精霊の山の頂上、わたしがたどり着いた頃にはすでに、エルフ達による第二次市長奪還作戦が始まっていた。鎮圧班に加えてアメリアまでもが正面に立ち、エレナを攫った風の上位精霊、シーラにレーザーキャノンを浴びせている。
しかし、この状況をエルフ達だけでどうにかできるようには見えなかった。
エーリアス中で複数の戦線を抱えて、戦力が足りないのか。または、この世界では世界樹研究が進んでいないせいなのか。『トリッカル』での描写よりも、精霊に対して有効打を与えられていないようだ。
「ようやく来ましたか!」
暴風の中、わたし達の存在に気が付いたアメリアがこちらに声を掛ける。その先でこちらを睨むシーラの手には茨の腕輪。シェイディの囁きだけであれば説得もできたのであろうが、フリックルの魔法の茨による洗脳も込みであれば、容易には解決できないだろう。フリックルの魔法さえも利用としたシェイディの誘導により、他種族に対する憎しみに囚われ、エーリアス中に暴風を振りまくシーラに、わたし達の言葉は届かない。
「カンナ隊長!」
エルフの兵士の一人が、一緒に来たカンナに声を掛ける。対するカンナは先ほどまで凍結していた影響か、本調子には見えなかった。
「市長殿!!」
大きな声でカンナが叫ぶと、遠くで拘束されていたエレナが顔を上げる。口は抑えられており、会話はできそうにない。その時、わたしの携帯端末に着信があった。
《遅いぞ!ようやく来たのか!》
わたしの手元の端末から機械音声が流れている。
「もしかして、市長殿ですか!?」
《そうだよ。……今までの会話はこの端末で聞いていたからな。……ずっと待っていたんだ》
カンナの問いに対して、機械音声が答える。会話を端末か何かに入力しているのか、返事がワンテンポ遅れていた。エレナはこちらを見ながら、手で何かを操作している。
《あたしがどれだけ酷い目に遭っていたと思う?あの精霊に命乞いまでさせられたんだぞ!なのにサヤ君は連絡に応えないし、カンナ隊長もいつまでも連れて来ない。そのせいで、あたしは土下座までして……うぅ……》
用意してあったのか、長文での説明が流れる。エレナはまだ元気そうで、わたしは安心した。いや、安心できない。ずっと聞いていたとは、どういうことだろう。
《あたしはエルフだぞ。……渡す端末に盗聴器を仕掛けない訳がないだろ!……時々電波が悪くて、聞こえないことは多かったけどね》
エレナは、堂々と盗聴を宣言した。しかし、電波で対応しているのであれば、例の亜空間でのブルミとの会話は聞かれていない可能性が高いだろう。それに、今のエレナの態度を見る限り、精霊の洞窟で進めていた秘密の作戦も聞かれた様子はなさそうだった。
「今から助けるから、心の準備をしておいて」
わたしは端末越しにエレナへと呼びかける。
《幽霊がここにいるから注意してくれよ。……今は上位精霊の背後にいる》
エレナはさらに説明を続けた。拘束された状態でも、よく見ているものだ。
《精霊が自然を壊し始めること自体が不自然だからな。……それに、幽霊についてはよく調査したつもりだ。……どうせシェイディだろうから、頼れる幽霊の援軍を呼んだんだ》
その方針は正解だったと言わざるを得ない。何しろ、それにより、結果としてシェイディの天敵をこの場に呼べたのだから。
「リム様、今です!」
「切り裂いて、ヤバイ!」
わたしの合図と共に、リムが空間を切り開き、エレナをわたし達の手元に引き出した。
「リム!」
ようやくリムに気が付いたシーラが、こちらに敵意を向ける。気が付けば、アメリアを含めたエルフの部隊は既に壊滅していた。シーラの引き絞る弓が、わたし達の方に向けられている。
「はぁぁぁぁっ………!」
大きなため息が、山頂に響いた。
「まったく。本当は関わりたくありませんが、この嵐を放置していてはエルフィンランドの建物も崩壊しかねません。そうなったら、教団の財政もお終いです……!」
わたしの前に立つネルが、準備万端であることを示すかのように斧の柄を打ち鳴らす。その隣には、嫌々といった様子ではあるが、パン屋の店主もとい魔法学校の校長、エシュールの姿もあった。
「妖精も結局我々に立ち塞がるのか……エーリアスを蝕む寄生虫共が……」
扇動され、洗脳までされたシーラの目は怒りに歪んでいる。
「ねえシーラ!もうやめようよ!!」
わたしが連れてきていた水の上位精霊のナイアが、大きな声でシーラに訴えた。
これまでの精霊たちとの交流が功を奏したのか、わたしはシーラを止められそうな上位精霊たちを集めてくることができていた。その中には意外なことに、過激派寄りだったはずのイフリートの姿もある。また、初めて会ったはずの大地の上位精霊、ガヴィアも黙って、一緒に付いてきてくれていた。
「うるさい!」
シーラが風を起こし、ナイアにぶつけて黙らせる。
「洗脳されているんだと思います」
「そうみたいだな」
わたしの指摘に、イフリートが同意した。
「まったく、シェイディか……。サヤはこっちに付いてていいのか?」
リムへの敵意からか、すでに身体を実体化させ始めているシェイディを見て、イフリートがわたしに尋ねる。正直、いつかはこうなるだろうと思ってはいた。ただ、リムとシェイディのどちらに付くかと言われたら、正直、リムの方を選ぶのがわたしの本心である。
「リム!またあんたが邪魔をしに来るの!?しかも、サヤまで誑かしてあたいのショーを邪魔するなんて、許さないわよ!」
シェィディの大きな声が精霊の山に響き渡る。その瞬間、空間の隙間に身を潜らせたシェイディは武器である鎌を構えて、リムの背後から現れた。しかし、完璧な奇襲で振り下ろされたその鎌は、リムの鎌の刃の背で、止められる。
「シェイディ!このままだとエーリアス中が強風で滅茶苦茶になります!止めない訳に行きません……!」
リムとシェイディ、二人の実力はほぼ互角である。
その背後では、風を操り、矢を放つシーラの猛攻を、ネルとエシュールが必死に凌いでいた。こちらは長く持ちそうにない。追加の戦力が必要であろう。
ただ、その追加戦力になりうる上位精霊たちには、先にやることがあった。
「おい!サヤ君!?なんであたしはこいつらに囲まれているんだ!?」
ガヴィアに口枷を外されたエレナが悲鳴を上げる。エルフの戦力は既に全滅しており、凍えて十分に動けないカンナは上位精霊に囲まれたエレナを助けることもできず、見て見ぬふりをしていた。
「エレナ。お前に謝らないとな」
イフリートがぶっきらぼうに謝罪の言葉を口にする。
「精霊たちの待遇は、さっきサヤの案内で見せてもらったけど、決して酷いものじゃなかったよ」
ナイアがそう言った。エルフ達と精霊の諍いの一つである、精霊の奴隷化疑惑をわたしはいち早く晴らしてから、上位精霊たちをここに連れてきたのだ。
「…………………。……………………」
ガヴィアも何か言ったが、声が小さすぎて聞こえない。こういう時、読心ができると便利だが、もう受け取る権利を手放してしまっている。
「あたちが翻訳するけど、サヤにも御礼を言ってるよ!」
これまで黙って様子を見ていたブルミが補足をしてくれた。
和やかな雰囲気を前に、エレナは安心したような顔をする。
「そう、あたし達エルフは何の問題も起こしていない!汚染物質の排出も限界ギリギリに抑えているし、自然の破壊も最小限にしているんだ!」
したり顔で、エレナは宣言した。
「そう、そのことで話があるんだ」
イフリートが少し低い声を出しながら、エレナに近づく。
「環境破壊。そっちは私たちの許可を得てないよね……」
ナイアが残念そうに言った。
「………、……………」
ガヴィアも何か言っている。
「サヤ!サヤ君!あたしの拘束を外して助けるんだ!」
エレナが大きな声でわたしに助けを求めた。精霊たちの諍いの原因の半分くらいはエルフの自業自得であり、わたしの関与することではない。むしろ、後々のことを考えれば、ここで一度その罪を清算し、わだかまりを無くしておいた方が良いはずだ。
さらに、ネルと相談して、このあと妖精王国奪還に向けた手土産として、拘束済みのエレナを獣人たちの元にも連れて行く予定があったりもする。それが、電波の届かない精霊の洞窟内で、わたしが根回ししていた秘密の計画だった。
「この後もあるので、あんまり酷いことはしないでくださいね……。では、エレナ市長も引き渡したのでモナティアムへの攻撃は止めて、シーラ様を止めてくれますか?」
わたしのお願いに対して、上位精霊たちは当然と言わんばかりに深く頷く。それを見届けて、わたしは再び、戦闘が続く山頂に視線を戻した。
流石のネルとエシュールも二人でシーラの相手をするのは限界に近い状態だったようだったが、シーラを除く残りの上位精霊たちの参戦でようやく場は拮抗を取り戻した。
「シーラ!しっかりしろ!」
イフリートの炎が、洗脳魔法の源になっているであろうシーラの腕輪に近づくが、風で飛ばされて吹き消えてしまう。
「なんで!なんでお前たちもこいつらの味方をするんだ!!」
激情に駆られたシーラは、一層強く風を吹かせる。わたしの小さな体は、吹き飛ばされないように抑えるのが精いっぱいで、何もできない。本当にこのままでは、エーリアスはこの風で滅茶苦茶になってしまうだろう。
「エシュールさん。一瞬でいいので、シーラ様の動きを止められませんか?」
わたしが尋ねると、エシュールは頷いた。流石、魔法学校の校長を自認するだけあり、こういった時のエシュールは頼もしい。エシュールが精霊拘束の魔法を準備する横で、わたしは急いで端末にメッセージと依頼文を入力していた。覚えかけの言語で、たどたどしい内容だったと思われるが、それでも、すぐに返信が返って来て、わたしは安心する。
「世界樹の始まりのしもべよ……」
風の音に紛れながらも、エシュールの詠唱が始まる。それに気が付いたのか、シーラは更にこちらに風の奔流を向けてきた。
風が強く、わたしはもう目も開けられない。だが、こんな状況でも一瞬でも動きを止められれば確実に、シーラのつける腕輪を撃ち抜ける存在をわたしは知っており、信じていた。
「そんな妖精の詠唱に、私が従属することはない!!」
エシュールの詠唱が終わり、しかし、掛けられた拘束はシーラの言葉と共に一瞬で、無力化される。だが、その一瞬があれば、彼女には十分だった。
声よりも先に、現れた銃弾がシーラの付ける茨の腕輪を引き千切った。驚くべき、精密狙撃。しかも、その射手は遠く離れたモナティアムから狙っているのだから、神業としか言えない。
《ククッ……黒き闇の射手の弾丸が、風の隙間を貫いたぞ………》
携帯端末から狙撃の依頼先であったシオンの声が、特徴的な言い回しを伴って流れ始めた。
「狙撃!?どこから?」
銃声を聞いたカンナとエレナは周囲を見渡している。
しかし、見える範囲には当然いない。
《同族よ、報酬は約束通り我の指定の口座に………あ、口座はまだない?では、今度そなたと会った時に手渡し、ということにしようじゃないか……!》
そこまで言うと、最後にブツっと音声が切れた。『トリッカル』のメインストーリーと同様、シオンにも頼ることになってしまったが、しょうがない。何しろ、状況は過酷で、手段を選んでいる余裕はない。
ちなみに、『トリッカル』ではこの精霊の山での狙撃の報酬をシオンは踏み倒されていたが、わたしはちゃんと支払うつもりである。とはいえ、以前の困った時に助けてくれるとの約束通り、同族割りと称して、金額は大幅に割り引きされている。そのため、わたしでも払える金額であるから、というのも支払う理由ではあった。
「私は、なんてことを……」
シェイディと茨の腕輪から解放されたシーラは、呆然とした顔で天を見上げている。風の上位精霊が正気に戻ったお陰か、山頂の風は少し落ち着き始めていた。
「シーラ!大丈夫!?」
ナイアが駆け寄り、シーラを慰める。その後ろで、とうとう決着がついたのか、リムがシェイディを押し倒した。
「くぅぅっ………」
悔しそうにシェイディが声をあげる。
トラブルを起こしながらも、様々な種族の領域をうろちょろして交友を深めていたお陰もあり、わたしの家を壊した忌々しい嵐はあっさりと終わりを迎えた。
しかし、まだエーリアスの混乱は収まっていない。
わたしの眼下では、世界樹の根元に広がる妖精王国から複数の煙が立ち昇っていた。