「ここがモナティアムですよ」
ブランセがこちらを振り返りながら、演技がかった仕草で周囲のビル群を紹介する。
わたし達はしばらく森の中を彷徨い歩いていたが、日が傾き始めるくらいの時間になって、無事にモナティアムへとたどり着くことができていた。
「お~~~~~!」
わたしの口から思わず声が漏れる。
舗装された道。立ち並ぶ高いビル。規則正しく並んだ街灯。空に掛かったモノレールの軌道。人間の大都市を思わせる光景に、まるで元の世界に帰ってきたかのような感覚を覚えた。
「私はこれから劇場に出勤しないといけません。案内できるのはここまでですが、困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいね」
ブランセはそう言うと、連絡先が書かれていると思われる紙をわたしに押し付けて、慌てて街の奥へと駆け出していく。
その姿が群衆に紛れて見えなくなると、途端に心細さを感じた。
耳の尖った、エルフの住人が道を行き交っている。
その上には多くの看板や標識が設置されており、読めない文字で何かを伝えている。
確かに一瞬、元いた街に帰ってきたと感じはした。しかし、よく似ているからこそ、かえって文字もルールも分からない異国の街にいるような、現実的な不安感にとらわれた。
「おい!危ないぞ!」
わたしは車道の真ん中に立ち尽くしていたようで、クラクションを鳴らされてしまい、慌てて道の端へと飛びのいた。
「邪魔っ!」
歩道に移動してすぐ、今後は群衆に揉みくちゃにされ、さらには大声で怒鳴られてしまう。
自分よりもエルフ達は皆、背が高く、囲まれると前が見えないため、流れに乗って歩くことしかできない。しかし、そもそも歩幅が違うため、すぐにわたしの後ろで渋滞ができてしまい、苛立った声が上がり始める。
結局、華やかな表通りから逃げ出して、妖精王国で逃亡していた時と同じように、路地裏のゴミ箱の陰に腰を下ろした。
薄暗い片隅で身を縮めると、周囲の足音や話し声が小さくなり、ようやくわたしに平穏が訪れる。
「あ゛~、これからどうしようかな゛~」
独り言くらいは楽しそうにしようと思っていたものの、実際に発せられたわたしの声は震えていた。寒いわけではないはずなのに、カチカチと歯がぶつかり、音が鳴っている。
これから、異国の地で就職活動をして、ご飯と寝床の確保をしないといけないのに、わたしはもう心が折れかけていた。
泣くな。
泣くなわたし。
流石にここで泣くのは惨めすぎるし、もう立ち直れなくなる気がする。
そうだ、楽しいことを考えよう。
ブランセに分けてもらった宇宙食、あれは美味しかった。お金さえあれば、色々な味のものが楽しめるはずだ。
劇場。今がどの時期かは分からないが、未来の大スター、ブランセと知り合いになれたのだ。お金が手に入ったら、彼女の演劇を見に行こう。もしかしたら、控室で話をできたりして。
モナティアム市長のエレナ。ここに居れば、エレナと遭遇する機会は幾らでもあるはず。性格に難はあるけれど、『トリッカル』をプレイしていた身としては、ぜひ一度お話ししてみたい。
他にもたくさん、会ってみたいキャラクターがこの街にはたくさんいる。文字は読めないが、会話には支障がないのだ。会えれば、ブランセのように仲良くなれるかもしれない。そう考えると、段々と元気が出てきた。
「よし、頑張るぞ!」
そう自分で唱えて、体に力を込め、路地裏から表の通りへと足を踏み出す。
少しずつ元気が出てきた一方で、感情の起伏が激しすぎて頭がぼーっとする。
通りでこちらを見つめる誰かと、目が合った気がした。
「に……人間!?なんで人間がここにいるのだ!?」
道を行く誰かの大声が通りを切り裂いた。
「は?」
思わずわたしから声が漏れ、すぐに人間を探すため、勢い良く首を振り、周囲を見渡す。
エーリアスでは、人間、という言葉は、プレイヤーの分身である教主など、異世界の人間を指すか、古代の予言が伝える救世主としての『人間』を指す。
エルフ達は前の世界で人間達と争い、敗れてからエーリアスに逃げてきており、『トリッカル』のストーリーでも、人間である教主を見て、怯え、慌てる姿が描写されていた。
ついに、この世界にもゲームの主人公が訪れたのか。
しかし、どんなに周りを見ても、モナティアムの住民たちより圧倒的に背が高く、目立つはずの人間の姿は見つからない。
一方で、首を振る度に、何故かエルフ達と目が合った。恐怖、困惑、敵意、それらが混ざり合ったたくさんの目がわたしを黙って見つめている。不気味な光景に、冷たいものが背中を伝う。
「わたし……?」
そっと自分の手を見ると、小さい4本ずつの指が目に入る。確かに、わたしは元々『人間』だったはずだが、今の姿はそうでない。
何が起こっているのか分からないまま、静かになった通りに、わたしが唾を飲み込む音が響きわたる。
「鎮圧班現場に到着しました!!」
武装したエルフ達がやってくると、周囲のエルフも恐慌状態から覚めたのか、ざわざわと騒ぎ始めた。
《カンナ隊長!早く現場を確認しないか!人間!人間が出たと通報が入ったんだぞ!このあたしの、モナティアムで!》
空を飛ぶドローンから、会いたかったはずのモナティアム市長、エレナの怯えた声が響いている。
「今探しています!ただ、見つかりません!」
モナティアム鎮圧班隊長のカンナはポニーテールにした金髪を揺らしながら、辺りを確認しているようだが、私に気が付いた様子はなかった。
《人間の図体で見つからないわけないだろ!周りの市民に何があったのか聞け!》
「市長殿!了解しました!……何があった?人間が居たんじゃないのか!」
エレナの指示で、カンナが周囲のエルフ達に聞き込みを始める。
そこでようやく、エルフの1人がわたしを指差した。
「私たちはあそこに人間が居る!って誰かが叫んだのを聞いただけで………」
「みんながあのちっちゃい子を見ていたから、何か関係あるのかな?って……」
エルフ達の言葉は要領を得ず、カンナは頭を抱えていた。
「隊長!最初の通報者が見つかりました!………ですが……」
困った顔をして、鎮圧班の1人が、カンナに声を掛けた。
その後ろでは、手を引かれるようにして、赤い髪のエルフが俯いている。
連れてこられたエルフの顔は見覚えのあるものだった。過去の人間との戦争で重いPTSDを負い、時折、精神状態に問題が生じてしまう元エルフ将校、ヘイリーがそこにいた。
「ほ…本当にいたのだ!人間が!!……いたように見えた…………いや、私がまたおかしくなっていただけか?」
「通報者ですが、ヘイリー様でした………」
項垂れたヘイリーが呟き続ける裏で、鎮圧班の隊員が暗い顔をしてエレナのドローンに向けて報告した。
《ヘイリー?またか!ちゃんと治療も受けないでほっつき歩いて………もういい、ヘイリーを病院に連れ戻して、撤退しろ》
「すまない!幽霊の少女よ………しかし、本当に人間に見えたのだ!」
エレナの命令を受けた鎮圧班によって拘束され、ヘイリーはわたしに謝り続けながら、どこかへと連行されていく。
後にはポカンと口を開けたまま固まったわたしと、カンナの2人が取り残された。
「え~っと、ご協力感謝します!信頼できるモナティアム鎮圧班をこれからもよろしくお願いします!」
最後に頭を下げると、カンナもどこかへ走り去ろうとする。
その袖口をわたしが掴んでいた。
「ちょっと!あたいに何か別の用でもあるのか?」
カンナが困ったように、わたしを見下ろす。
「ま、巻き込まれたお詫びに、食べ物と水を貰えませんか?」
出来る限り、上目遣いで媚びるように、わたしはカンナにお願いした。
エルフの中では比較的良心的なカンナであれば、僅かに通じる可能性があるだろう。
できれば、メインストーリーに絡むような主要キャラに、こんな情けない姿を見せたくはなかったが、空腹を抱えたまま今夜を超えるよりはマシだと思っていた。
「困ったな……次の仕事もあるんだが。しかし、外来種とはできる限り友好関係を維持しろという指令もあったはず………」
カンナはわたしの予想通り、悩み始める。
しばらく待つと、そのポケットから、エルフの宇宙食が取り出された。
「とりあえず、あたいの夜食を渡しておくからこれでも食べるといい。飲み水は……この先の公園に水飲み場があったはずだぞ」
わたしの手に宇宙食を幾つか押し付けると、カンナは遠くの公園を指差した。
「ありがとうございます!」
わたしはお礼を言うと、公園に向け歩き出す。
その背後で、カンナが慌てて次の現場へと走り出す音がした。
既にお腹が空いていたので、早速、宇宙食のパッケージを剥して、口に入れる。
おそらく配給品か格安の製品だったのであろう宇宙食からは消しゴムのような味がした。