【皇国の影】たるオジサン、次なる任務は恋愛脳な潔癖皇女の護衛――ではなく暗部の闇を誤魔化すサクラ役! 作:イヤンホホ亀田
ブルーウィール皇国の皇王が住まう宮殿ブルーパレス、その一室にて。
厳ついおっさんが何人も、むさくるしく雁首揃えて俺に言う。
「――いいな、シェイド。これは極めて重要な任務だ……! 絶対にしくじるな!」
「お前だけが頼りだッ。任せたぞ……!」
傷だらけのゴツイおっさんたちが顔を寄せて、唾を飛ばす勢いだ。……ちょっとかかった。汚い……。
「……おい。おい、聞いてるなシェイド!? 本当にヤバいんだからな! 頼んだぞ!?」
「あぁ……うん。分かっているさ。いつもの通り、忠実に任務を果たして見せる。『皇国の影』の名に恥じぬように」
「分かっているなら、いいんだが……」
俺の任務成功率は知っているだろう? なにを不安がることがある。むしろ、今回の任務はずいぶんと簡単な方じゃないか。
「任せろ。確かにこの俺が……――――皇女アリアンロッドに、暗部の仕事がいかに清く正しく愉快なものか、正確に伝えてやる」
「う、うぅむ……」
なんだ。なんでみんな唸る。
「…………ほんとに大丈夫だと思うか? 皇女殿下のご指名とはいえ、こいつに組織のポジティブキャンペーンなどできるものか……?」
「いや、確かにシェイドの任務成功率はみなの知るところだ。少なくとも、直近十年の失敗はゼロ……」
「工作や暗殺ならな……! 今からやってもらうのは皇女殿下のご機嫌取りだぞ? この無神経で無骨な男に務まるものか不安でならん……ッ」
ひどい言い草だ。そっちから任務を持ってきておいて。
でも、まあ、任せてくれ。さっき言っていたじゃないか。工作や暗殺において、俺はこれまでほとんど失敗したことがない。
そして――今回やるのも、同じようなものだ。
「要は、皇女殿下を騙くらかせばいいだけだろう。スパイ活動では必須のスキルだ」
「それはそうだが……。皇女殿下は、初代皇王陛下の再来とも言われる才女であらせられるぞ……! 嘘がバレないとも……」
まあ、百聞は一見にしかずだ。そろそろ時間だろう? 実際に見て判断してくれ。
……なんて、思っていると。
コンコン、とノックの音。
「! はい、ただいま……!」
がたいのいいおっさんが、慌てて扉を開けに向かう。が、その前に開いて、外から歩み入ってくるのは――
「――よい。扉など自分で開けられる。中から開けられるまで黙って待つなど無駄そのもの」
長い、腰に届くほどの銀の髪。そして、上質でありながらも華美過ぎない、まるで騎士が儀礼で身に着けるような服装。
顔かたちは……ふむ、言われてみれば我らが仕える主の面影があるような。
すこし幼さを残しつつも、凛々しく吊り上がった眉と、青い瞳。すっと通った鼻筋の下には、おそらく紅も塗っていないのに艶ややで血色のよい唇。
この方が――
「――これはこれは、皇女殿下! ようこそこのようなところまで……!」
一斉に膝をついた上役たちにならって俺も。顔は上げずに声を掛けられるのを待つ。
「はぁ……。今しがた、無駄を説いたばかりのはずだが? そなたらはここが謁見の間だとでも言うつもりか?」
「……! はッ」
ふむ。話に聞いていた通りの合理主義者。とはいえ、初見ではやらぬわけにもいかんだろう。
いや、上役たちは初見ということはないのか。ということは、向こうからしても見おぼえない男が一人いるとなれば……。
殿下はこの場をジロリと見渡して……そして、最後に俺へと視線を固定した。
「そなたが――『皇国の影』……とやらか?」
正解だ。噂に違わず頭がよく回る。
声を掛けられたからには俺も正面から殿下の顔を見る。……隣に立っている護衛らしき女騎士が嫌そうな顔をしたが構うものか。ここでまた視線を下げる方が殿下のお気に障ろう。
ということで。よし……んんッ!
「――いかにもわたくしが、恐れ多くも我ら組織の名でもある『皇国の影』を拝命しているシェイドです。よろしくお願いしますね」
「!」
できるだけ爽やかな笑顔で。どれだけ効果があるかは分からんが、辛気臭い顔と喋り方では、皇国の影の印象も悪くなるというもの。
「……ふん、やはりそうか。しかしなんというか…………想像よりも、ずっと柔和なのだな。他の者らと違い、物騒な雰囲気もない」
さっきまでの険しい表情から、少し毒気を抜かれたような表情に。
「あはは。そうでしょうかね? であれば、わたくしにとっても嬉しい限りです。そこな上役たちのように怖い顔だと、皇女殿下を怯えさせてしまうかもしれませんからね」
「……この私が、怯えるだと? ふん、そのようなことがあるものか。軽口はそこまでにせよ」
「ははッ。これは申し訳ございません」
……場を和まそうとしたが、やはりあまりうまくいかんな。噂通り、潔癖で堅物の皇女らしい。隣の女騎士も、俺を射殺さんばかりに睨んでいるし。
一方で、こちら側のおっさんたちはというと。
「……な、なんだあのニコニコ顔は? 本当にいつもの無愛想なシェイドか?」
「これほどまでのッ、変わりようとは……!」
「さすがは『皇国の影』ということか。…………しかし、普段とギャップがあり過ぎてキモチワルイわぁ……」
失礼な。
しかしこれで少なくとも、いかにも暗部らしい陰険で危険で血なまぐさいというイメージはあまり持たれなかったろう。後は会話をしながら少しずつ殿下からの印象を良くするのだ。そうすればきっと……。
「さあ。それでは参りましょうか、皇女殿下。貴重なお時間を無駄にするのは忍びないので、早々にわたくしの任務を」
「ああ。私はそのために来たのだ。『皇国の影』の役割を見定め、本当にこの国にとって必要なものなのかを判断する」
「ええ、聞いておりますとも」
「そうだ……。そうして、国のためと嘯き手を汚すような者が本当に不要だと判断できたなら………………きっと、あの方のためにも――」
そうして、皇女はどこか遠くを見るような目で確かに言ったのだ。
「――私の代で、暗部の長い歴史を終わらせてみせよう」