「クックックッ。やはりそなたは幽霊だな?そなたのような、まともで話の通じる同族は大いに歓迎するぞ!」
手元では店員として大人しく会計作業を続けながら、シオンはテンション高めの大声でわたしに語り掛けた。
「あの……!」
少し疑問があり、わたしは手を挙げて尋ねる。
「会ったばかりのわたしが話の通じる幽霊だと……どうしてそう分かるの?」
わたし自身は『トリッカル』の情報を基に、一方的にシオンのことを知っている。しかし、シオンにとってわたしは初対面であり、せいぜいエレナ市長と和解の写真を撮った元テロリストの幽霊という程度の情報しかないはずだ。
質問を受けたシオンは黙って、コンビニの天井を見上げた。おそらく、その脳裏にさまざまな記憶が呼び覚まされているのだろうが、わたしには分からない。
「仮にそなたが話の通じない普通の幽霊だったとしよう………」
声を落として、先ほどまでの元気のないコンビニ店員に戻りながら、シオンは言った。
「ならば、まず、レジに来ない。……そう、レジに来ないのだ!幽霊たちは、そもそも商品にお金を払わず消えてしまう!我が普段どれほど苦労していると思っているのだ!……うぅぅ……きちんとお金を払いにレジまで来た同族は、ひと月ぶりなんだぞ……!」
手を振り回し、涙ながらにシオンはわたしに訴えかける。確かにシオンの言う通り、ある程度の社会性を持ってモナティアムに出入りできる幽霊は上澄みの方に違いない。例外であるバロンなどと比べれば、わたしはまだまだモナティアムに慣れていないだろうが、それでもお金を払わず商品を持って行こうと思うほどには幽霊に染まっていなかった。
「一体どれほどの商品が亜空間に消えていったか……!それを思い返せばレジに来た時点で、そなたは久しぶりにモナティアムで出会えた、話の通じるまともな幽霊なのだ!」
普段から幽霊の窃盗に手を焼いているであろう、コンビニの実情にわたしは同情する。しかし、そうして盗まれた商品を最終的に、わたしが幽霊の沼でゴミとして回収し、転売しているという事実は、シオンに言わない方が良さそうだ。
「そなたは幽霊の沼から来たのか?酷い目には遭っていないだろうな?」
シオンはわたしに心配の眼差しを向ける。ブランセといい、シオンといい、モナティアム視点での幽霊の沼の印象は最悪らしい。とはいえ、そう見えるのに相応しい場所ではある。確か、シオンはシェイディに絡まれてとても長い間、亜空間に閉じ込められるという拷問に近い体験をしていたはずだ。わたしもいつシェイディの気が変わって同じような目に遭うか分からない以上、その悪印象を否定はできなかった。
「大丈夫です。………今のところは」
「フフッ、そうか。困ったときはいつでもこの魔弾の射手、シオン・ザ・ダークブレットに助けを求めるといい!」
格好良くポーズを決めるシオンは、とても頼もしく見える。幽霊として考えるとシオンは異色の存在だが、わたしにとっても、まともに話の通じる同族はありがたい。しかも、純粋な幽霊ではないにも関わらず、亜空間移動法を習得できたシオンであれば、わたしの禁忌に抵触せずにその技術を伝授してくれるかもしれない。
魔弾の射手という異名が、名前負けしないほどの実力をシオンは有する。そんな彼女と偶然にしろ出会えたことを、私は心の底から幸運だったと思っていた。
「そなた、まだモナティアムには慣れていないようだな。我が色々教えてやろう」
ちょうど客の途切れた時間で手持ち無沙汰だったのか、ここぞとばかりに先輩風を吹かせながら、シオンはわたしにそう言い放つ。その眼には怪しい光が浮かんでいた。
コンビニの店内に、楽しそうなシオンの大声が響き渡っている。
「フッ……つまり、魔王の遺物を身に着けた黒き閃光が、ディ・エグジットを用いてこの城の闇の帝王を追い払った、ということだ……!」
「はい」
「次は、光と闇の境界について、話をしよう。この光と闇の境界は、さっき話した『光と闇の境界』ではないぞ。我のような装束を如何にして手に入れるのか、という導き、いや、嚮導についての話だ……!」
「……はい」
段々と着いていけなくなってきたシオンの話に、わたしは無心で相槌を打ち続けていた。久しぶりに気兼ねなく話せる相手が現れたせいか、テンションの高いシオンの語りには、独特のセンスを感じさせる言葉が混じり、すでにわたしの理解の範疇を超えつつある。
それでも何とか言いたいことが分かってしまうのが、かえって厄介なところであった。おそらく、今のシオンはわたしに服を買う場所を教えてくれているのだと思う……のだが、理解するための脳への負荷が高く、頭が痛い。わたしは先ほど彼女に与えた、まともに話の通じる同族、という評価を、一旦白紙に戻しておくことにした。
「…………そうして我はその漆黒の装束を手に入れたのだ。そういえば、そなたも魔王の遺物が似合うのではないか?では次はその話を―――」
「あの……!お客さんが来ているので、そろそろ終わりに……」
ちょうど店内に別のエルフの客が入ってくるのを見つけて、わたしは声をあげ、シオンの説明を打ち切った。楽しそうに話すシオンを止めるのは気が引けたものの、どこかで話を区切る必要はあるのだから、仕方がない。
「し、仕事中だったな……。なら、我とそなたで、連絡先だけ交換しておこう。困ったときはいつでも連絡していいぞ。また我の話を聞きたいということでも、大歓迎だ……!」
こっそりと端末を取り出したシオンとわたしは、連絡先を互いに教え合う。わざわざ分かりにくいシオンの話を聞きに行くことはないかもしれないが、それでも、いざという時に助けを求められる相手が増えるのは、わたしとしてはとても心強かった。
「もう!そこの店員!早く来てよ!」
「はい!」
エルフの客に呼ばれて、シオンは急いでレジの定位置に戻っていく。一方のわたしはコンビニの自動ドアを抜けて、再びモナティアムの街中へと歩みを進めていた。
モナティアム外周部を適当に散策していた私の目に、気になる建物が飛び込んでくる。それはどことなく他のビルとデザインが異なる建物で、病院のマークが掲げられていた。モナティアムの病院だろうか。そこで、顔を見たい相手がわたしの頭に思い浮かび、少し寄り道することにした。
病院は平穏そのもので、やはり、ヴィヴィの水銀の被害が出ている様子はない。
廊下から部屋の中を覗きながら、入院患者のいる部屋を見て回ると、すぐに目的の相手を見つけることができた。ベッドに横たわる赤い髪のエルフの姿。しかも丁度、回診でもしていたのか、隣にはもう一人の目的の相手が座っていた。
「おや、ニュースで見ましたよ。ようやくあなたの指名手配がなくなったようで何よりです」
ヒルデが長い黒髪を揺らしながらわたしの方に振り返り、優しく声をかける。
「お久しぶりです」
ぺこりとわたしが頭を下げると、ほのかに微笑みながら、ヒルデはベッドの上のヘイリーを見つめた。
「無事問題が解決したみたいで、ヘイリーも安心していました。そもそもの発端が、ヘイリーとあなたの癒着に関する市長の疑念でしたから………まったく、エレナ市長にも困ったものです」
ため息をつきながらヒルデが呟く。
「ヘイリーさんはまだ寝ています?」
「先ほど鎮静剤を注射したばかりなので……お見舞いに来てくれたことは後で伝えておきますね」
わたしの問い掛けに対して、ヒルデは穏やかな口調で答えたあと、何かを思いついたように再び口を開いた。
「そういえば、病院で働いてみるつもりはありませんか?」
意外な勧誘の言葉に、わたしは驚き、口ごもる。
「あなたの能力がPTSD治療に使えるかもということを考えていまして……。幽霊の勤務に対しても理解のある職場のつもりなので、もしよければ如何でしょうか」
ヒルデの提案は嬉しいものだったが、即答できるほど、簡単に決められるものではなかった。
「ありがとうございます!……でも少し考えさせてください」
「はい。常勤ではなく、たまに来て協力してくれるだけで大丈夫なので。それも踏まえて、考えておいてくださいね」
モナティアムの病院での仕事は、現状のゴミ拾いと修理の繰り返しよりも遥かにまともなものと言えるはずだ。そして、エレナとのエージェント契約より給料は低くとも、倫理的にも、人柄的にもまともな職場になるだろう。唯一の課題をあげるのであれば、モナティアム自体が平穏な街とは言えないことと、わたしのトラブル体質だろうか。それでも、長期的なライフプランとして、ヒルデの元で働くのは良い方針であるように感じられた。
「あら?またですか……」
その時、病室の電灯がちらついた。
「何かトラブルですか?」
わたしが尋ねると、ヒルデは困ったような顔をして答える。
「発電所でまた精霊の襲撃があったのかもしれません。最近、現地住民との諍いが多くて、そういった事件も多いんです。エレナもあなたとの件こそ穏便に済ませましたが、妖精や獣人、さらには精霊と魔女、エーリアス中と摩擦を産むやり方を続けていますから……」
ヒルデの言葉で、未だこの街が各種族との和解のイベントを挟んでいない、『トリッカル』でいうところのメインストーリー前のモナティアムであることを、わたしは思い出した。教主が来るにしろ、そうでないにしろ、溜まった歪みのつけをエレナはどこかで支払うことになりそうだ。
とりあえず、わたしがそれに巻き込まれないといいけれど……
何はともあれ、モナティアムで働くのは、仮初であっても、ある程度の平和が訪れてからにしようとわたしは決意した。
「何かあった時のために連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「もちろん構いません。あなたの体調が悪い時も、いつでも連絡してくださいね」
わたしとヒルデの会話の裏で、また電灯がちらついている。不穏な雰囲気が漂うモナティアム。その片隅でわたしとヒルデは静かに連絡先を交換した。