わたしはモナティアム鎮圧班に護送され、どこかの建物に連れて行かれた。視界は制限されており、どこに向かっているかは分からない。ようやく目的地に到着したのか、エルフ達の手で目隠しを外されると思いがけない光景が視界に広がった。
豪華絢爛な明るい世界がわたしを圧倒する。わたしは無機質な収容室や牢屋に連れて行かれるものだとばかり思っていたが、そこは高そうな絨毯が敷かれたホテルの廊下だった。
「市長殿がお待ちだ。あとは1人でこの先に進め」
エルフの兵士がわたしに進むよう促す。その言葉通りに、わたしは歩き出したが、どうにも落ち着かない。指名手配していた相手をホテルに送り届けるモナティアムの市長、エレナの目的がわたしには分からなかった。
誘導された通りに、廊下を進んで扉を開ける。そこは廊下と同じように華麗な照明に照らされた展望レストランの個室だった。大きな窓からは夕日に照らされたモナティアムの街並みが見てとれる。中央のテーブルの前には、椅子に腰掛ける一人のエルフとその横に従者のように立つもう一人のエルフ。二人とも、エルフの兵士たちと同様に特殊なサングラスを付けていたが、風貌と『トリッカル』の知識から、それぞれが誰かはすぐに分かった。
「直接会うのは初めてだね。私がモナティアムの市長、エレナだ」
サングラスをくいっと押し上げて、格好をつけながら、椅子に腰掛けるエレナが言った。サングラス越しのその眼が、わたしをどのように見ているかは分からない。
「私は助手のアメリアです」
素っ気なく、テーブルの隣で端末を弄りながらもう一人のエルフ、アメリアが挨拶した。
「は、始めまして。サヤです……」
遅れて、わたしがぺこりと頭を下げて、挨拶を返す。以前モナティアムを訪れた際はまだ定まっていなかった、自分の名前を口にすると、面白そうにエレナが笑った。
正直、人間時代を含めてもこのような豪華なレストランには慣れていないので、落ち着かない。何より、意図が分からないのが怖かった。そんな、席に座らずにもじもじしているわたしを見かねたのか、エレナが手で座席に座るようにわたしを促す。そして、口を開いた。
「やあやあ、そんなに緊張しないで席に掛けたまえ。
席に座ったわたしは、先ほどエレナが発した言葉を未だに反芻し続けていた。エレナはさっき、『人間』の幽霊、とわたしを呼んだ。誰にも、名乗ったことはなかったはずなのに。
「な、なんでわたしを牢獄じゃなくてレストランに連れてきたの?」
動揺を必死に押し殺し、わたしは尋ねた。
サングラスで隠されたエレナの表情はうまく読み取れない。
「それは友好を深めたかったのと、お礼もしておきたかったからかな」
エレナの口から出た言葉は、街を荒らした指名手配犯に掛けるものではない。しかし、唖然とするわたしを無視して、エレナは言葉を続けた。
「実はあの事件の直後、モナティアムでのあたしの支持率は絶好調になってね。……人間の幻影を纏う外来種の襲撃、そして、それを冷静な指揮で撃退する、最高に優秀な市長の姿。ああ、我らがエルフの指導者、エレナ様の姿を見よ。エレナ様の指揮下に居る限り、我々は安泰だ………」
突然、エレナは宙を見ながら、派手な身振り手振りと共に語り出す。それを見て、わたしは完全に固まった。
「と、言うのが今度撮影を始める例の事件に関する映画なんだけど、君も出演してみる?本当は適当な役者にお願いしようと思っているんだけど、丁度いい位に背が低いエルフが居なくてね」
「は……え……?」
言葉を失うとはまさにこのことで、わたしはどう反応を返せばいいのか分からない。
「それから、君の能力、トラウマを見せる能力かと思っていたら違うみたいだね。人間だけど人間じゃない、そんな幻覚……いや想起のおかげで、例の事件に巻き込まれたPTSD患者の20%が症状の改善につながったらしい。ヒルデが言っていたよ。あたしとしても、市民の健康は望むところだしね」
エレナはわたしの動揺を無視して、話し続けている。
「つまり、あの事件について怒っていないということ?」
「まあ、あたしとしては良いこと尽くめの事件だったからね。とはいえ、こうやって優しい対応ができるのは、この装置のお陰で君の脅威度が十分下がったからだけど」
そう言いながら、エレナはサングラスの縁をトントンと叩いた。そこに操作機構があったのか、サングラスの後ろに薄っすら浮かんでいたエレナの目が、明らかに作り物である、アニメ調の猫の目に切り替わる。
「君みたいな幽霊への対策が必要だと分かって、あたしが開発したんだ。すごいだろう。双方の映像をスクランブル方式で変換、コンマ秒後に処理された映像が展開されるようになっているのさ。君から見えているあたしの目は本物じゃないし、あたしから見えている君も、デフォルメされたミニ市長に変換されている。無差別に変換するから、機械にも作用して判別を阻害する君の能力にも有効だし、目や認知を利用するタイプの君の同族も完封できるんだ!」
「流石です。エレナ様!」
早口で繰り出されるエレナの言葉は、わたしにとって半分も理解できなかった。しかし、わたしの能力が通用しなくなっているのは事実なようで、じっとサングラス越しの目を見つめても、エレナとアメリアは何の反応も示さない。
「フフッ、小さいエレナ様……フフフッ!」
いや、違う。わたしが見つめているとアメリアの方は挙動不審になり始める。アメリアの手がわたしの頭に伸びてきて、おどおどと様子を伺いながら、いやらしい手つきで撫で始めた。
「アメリア?大丈夫か、アメリア!?」
「す、すみません!エレナ様!……くっ。この幽霊の能力は強力です。こんなちっちゃなエレナ様が……うぅ………耐えられない………」
エレナの制止が入り、アメリアが慌てて私から手を離す。どうやらアメリアはサングラスの機能で小さいエレナ市長に変換されたわたしの姿に興奮してしまったらしい。
「設定を変えれば、ミニ市長以外のキャラにも変えられるが………」
「なんてことおっしゃるんですか!エレナ様……この世界の全てが市長様に置き換わることこそが、この発明品の真価ですよ!?」
目の前で繰り広げられるコントのようなやり取りは楽しそうだったが、わたしの心は別のことに囚われ続けていた。そう、今、大事な問題は――
「
エレナの言葉の中に、また、『人間』の幽霊、という言葉が入っていた。偶然でも、聞き間違いでもない。
「ん?君は自分が『人間』の幽霊だと知っているんだろう。なら何に驚いて……ああ、そうか。あたしがそれを理解していることに驚いているのか」
エレナは顎に手を当てて悩みながら、わたしの動揺の原因を突き止めた。そして、土足でわたしの最もデリケートな部分に、足を踏み入れる。
「最初は色々な可能性を考えたよ。でも、エルフの反応、君の立ち振る舞い、そして現地住民からの君に関する情報。それらを見て、あたしに理解できない訳がない」
エレナはわたしの反応を見て、答え合わせをしているかのように、しきりに頷いていた。
「『人間』という表現が正しいかは分からないけどね。でも、エーリアスの現地住民には、人間と同じような………根源的な生態の………共通点がある。現地の伝説にも人間が出てくるらしいから、そこから取るなら、やはり『人間性』とでも言うべき、立ち振舞い、社会性だね。君たち幽霊はそれが薄いが、妖精、そして魔女達はそれが強い。でも、全種族に共通して持ち得る概念だ」
「それなら、『人間性』という言葉を使うべきでは?」
エレナの説明を受けて、わたしは疑問を口にする。
「それはあたしたちエルフに対する君の能力の影響に由来する。そう、君の能力がただ『人間性』だけをカバーしているのであれば、エルフが人間を想起させられることはないんだよ。というより、その症状さえなければ、あたしは君を、『エルフ性』の幽霊と名付けていただろうさ。人間と同じような振る舞いをするエルフも当然、現地住民の振る舞いと一致するところがあるからね」
「はぁ……」
エレナの説明は、不思議とわたし自身にすっきり染み込むものだった。
「という訳でモナティアムに対して、君の脅威はほとんどなくなった。正体が分かれば大したことない、ただの幽霊だよ。他の種族に抑えられて武器として使われたくないし、こうして会談の機会を作りたかったから、指名手配は掛けさせてもらったけどね。市庁舎での騒動も罪に問うのは難しいから、だいぶ無理やりだったよ」
そこまで言って、エレナはサングラスを外した。素顔のエレナがわたしに向かって手を差し出す。
「指名手配の取り下げの代わりに、友好の握手をしよう。………アメリア、写真撮影の準備を」
エレナの言葉通り、指名手配がなくなるのであれば、わたしとしては願ったり叶ったりである。とはいえ、エレナ側のメリットはあるのだろうか。
「サヤ。絶対に能力は使うなよ。その上で、あたしを見て、握手するんだ」
少し緊張しているのか、エレナがゆっくりとわたしに指示を出した。その様子をアメリアがパシャパシャとカメラで撮影する。
汗ばんだエレナの手とわたしの手が触れて、握手が成立した。
「アメリア!このまますぐにプレリリースだ!保護具なしで、あたしが例の事件の幽霊と見つめ合って和解する勇姿をモナティアム中に見せつければ、みんなあたしを尊敬するだろう!世界樹採掘計画の再開のため、今のモナティアムには団結が必要なんだ」
エレナが、わたしと握手をしたまま、アメリアに指示を出す。
「不安と恐怖で足を震わせながら握手に挑む、勇敢なエレナ様!流石です!」
「アメリア!写真はテーブルの上、上半身だけでいいんだからな!」
写真を撮ってどこかに走り去るアメリアに、エレナが必死に声を掛けた。しかし、その声が届いたか分からないうちに、足音が遠ざかっていく。
「はぁ……そうだ、折角レストランに呼んだんだ。好きなものを注文するといい。………あまり高くないものなら」
ため息をつきながらエレナがわたしにメニュー表を手渡した。メニューには、わたしが食べたくて、食べたくてたまらなかった様々な料理が並んでいる。しかし、わたしにはエレナに伝えたいことがあった。
「つまり、得体の知れない竜族を起こして、それが暴れまわるかもしれないことに責任を感じているってところか」
「はい……」
かなり情報を絞って、わたしはヴィヴィの襲来の可能性を念のため、エレナに伝えた。
「責任を感じているのに、出す情報は絞りに絞るんだな」
しかし、その態度は見透かされていたようで、エレナの反応は素っ気ない。
「すみません……」
わたしは、ただ謝ることしかできない。どの情報を渡せば、何が起こるのか、何に繋がるのかもう分からなかった。おそらく機嫌を損ねたであろうエレナの顔をわたしは見上げる。しかし、エレナは顔色一つ変えず、興味なさげにモナティアムの夜景を眺めていただけだった。そして、エレナはふと思いついたようにわたしへと向き直り、口を開く。
「そもそもどうでもいいんじゃないか?」
「は?」
エレナの発言は、わたしの想像とは全く異なるものだった。
「まず、モナティアムはあたしたちの街だ。外来種に心配される必要はない。あたしたちで何とかする。本当に必要な時は外来種を、君たちを利用してでも何とかするけど、それを判断するのは市長であるあたしであって、君じゃない」
四本の指のうち、一つを突き立ててエレナが言った。
「次に、君はエーリアスの幽霊だろ。なら、好きにしていればいい。周りのエーリアスの現地住民は………まあ、フリックルみたいな例外もいるけど………みんな世界のことなんて考えずに好き放題しているじゃないか。『人間』の幽霊だと、その社会性に引っ張られるのかもしれないが、それを含めて好きにしていればいい。少なくとも、責任なんてどうでいいんじゃないか?」
二本目の指を突き立ててエレナが続ける。
「三つ目。あたしたちエルフを助けたいなら、それも好きにすればいい。無料で使える労働力はいつでも大歓迎だからね。とはいえ、どうにも自分の影響力を過大評価しすぎなんじゃあないかな。結局のところ、天才市長のあたしでさえ、エルフを見るので精いっぱいなんだから、君がそれ以上に影響を与えられるなんて、バカな考えだ…………と、まあこんな感じかな」
一連の言葉を前に、わたしは黙り込んでいた。エレナの発言は、部分的ではあるものの、筋が通っている。特に、わたしがエーリアスの幽霊であるなら、なおさらだ。それ故に、エレナの言葉によって、わたしが未だにエーリアスの住民としての自覚を持てていないこと、本気で馴染む覚悟を持てていないことを思い知らされた。
どこか、現実感がないのだ。
それでも、ここにいる以上、これが夢でない以上、どこかで過去を振り切らなければならないのかもしれない。
いつかわたしが真に、エーリアスの住民を自称できるようになった時、ようやく、ここが居場所になるのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
本来どうでもいいだろう幽霊相手に、丁寧に説明してくれたエレナに、わたしは頭を下げた。
「気にする必要はないさ。昔はあたしも同じように、何もかも必死だった記憶があるんだ。でも今はこうだ。あたしはエーリアスには住民をそう変える、魔法のような何かがあるんじゃないかとさえ疑っている」
メニュー表を眺めながら、エレナがポツリと呟く。本当にそんな魔法があるのであれば、わたしはまだその加護の範囲の外にいるのかもしれない。
「明日にも指名手配は正式に取り下げられ、あたしと伝説的な和解をした幽霊としてモナティアムを出歩けるようになるはずだ。街を歩いて色々考えるといい」
「はい」
優しい声音で語り掛けるエレナに、わたしは短く、返事を返した。
「あたしとのエージェント契約も考えておいてくれよ。…………君は他のエルフへの抑止力として便利だからな!エルフ相手に裏切りをするための武器として、君ほど有効な手札はないんだ」
さっきまでの善人の顔はどこへやら、エレナは悪そうな顔をしてわたしを見つめる。まさか今までの親切な対応が、このエージェント契約とやらを円滑に結ぶため、ということはないだろうが、雰囲気としては台無しになっていた。
「……………はい」
「よし、じゃあ好きなものを食べようじゃないか!エーリアスの住民らしく、好き放題にね!」
わたしの疑念の目を振り払うように、エレナは声を張り上げる。改めてわたしが目を落としたメニューには、様々な料理が並んでいた。
足元に広がるモナティアム夜景は未だ平穏そのもので、バイオテロの影も形もない。つい先ほど、あっけなく解決したモナティアムからの指名手配と同じように、思い悩みすぎていただけなのだろう。
色々と試行錯誤して達成できていなかった、待ち望んだ人間の頃の記憶が求める懐かしい料理を食べる機会が、すぐ目の前に迫っている。ここは、エレナの言う通り、あまり気を張り詰め過ぎず、楽しむべきなのかもしれない。
「ラーメン!あとハンバーガー!!」
高級レストランにはあまり似つかわしくないが、わたしは自分が食べたいものの名前を本能のまま、口に出した。