リムの自宅の中、収容された様々な種族のエーリアスの住民たちの多くは、居心地悪そうに互いを見つめ合っていた。
「わ~、お菓子じゃない!これ全部食べていいの!?」
一名の例外、エルフィンは楽しそうに、家主であるリムが差し出すマカロンを口に放り込み続けている。その様子を、笑顔で、しかし少し焦れた様子を見せながら家主のリムが見つめていた。
ネル、エシュール、カンナ、ポーシャーそしてダーヤは各種族共通の知り合いであるわたしに、この状況を収めるよう目線で訴えている。そして、最後の一人、宙に浮かぶ小さな人影は、わたし以外の誰にも視認されず、困った顔で周囲を見渡していた。
「えっと、妖精王国で何かありましたか……?」
わたしは素知らぬ顔で妖精たちに現状を尋ねる。しかし、『トリッカル』の知識から、おおよその事態を察してはいた。
「まず、エルドリアン・エレジーが無くなってしまったんです!」
ネルが大きな声で説明を始める。
「世界樹教団の讃美歌集です。これが盗まれたせいで人心も乱れ、砂糖不足も相まって反乱が起きてしまったんです!」
讃美歌集と砂糖不足、おそらく妖精王国としては後者の影響の方が遥かに大きく、並列して語れるものではないだろうとわたしは思ったが、口には出さなかった。
「反乱が起きても近衛兵たちは仕事をせず、女王様と私は、エシュールと三人で獣人の村に向かいました」
「女王様が反乱軍の暴れる妖精王国ではなく、獣人の村の友達、バターの家に行こうと言い出したんですよ」
ネルの説明に、エシュールが補足を加える。
「ただ、獣人の村は警戒態勢で入ることができず、妖精王国に戻ると、今度は何故か魔女たちが占領していました。その上、獣人とエルフもそこに居て、反乱軍も合わせて互いに争う戦場になっていたんです。それで、もう一度何処かに避難するという話になり、結局あなたの家に来ました」
言い切ると、ネルはこちらを完全に信用はしていない目で見つめてくる。その視線は、わたしを抱きかかえて座る魔女のポーシャーにも向けられていた。
「私は巻き込まれただけなのに、幽霊たちにまで絡まれて大変だったんですから!」
心底辛そうにエシュールは言った。その眼には涙が浮かんでいる。
妖精王国の状況は何となく分かった。大分カオスなことになっているらしい。しかし、先ほどの説明だけでは、エルフの状況と今の暴風の元凶は不明なままである。
「私から説明しても構いませんか?」
カンナが、普段よりも丁寧な口調で言った。
わたしが頷くと、カンナはすぐにエルフ視点の状況の説明を始める。
「妖精王国の混乱の際に……その、妖精の方々の前で言うのは憚られるのですが、世界樹を調べるチャンスとのことで、エレナ市長が偵察隊の派遣を命じられたのです」
「なんてことを……!」
カンナの口から出た世界樹という言葉を聞いて、ネルが大きな声で叫んだ。
「しかし、その途中で獣人たちに部隊が接触、アニマル缶への抗議活動から武力衝突になってしまい、さらに戦場となったエルフィンランドで魔女や妖精も介入してきて、大変なことに……」
説明するだけで、カンナは苦しそうにしている。この時点でエルフの状況は最悪だが、まだ精霊の話が出てきていない。
「市長殿が現場に出ようとしていたところ、突然精霊たちが工業地区と前線のエルフ部隊に攻撃を仕掛け始めました。さらに、市長殿が風に飛ばされ、精霊の山に拉致されるという事件まで起こっています」
息継ぎと共に、カンナは大きなため息をついた。
「私は精霊の山の頂上で市長殿の救出のため、一度、風の上位精霊と交戦しましたが、敵わず、ここまで飛ばされました。そして、幽霊の沼で倒れていたところを、妖精の女王様に助けて頂き、ここに居ます」
カンナはそこまで言うと、わたしの方を向いて通信端末を指で示す。
「市長殿は猫の手も借りたいと、サヤ殿、あなたの力も借りろと命令を出しています。あなたの方にも連絡が来ているのでは?」
カンナに言われて、わたしが自身の携帯端末を取り出すとそこにはエレナからの複数の着信履歴が残されていた。
「気が付かなかった……」
わたしはそう呟くと、カンナから目を逸らす。ポーシャーの治験もあり、先ほどまで端末を見る余裕はなかったのだ。
「わたくしは、友を探しに来ただけなのだけど。銀の竜族、ヴィヴィを見た方はいるかしら?」
最後に、ダーヤが皆に尋ねた。返答はない。
「あ!あたちは妖精王国で見たかも……!」
宙に浮かぶ小さな人影が大声で唱えたが、その声が聞こえない面々は反応を示さなかった。
「シェイディがいるとしたら、精霊の山か妖精王国のどちらかですね」
話を黙って聞いていたリムがポツリと呟き、立ち上がる。すぐに事態へ対処するために向かうつもりだろう。しかし、そこにはシェイディに加え、洗脳された風の上位精霊もいるはずで、リム一人では戦力が足りないはずだ。
そこで、わたしはリムを制止し、あるお願いを口にした。
リムが作った亜空間。
わたしは考え事をするためだとお願いし、一人、その中に入れてもらっている。
正確には一人ではない。
そこには、リムにさえ見えないもう一人が着いてきており、彼女と話すために、わたしはこの空間にいた。
わたしよりもさらに小さな身体で、黄色がかったオレンジ色の髪を垂らした少女の名前はブルミ。
『トリッカル』の案内人にして、世界樹に関係する超常的な存在。
プレイヤーたちに可愛らしい姿を見せて、癒してくれる少女でもある。
「可愛らしいなんて……褒めてくれてありがとね」
ブルミが感謝の言葉をわたしに投げ掛けた。彼女は読心能力を持ち、それを主人公たる教主に分け与えることも出来たはず。わたしの心も読まれているのだろうか。
「うん。あまり読まないようにしているけどね。だから言葉で話して欲しいな。あたちが見えて、話せる相手は全然いないから……」
ブルミは寂しそうにそう言った。
「どうして今、来たの?」
「ごめん、ごめんね……」
わたしが尋ねると、顔を曇らせながらブルミは謝罪の言葉を口にする。
「あたちはあなたを探していたのに、ここに……こんな姿でいるのを知らなくて………本当にごめんね……」
そして、彼女はわたしについて、説明を始めた。
偶然ではなく、わたしは呼ばれてこの世界に来たらしい。
しかし、肉体を持ったヒトとしてではなく、記憶としての形でしか呼べなかったようだ。記憶だけしか呼べないため、その相手は様々な世界から丁寧に選定され、
そこまでは良かった。
しかし、エーリアスで記憶を核にヒトとして肉付けされ、救世主になるはずだった不安定な魂は、世界に馴染めなかった。この世界に入った瞬間、それはホウセンカの実のように弾け、中身を四散させて何処かに消えてしまったのだ。
そして、ブルミたちの計画も、わたしも終わった。
終わったはずだった。
「でも、無意識下での奇跡のお陰か、影響を受けて、記憶の余燼を引き継ぐあなたがこの世界に産まれていたんだ……!不安定な存在で、そのまま消えてもおかしくなかったのに、『人間性』の幽霊として定着できたみたいで、本当に良かったよ!」
ブルミは涙ぐみながらそう言った。
「親分もあなたが生きて動いているのを見つけて、すごく驚いていたんだって!あたちに伝えるのをさっきまで忘れるくらいには、すっごくね。あたちも、あなたの余燼が残っていないか、エーリアスの端で探していたんだけどあなた以外は全然見つからなかったよ………」
「そっか……」
感情をあらわにしているブルミの前で、わたしは小さく呟いた。ブルミの説明は、静かな亜空間の中、わたしの耳に良く響いている。四散した残滓の一部。それは人間と言えるのだろうか。しかし、残滓の一部でも引き継げているということは、わたしは自分を人間だと思い込んでいるだけの幽霊という訳でもないのではないか。そんな考えが、頭の中をぐるぐる回っている。
これまでのわたしに関する色々に、説明がついた。
しかし、それは今のわたしが何者であるかを真に定めてくれるものではなかった。
「これまで助けに来れなくてごめんなさい……。親分もあなたに申し訳なかったって……」
ブルミが、ペコリと頭を下げる。わたしは謝られるようなことをされているつもりはなく、どこか気まずさを感じていた。どうせ、残滓になる前も週末農場に行きかけていた身で、しかも今世では辛いことも多い反面、楽しいことも色々経験させてもらっているのだ。
感謝こそすれ、謝られるほどのことはされていない。
まあ、ここまで無事であったからこその結果論ではあるけれど。
「それは、良かったかな……」
ブルミが涙を拭いながら、そう言った。少なくとも、嬉し涙を流されるくらいには、望まれて産まれてきたのであれば、わたしという存在もそう悪いものではない。
とはいえ、そのわたしの平穏な暮らしも、明日以降、本当に続くのかは分からないのだが。
「そう、それだよ!ねえ、あなたに親分とあたちから提案があるんだけどいいかな?」
突然声を張り上げてブルミが言った。
「何?言ってよ」
わたしが促すと、一回唇を噛み締めて間を置いてから、ブルミは口を開いた。
「あたちの力を分けてあげるから、人間の魂を残すあなたに、伝説の
ブルミの言葉が、無限の亜空間に広がっていく。
「嫌だけど」
「え!なんで!?」
わたしの答えに、ブルミが驚きの声をあげた。
「読心とか、出来るようになるんだよ!あとは、あなたのそれ……」
ブルミはわたしが腰に下げていた投擲用の錆びた拳銃を指差す。
「特別な力を持つ銃として、使えるようにしてあげたり……」
「別にいいかな」
ブルミには申し訳ないけれど、特別な力は要らない。少なくとも『人間』の幽霊として生きていくのに必要な算段が整いつつある今はなおさらである。
第一、『トリッカル』の教主みたいになったら、仕事も増えて面倒臭い。
「面倒だから……?それは、あたちも何とか頑張るから……」
あと、小さい身体で、他の使徒たちに見下ろされる状況だと格好がつかない。
「親分が無理してでも頑張れば、その身体からあなただけ、人間の部分だけを切り分けて、ヒトの身体にしてあげることもできるかも……」
最後に、わたしはもう純粋な
エーリアスでは『人間性』を多かれ少なかれ宿す各種族が自由に生きている。
わたしはその『人間性』を内包する
エーリアスの幽霊の一人。名前はサヤ。そう自分で決めた。
「………………」
黙り込んだブルミが何を考えているか、わたしには分からない。
「それがあなたの決めたことなら、あたちはそれでいいと思うよ……!」
少し元気がなく、しかしそれを隠そうとしながら、ブルミが言った。
「今日は急に巻き込んで、ごめんね。エーリアスの今の騒動は、あたち達で頑張って何とかするから、サヤは休んでいていいよ」
ブルミは、そのまま消えようとしている。何か、わたしとブルミの間で誤解が生じている気がする。
「誤解?」
「うん、誤解」
彼女の疑問の声に、わたしはオウム返しで答えた。
「今の騒動はわたしも頑張って何とかするよ!当たり前でしょ!家壊されてるんだから!!」
とりあえず、シェイディ……は怖いから置いておくとして、風の上位精霊のシーラに魔女のフリックル、あとは現地住民を挑発しすぎたエレナ辺りには、家が壊れた責任を取ってもらわないと困る。そして、今、リムの家に集まっている人たちは、わたしに縁のある人たちばかりで、助けを求められたらなんとかしたいのは当然である。
「あくまで、エーリアスの幽霊として、ね」
わたしは念を押す。
無駄な責任と世界樹からの厄介な視線は、無いに越したことはない。
その時、約束していた時間が来たのか、わたしはリムに亜空間から取り出された。
リムの家は、秩序から程遠い混沌に飲まれつつあった。
「お姉様が、お姉様が行方不明になっているって魔女の一人が言っていたの!だから私は助けに行きたいのよ!でも、どうすればベリータお姉様を探せるか分からなくて……」
「ああ、とても姉思いの妹なのね……!離れてから時が経っても変わらない絆、なんて素晴らしいのでしょう。気に入ったわ。わたくしも、ヴィヴィの捜索とあわせて手伝ってあげるわね!」
泣き出したエルフィンとダーヤが抱き合っている。
「エーダル・シャタガン!エーダル・シャタガン!」
何かでストレスが限界に達したのか、ネルが発狂していた。
「「……………」」
カンナとエシュールは何があったのか、凍り付いて動かない。比喩ではなく、本当に凍り付いた二人の表面には霜が降りている。
そして、最後の一人、ポーシャーは屋外に避難しているのか、姿が見えなかった。
「用意はいい?よーいドン。そろそろシェイディの位置を特定しないと、一大事。位置が大事。一大事だけに。ププッ……」
久しぶりに来客が多くてテンションが上がってしまったのだろうか。リムが繰り出すダジャレで室内は氷点下に達している。
これからエーリアスの騒動を収めに動こうと思っていたのだが、仲間たちのあまりの惨状に、わたしは絶句した。
とりあえず、これで用意していた主人公周りの設定は九割九分、明かせたと思います
現時点以降のゲームの更新内容次第で、トリッカルの設定との乖離が発生しそうですが、見逃して下さい
一応、ゲームとは別世界という逃げ道は用意してありますけど……
蛇足の話
ちなみに『人間』の定義は哲学的、科学的に考え始めると専門的過ぎて追い付けなくなりますが、英語で言うhuman, humanity, human nature, Homo sapiens等々を内包した、日本語としての『人間』の概念で無理やり定義しています
間違っているかもしれないので、その分野の専門家の人が見ていたら、すみません
とはいえ、それはあくまでも地球側での定義
エーリアスの場合、救世主の伝説が残る程度でそもそもヒトが居ないこともあり、『救世主』以外だと、世界樹が各種族を作る際に模倣した?『人間性』とでも言うべきものの側面が強くなると考えています
そのせいで、地球出身の主人公とエーリアス(ブルミ)とで幽霊としてのテーマの概念名の認識がズレていたり……
世界樹側のブルミの方がエーリアス的には正しいですが、元人間というところにアイデンティティを持っている主人公側がこだわっている状況です
ただ、その辺りの細かいブレは幽霊本人の自認次第なので、どっちも正しいというイメージ
蛇足の話2
IFルートBの教主との会話は、双方記憶がありませんが、人間の残滓のさらに残滓から作られた人間とその抜け殻な幽霊という、ほぼ同一人物同士のエグい状態での会話だったりします
この話のブルミからの、ヒトの身体にしてあげるという提案に乗れば同じような状態になりますが、ウイの手助けすらないので多分また失敗します
IFルートBでも奇跡的にうまく行っただけで、記憶からのヒト化は失敗した世界線の方が多いでしょう
省エネ召喚で済んでいた今のエーリアスには余裕がありますが、ヒト化が成功しても無理がたたって世界の寿命は大幅に短くなります
そういう設定はありますが、小説内で描写すると色々ゲーム設定と矛盾しそうなので、IFルートに関する後書きレベルの裏設定ということにしてください…