

噴き出す炎の熱と煙にやられて、わたしがせき込むと、イフリートが心配そうな声を出す。その様子を、連れてきた火の精霊たちがじっと眺めていた。

 

「あっ!ゆ、幽霊がなんで俺の領域に足を踏み入れてるんだ!」

 

周りの火の精霊たちに気が付いたイフリートの態度が変わり、高圧的なものになる。あまり親しいとは言えない幽霊と精霊の関係上、優しすぎる対応は大精霊としてのイメージに差し障りがあるのだろう。

 

「とりあえず、尋問するからお前らはさっさと仕事に戻れ!」

 

イフリートは炎の燃え盛る手を振って、部下である火の精霊たちを退けた。指示を受けた精霊たちは慌ててイフリートから距離を取り、何処かに消えていく。

 

「なんかすみません……」

 

忙しそうな状況で、急に押しかけてしまったということもあり、わたしは申し訳なさを感じて、軽く頭を下げた。その謝罪を、イフリートは困った顔をして受け止める。

 

「幽霊のくせに、いやに下手に出る奴だな。まあ、ナイアから変なちっちゃい幽霊が俺に会いに来たって聞いて、すぐにお前じゃないかと思ってはいたんだ。夜の森で会った時も変な奴だったからな!」

 

小さな炎を吐き出しながら、イフリートが言った。ナイアは本当にわたしのことを伝えてくれていたらしい。ならば話は早い、と考えたわたしは、すぐにお礼の品と手土産を兼ねた、モナティアム産圧縮段ボール燃料の塊をリュックから取り出した。

 

「これ、あの時のお礼です。気に入ってもらえるか分かりませんけど……」

 

わたしが声を出しながら、燃料を手渡すと、イフリートは訝し気な顔を見せる。

 

「幽霊からのプレゼントか~。本当に信用していいものか」

 

「命の恩人相手にそんなことしませんから!」

 

イフリートの疑念を、わたしは必死で否定した。実際に、命の恩人であろうことは間違いない。エーリアスに降り立って、右も左も分からないわたしに、夜の森を案内して安全な水源まで案内してくれたのがイフリートだ。おそらく、あのまま森を彷徨っていれば、わたしは今のような姿と自我でここにいることはないだろう。

 

最近、自我が壊れかけたからこそよく分かる。週末農場に行かずとも、精神の終わりを迎えることはあり得るのだから。

 

「じゃあ、頂くぞ!」

 

イフリートは渡した燃料を、食べるようでも燃やすようでもある不思議な動作で、すぐに消費しきった。数秒の沈黙の後、炎に包まれた二つの目がわたしの方に向けられる。

 

「いい燃料だな。俺の部下共より有能なんじゃないか?」

 

イフリートの評価は上々で、沼のゴミを頑張って集めて潰した甲斐があった。

 

「闇の精霊にもこんなのがいるとはな……」

 

「こんなのって酷くありません?」

 

「そうだな。すまん」

 

イフリートは考え深げにわたしのことを見下ろしながら口を開く。流石の言い方に抗議すると、意外にもあっさりと、イフリートはわたしに対して謝罪した。謝った自分自身に驚いているのか、少し唖然とした感じで、イフリートはこちらを見つめる。

 

「見栄を張らなくていい部下たちと違って、お前の方が話しやすいな……。でも、まだ完全に信用したわけじゃないぞ。幽霊が相手だからな!」

 

完全に仲良くなったとは言えないものの、精霊の中でも保守的なイフリートとここまで自然に話せるようになっただけで、十分にすごいことだろう。このままエーリアス中の幽霊の評判をわたしが改善できれば、いずれ、もっと第一印象を良くして立ち回れるようになるかもしれない。わたしはそんな期待に胸を膨らませていた。

 

 

 

 

イフリートと別れ、領域の外まで送り出すように命令された火の精霊たちに送迎され、わたしは洞窟の中を進んで行く。

 

「ここから先は地の精霊の領域だから、案内はここまでだ。じゃあ、もう二度と迷い込んでイフリート様に迷惑掛けるなよ!」

 

火の精霊たちは最後に声を掛けると、わたしを放り出した。精霊たちの燃え盛る炎が遠ざかっていくと、懐中電灯の頼りない光と洞窟に点在する僅かな発光鉱物の光だけが残され、如何に彼女たちが明るかったのかを思い知らされる。

 

洞窟は一本道で、このまままっすぐ行けば地上に出るだろう。精霊の湖まで出たら、ナイアと会って、ウイを探して、一緒に家へと帰る。それだけだ。エーリアスに慣れてきた自分に自信を取り戻し、わたしは滑りやすい洞窟で転ばないようにだけ気を付けて、前へ、前へと歩いていった。

 

 

 

 

少し不穏な雰囲気が出てきたのは歩き出してから、暫く経った頃だった。目の前に分かれ道が現れる。行く手には、大きな洞窟と小さな洞窟がそれぞれ伸びていた。指を一本立てて風を読むと、大きな洞窟の方から空気の流れが感じられる。

 

「こっちかな?」

 

念のため、目印になるようメモ用紙を一枚破り捨てて、わたしは大きい洞窟の先に進んで行った。

 

しばらくして、また分かれ道が現れる。風は大きい方の洞窟の先から流れてきていた。しかし、その先は下り道で、地上とは真逆の地下へと向かう道である。追い打ちを掛けるように、懐中電灯の灯りが、より一層暗くなった。そもそも、洞窟に入る準備段階でシェイディに亜空間へと飛ばされたせいで、充電率の確認などが出来ていなかったのが悔やまれる。とはいえ、来た道に沿って戻れば、火の精霊の領域があるはずだ。

 

そこで恥を忍んで、帰り道を聞こう。

 

この時のわたしにはまだ心の余裕があった。

 

 

 

 

歩いても、歩いても、目印にしたメモ用紙が見えてこない。どこかで、変な横穴に迷い込んだのだろうか。起伏のある洞窟で、消えかけた懐中電灯の光では、十分に周囲の状況を把握できない。

 

少し緊張で震え始めた手で、ペットボトルを開けて、中に詰めていた井戸水を喉に流し込む。イフリートの根城の熱さで、500 ml程度しか入らないボトルの水を半分以上消費してしまっていた。

 

その瞬間、懐中電灯の灯りが消えた。

 

 

 

 

一口に遭難と言っても、その状況は様々だ。

 

遭難する場所だけ考えても、山、海、洞窟などが挙げられる。一般的には、山より海、海よりも洞窟の方が、遭難時の生存難易度は高いのではないだろうか。そして、わたしが遭難しているのは、最悪の場所にあたる、洞窟だった。

 

太陽の届かない暗闇、低体温症を引き起こすような低い温度、有毒ガス、水没、落石に落とし穴など危険な要素が幾らでもある。そんな洞窟での遭難時の鉄則は、やはり動かないことだ。ただしそれは、いずれ救助が来るというの前提であり、わたしの状況に当てはまるかは分からなかった。

 

最初の頃、状況を把握するためにもわたしは動き回らず、その場所に留まり続けた。しかし、誰かが来る気配もなく、お腹も空いてきてしまった。非常食として用意していたお菓子を口に運び、耐え続けるも、少しでも歩いて地上に向かいたいという思いが強くなり、手探りで歩き出す。魔力か何かで発光する鉱物が所々にあり、完全な暗闇でないのは僅かな救いである。それでも、洞窟の道は険しかった。

 

「痛っ」

 

鍾乳石が頭に当たり、足場を踏み外すことを数回と重ねながら、なんとか風の吹いてくる方向に歩いていく。しかし、いくら歩いても出口は見えない。

 

亜空間を使って、脱出する。そんな選択肢が手元にあるのが逆に怖い。ただ、その手段を取ったら最後、自分がどうなるか分からなかった。大丈夫、脱水で週末農場に行くことはないから。そんな言葉をわたしに投げ掛けて、勇気付けながら、一歩ずつ手の感触を頼りに前に進んで行った。

 

「リム様~~!シェイディ様~~!」

 

洞窟内であげたわたしの声が、反響して返ってくる。助けは来ない。

 

「ガヴィア様~~!精霊の誰か~~!」

 

面識こそないが、洞窟に住んでいるであろう大精霊のガヴィアや他の地の精霊に助けを求めることにした。返事は来ない。まあ、声が小さいガヴィアの返事はどのみち聞こえないだろうけど。

 

ケラケラケラ。

 

悪戯っ子のような可愛らしい幽霊の笑い声が洞窟に響いた。

そろそろ、限界かもしれない。

 

そんなことを考えていると、遠くに明るい領域が見えてきた。

 

わたしがなんとか身を屈めずに入れるくらいの横穴から、光が漏れてきている。太陽の光ではなさそうで、あくまで発光鉱物なのかもしれないが、それでも、遭難時の助けになるのは間違いないだろう。わたしはそう考え、穴、というよりも洞窟の亀裂というべき空間を進んで行く。

 

無機質な洞窟の壁面に、気付けば赤い綺麗な石が混ざり始めていた。

 

「くしゅんっ」

 

細かい粉じんを吸い込んでしまったせいか、くしゃみが飛び出す。穴の先の裂け目からは、相当多くの発光鉱物が集められているのか、人工的とすら感じられるほどの眩い光が漏れ出ていた。もしかしたら、誰かがいるかもしれない。そんな期待を抱きながら、わたしは一歩、踏み出す。

 

しかし、目の前の光に目がくらみ、足元の木の根に気が付かず、足を引っかけてしまった。

 

倒れ込んだわたしの頭が裂け目の横にぶつかる。脆い素材でできていたのか、穴の壁がわたしの足場と一緒に崩れていく。

 

そして、わたしは宙に放り出された。

久しぶりの自由落下の感覚を味わいながら、衝撃に備えて、せめて舌を噛まないようにと歯を食いしばる。

 

「ギャッ!」

 

「ヴェア!」

 

浅い水溜りのようなものに落ちて悲鳴をあげたわたしの耳に、激しい落石の音と、誰かの苦痛に満ちた叫び声が届く。目の前で揺れる銀色の液面を眺めながら、わたしの意識は遠のいていった。

 

 

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