「なんなのよ、この装置!あと少しでもっと面白いものを見れたのに!」
静寂を取り戻しつつある精霊の山の頂上、エレナの開発した幽霊用の拘束装置に収容されながらシェイディが悔しそうに叫んだ。
「どうだ。あたしの発明品はすごいだろう!」
拘束装置を開発した当のエレナは、得意げにその性能を語っていたが、自身が上位精霊たちに簀巻きにされているため、いまいち格好がつかない。エレナにはこれから山を降り、各種族にこれまでのやらかしを謝罪してもらうことになっている。行き過ぎた報復を抑え、円滑に交渉するため、リムとカンナにはエレナのフォローに回ってもらうようお願いしていた。
シーラは洗脳されたまま無理やり暴れされていたせいか、ぐったりと倒れ込み、他の上位精霊たちはその介抱に付きっ切りである。そして、ネルとエシュールはその近くで所在なさげにしていた。吹き飛ばされたエルフの兵士たちは、未だに姿が見えない。
そんな周囲の様子を見ながら、わたしはここに居ない仲間たち、先に地下の魔女の王国に向かってもらっていた、エルフィンとダーヤ、ポーシャーのことが気になっていた。
あとは魔女のフリックルを止めれば、騒動は収まるはずだ。そのために思い付く一番楽な方法を、わたしは『トリッカル』の知識を使うことで実施しようと考えていた。そもそも、魔女の王国の暴走の原因となった、女王ベリータの失踪であるが、本人が閉じ込められている場所をわたしは知ってしまっている。元のストーリーからすれば滅茶苦茶な、反則的とさえ言える方法であるが、ベリータを直行で助け出し、フリックルに引き合わせる。それが一番楽な方法だろう。
「リム様、わたしを魔女の王宮に送ってくれませんか?」
わたしはリムに駆け寄り、声をかける。『人間』の幽霊として、自力で亜空間移動ができないわたしが素早く地下へと駆け付けるためには、リムにお願いするしかない。
「すみません。私も一緒に向かってよいでしょうか。女王様が心配なので……」
ネルがわたしの横に寄ってきて、そう言った。もう一人、手の空いている妖精をわたしが見つめると、エシュールは、とんでもないという顔をして、首を横に振る。
「私は……妖精王国の方に先に行って、反乱を起こした妖精たちと交渉しておきますね!」
ここまでの騒動でもう十分に疲れているのであろうエシュールはそう言って、同行を断った。
「では、地下に繋がる亜空間を開きます。場所は王宮で大丈夫ですか?」
リムがわたしに尋ねる。恐らく、王宮にはわたし達を捕まえようとするであろう魔女たちが多くいるはずで、そこは懸念事項であった。しかし、それを何とかするために、エルフィンたちに先行してもらっている。こっそり隠れて、王宮に忍び込み、安全な亜空間からの出口を確保する。それが、エルフィンとダーヤ、そして案内人のポーシャーにお願いしたことだった。
「大丈夫です。ポーシャーさんが指定した王宮の廊下に、お願いします!」
「あちらは本当に大丈夫でしょうか……?」
私の言葉に、ネルは不安げに手を頬に当てて、ポツリと呟いた。その瞬間、リムの鎌が振るわれ、わたし達の目の前の空間が割けた。
亜空間を抜けた先、魔女の王宮は想定以上の騒がしさに包まれていた。
「私の勝ちよーーっ!」
エルフィンが大きな声を出しながら、倒れた魔女たちの中心に立っている。その横では涼しい顔をして、ダーヤが宙に浮かせたダイヤモンドの針を最後に残った魔女へと撃ち込み、床に膝をつかせていた。
こっそり忍び込む、という話はどこに行ったのだろう。しかし、ただでさえ強いエルフィンにダーヤの組み合わせは過剰戦力だったのかもしれない。ベルベットのような強い魔女でもいればともかく、普通の魔女たち、それも、妖精王国への遠征に参加しないような魔女たちではこの二人を止められないのも仕方がない。
「女王様!ベリータ様を探すという話ではなかったのですか!!」
はしゃいでいるエルフィンをネルが叱った。それを横目に、わたしは物陰にひっそりと佇むポーシャーに近づいていく。
「ベリータ様はまだ見つかっていませんか?」
「そうね」
わたしの質問に、興味なさげにポーシャーは答えた。とりあえず暴れ始めた二人を止めるわけでもなく、その様子を見守ることに徹していたらしい。
「サヤ!あなた、ベリータお姉様がいる場所を知っているのよね!案内しなさい!」
エルフィンが大声でわたしを呼び止めた。その言葉に、エルフィンよりも頭の回るネルは違和感を覚えたらしく、眉をひそめる。
「
流石に不自然すぎたか、ネルがわたしに疑惑の眼差しを向けた。当然の反応であるが、とはいえ真実を話す訳にもいかない。
「夢で……夢で場所を教えて貰ったんだ……」
苦し紛れのわたしの一言に、ネルは黙り込んだ。ついつい調子に乗ってしまったが、迂闊すぎたかもしれない。宙に浮かぶブルミが、あきれたような目で私を見つめていた。
「場所が分かるなら、わたくし達で早く、妖精の女王の姉を助け出してあげましょう」
緊張で固まるわたしの前に、ダーヤが割り込んだ。その言葉を聞いて、ネルもこの場はとりあえず矛を収めることにしたらしい。
「分かるなら、早くその場所に案内してください」
ネルに急かされたわたしはあたりを見渡す。ベリータの自室が目的地であるが、流石に魔女の王宮の構造までは把握できていなかった。
「ポーシャーさん!ベリータ様が普段いる部屋……多分、執務室?その場所に案内してください!」
わたしはポーシャーに、ベリータがいるであろう部屋の場所を尋ねた。これで、実はまったく別の場所にベリータがいるという可能性もあるから恐ろしい。そもそも、ブルミの話の通りであれば、この世界は私の知っている世界に近いようで、少し違う可能性が高い。それが私の引き起こしたバタフライ効果によるものか、あるいは別の原因によるものかはわからない。
緊張しながら、ポーシャーに連れられ王宮の廊下を進んでいくと、大きな部屋が目の前に現れた。部屋の中央に設置された豪華な机と椅子から、そこが女王の部屋だとわたしは確信する。
「お姉様?!」
先んじて中に飛び込んだエルフィンの前、てっきり無人だと思っていた部屋の中には一人の小さな魔女が居た。
「来ないで!あたしはフリックル師匠様から、この部屋を任されているんだから!」
派手な髪色に色素の浅い肌。魔女らしくないその少女の姿にわたしは見覚えがある。以前、魔女の王国を訪れた際にわたしと同行していたピコラが、エルフィンに向かって杖を振り上げていた。
「ピコラ!」
「あ……あなたは!?」
わたしが声をかけると、知っている顔を見つけたピコラの肩の力が一瞬抜ける。しかし、すぐにまた強張った。一緒に魔女の王国での騒動を解決するために動き回ったものの、結局、わたしが信頼を裏切る形で終わってしまったはずだ。
「こ、今度は何をしに来たの?」
怯えているのか、それとも未だにわたしへの信頼を残していたのか、ピコラが敵意を見せずにわたしに尋ねた。
「ベリータ様を助けに」
「え……?」
わたしの説明を理解できなかったのか、混乱したような表情でピコラがこちらを見つめる。
「お姉様ーー!」
ピコラのことを放ったまま、エルフィンが焦ったように部屋の中を駆け回り、椅子の下やカーテンの裏を覗き込んでいた。
「この部屋に居るはずがありません!ここ以外でも、宮殿に居れば師匠様が気が付かないはずないですから!」
ピコラが必死に訴える。しかし、ベリータがいるのは、正確にはこの部屋や宮殿の表の空間ではなく、部屋に隣接した秘密の倉庫の中だ。上位魔女相手に隠し扉を隠匿できるその技術は素晴らしいが、使いどころを間違えているような気がする。
「サヤ、どういうこと!?お姉様がいないじゃない!」
さらに、エルフィンも抗議の声をあげた。お腹が空いてしまったのか、クンクンと臭いを嗅ぐエルフィンは、地面を見つめる。そして、床からクッキーの欠片を拾い上げた。
「何をしているんですか女王様!」
拾い食いをしようとするエルフィンを、ネルが叱りつける。一方のわたしは、エルフィンがお菓子を拾った壁を見つめていた。
「ダーヤ様?」
「サヤ、何かしら?」
わたしが声をかけると、居心地悪そうにしていたダーヤが近づいてくる。
「この壁の向こう、空洞に見えます」
そう言ったわたしだったが、実際には壁が分厚いせいでよく分からなかった。
「なるほど。隠し扉ということね」
察したダーヤが、壁に拳を叩きつけ、殴り壊す。
「何をして!……え?」
唖然とするピコラの目の前で、壊れた壁の向こうからお菓子とその包み紙の山が溢れだした。
「お、お菓子がこんなに……!?………お姉様!?」
エルフィンは一瞬、壁の向こうから現れたお菓子の山に目を奪われたものの、すぐにその下敷きになった人影に気が付き、駆け寄っていく。
「「ベリータ様!」」
ピコラとネルが同時に叫んで、顔を見合わせた。その様子を見ながら、わたしは安堵の息を吐き出す。
「はぁ、これで解決という感じかしら」
わたしの気持ちを代弁するかのように、ポーシャーが呟いた。
地下世界にある魔女の王国から地上に出ると、わたし達の到着を待っていたのか、そこには多くの人影があった。
「うわっ、本当に魔女の女王様を見つけて来たんですか!?」
わたしの言葉を信じていなかったのか、エシュールが驚きの声をあげる。視線の先には車椅子に乗せられたベリータの姿があった。
「大丈夫ですか!?」
日差しに目をやられて、一瞬立ち眩んでしまったわたしを支えたのは獣人のバターである。その近くには、簀巻きにされたエレナと、獣人村の長であるディアナがいた。様子を見るに、事情の説明とケジメは無事終わらせられたようだ。
「サヤ君、そろそろフリックルに引導を渡しに行く頃じゃないかな?」
拘束されたまま、エレナが言った。
「どうして捕まっているあなたが味方みたいなこと言っているのよ!王国で砂糖不足を引き起こした元凶なのに!」
エルフィンが我慢できなかったようで、ツッコミを入れる。しかし、フリックル相手にという話であれば、エルフは味方側と言えなくもないのだ。
結局、縛られたエレナとその横で文句を言うエルフィンを先頭に、わたし達は妖精王国へと進んで行く。小さな集団の最後尾で、わたしはピコラと二人でベリータの車椅子を押していた。
「ううっ……すまない……小さい幽霊……」
力なく椅子の背もたれに体を預けるベリータを見て、わたしは心の中で謝罪する。どれくらいあの倉庫の中に居たのか分からないが、わたしは助けに行こうと思えば助けに行ける知識があった。それこそ、フリックルと会ったときにでも情報を渡しておけば、もう少し早くベリータも解放されていただろう。
謝罪の言葉が喉から漏れそうになったその時、わたしの横に数人の人影が集まってきた。
「無事そっちも終わったみたいだな」
やってきたのはイフリートを筆頭とした上位精霊たち。シーラはまだ完全復活には程遠いようで、ベリータ同様に車椅子に載せられている。
「くしゅんっ!」
冷たい風に煽られせいか、集団の中で誰かがくしゃみをした。嵐というにはほど遠いものの、風が強い。シーラがかき混ぜたエーリアスの大気は未だに激しく対流を続けている。
「ヴィヴィ?」
ダーヤの呟きが、風に流されて消えていった。
エルフィンランドについたわたし達を出迎えたのは、静かな街並みだった。暴れ疲れたからか、それともそれぞれの和平交渉が耳に届いたからか。既に戦闘らしい戦闘は、終わりを迎えていた。
妖精や獣人、エルフの兵士に下位精霊たちが見守る中、わたし達は大通りを突き進む。種族もバラバラなこの集団にわざわざ手を出す余裕のあるものはいなかった。エルフの兵士の再編成のためか、ふらりとカンナが集団から外れ、戦い疲れて座り込む隊員の元に歩み寄っていく。
「おう、遅かったな!」
王宮の入り口でこちらに背を向けて立ち尽くす白髪の獣人が声をあげた。剣を構えたその後ろ姿はティグだ。その正面には、疲れ果てた顔で茨の分身を操るフリックルがいた。
「もう……もうなんなの!?エルフ達は言うことを聞かずに裏切るし、幽霊もいつも邪魔ばっかり!シェイディに任せた精霊たちは私たち魔女さえ攻撃するし、妖精も獣人も一緒になって暴れてばかり!本当は今頃、地上を制圧して全種族をまとめ上げていたはずなのに!!」
やって来たわたし達の集団を見て、フリックルが頭を抑えながら叫んだ。さらに、フリックルの視線がわたしを捉えた瞬間、その表情に驚愕と納得が入り混じった、複雑な色が浮かび上がる。フリックルの眼はわたしに向かって、またお前か、と語りかけていた。
「ふふっ……妖精に獣人、エルフ、精霊、幽霊……竜族までいるじゃない!普段、あんな互いにいがみ合って好き放題しているのに、こんな時にだけ仲良さそうに………ベリータ様がいない中、互いに手を取り合えないあなた達が頼りないから、私はエーリアスのためにこんなことをしたのに……」
フリックルは自嘲気味に言葉を吐き出す。実際、ついさっきまでエーリアス中で戦争一歩手前の状態になっていたわけだから、わたしとしてはフリックルの目的意識も主張も同意したいところではある。
「どんな魔法を使ったの?妖精の女王。それとも、あの幽霊に洗脳されているとか?」
「そんなことないわよ!」
フリックルに尋ねられたエルフィンが怒ったように言った。
「これは私の、女王としての力よ!!」
勝ち誇ったようにエルフィンが叫ぶ。
「い~や、あたしの力だね」
それを否定するようにエレナが口を挟んだ。
「サヤのお陰じゃないか?」
イフリートがボソッと言ったが、おそらくそれも正しくない。わたしだけではこの状況を整えることはできなかった。そもそも、わたしの家にカンナやダーヤを連れてきたのはエルフィンであり、それがなければ、わたしは今ほど十分な戦力を集められなかっただろう。さらに、わたしとコネクションを繋ぎ、連絡できる体制をエレナが整えてくれていなければ、わたしは十分な情報を手に入れ、またモナティアムの狙撃手に依頼を回すこともできなかったはずだ。
「全員のお陰じゃないかな?」
他の人に聞こえない程度の声で、わたしは呟いた。全員の中には、フリックルも入っている。そもそも、ここまで地上の種族が一致団結しているのは、フリックルの行き過ぎた地上制圧計画と、それに絡んで引っかき回したシェイディのせいに違いない。
「師匠様……!」
集団の中から愛弟子であるピコラの声が上がった瞬間、何とか気力を保っていたフリックルの顔に、とうとう絶望の色が浮かんだ。
「あ……あ………あ……!」
信頼していた魔女にさえ裏切られたと思ったのか、フリックルは言葉を紡ぐことさえできずに膝をつく。しかし、車椅子で集団の前に運ばれながら、ベリータが現れるとフリックルは目を丸くした。
「フリックル……!失踪して姿を見せずに……すまなかった……!」
「ゲホッ……ゲホッ……ベリータ様…!?」
ベリータが声をかけると、咳をしながらも、フリックルは驚きの声をあげる。
「私たちが助け出したのよ!」
エルフィンの宣言に、フリックルの視線が確かめるようにピコラへと向けられた。ピコラはエルフィンの言葉を追認するように、ゆっくりと首を縦に振っている。
「良かった……」
それを最後に、緊張の糸が切れてしまったのか、呆気なくフリックルは倒れて動かなくなった。
「師匠様!」
ピコラが駆け寄り、フリックルを抱き起す。流石に週末農場に行ったわけではないだろうが、わたしも心配で近づいた。
「俺の勝ちだ!」
ティグが勝利を宣言し、後ろで控える集団の中に居たディアナに勇姿を見せつけている。その横を通り抜け、わたしがフリックルに触れると、風邪のような症状を示していることが分かった。
「くしゅんっ!……王国のみんな!私は帰って来たわよ!」
エルフィンが背後で、恐る恐る建物の陰からこちらを見つめていた妖精たちに語りかける。
「砂糖の供給をエルフから取り付けたから、明日からはパンが食べ放題になるわ!」
その言葉を聞いて、妖精たちが歓声をあげた。単純なものだが、大多数の妖精相手には凝った演説よりも効果はあったらしい。エシュールやネルでさえも、エルフィンの宣言を聞いて、安堵の表情を浮かべていた。
「なあ、妖精の女王!?ゲホッ……ゲホッ……いくらあたしとはいえ、明日は無理だ!ただでさえ工場が精霊に焼かれたばかりなのに……!」
一方、砂糖の供給を宣言されたエレナの方は、縛られたまま必死に首を振っている。
「何よ!約束を反故にするなら、拘束を解いてあげる約束もなしにするわよ!」
エルフィンが不満げに声を荒らげた。もしかすると、このままでは明日にでもまた、妖精王国で反乱が起こるかもしれない。そんなことを考えながらフリックルの様子を伺っていると、ズキン、と馴染みのある痛みが頭の奥で響いた。
目の前でフリックルを抱えたピコラも、頭を痛そうに抑えている。
「くしゅんっ!」
エルフィンがまたくしゃみをした。その周りの妖精たちも、風邪のような症状を示して、一部は元気なく地面に倒れ込んでいる。
もう全て片付いた気でいたが、まだ終わっていないのかもしれない。
世界樹の根元、わたしが仰ぎ見る王宮の一角から、白い蒸気とも煙ともつかぬものが立ち昇り、吹き荒れる風にのってエーリアスへと広がっていた。
主人公の最大の被害者は、間違いなくフリックル
急遽キャラを増やすわけにもいかず、捻じ込めなかったけれど、膝をついたフリックルの姿は陰でシェルムに記録されてそう