地味な力が結局一番強い。(バトルしない現代異能成り上がりもの) 作:現代作品もっと流行ってほしい委員会
現代人に役立つ能力は例外はあるにせよ基本的に暴力ではない。
現代人が突然異能を手に入れたら、たぶん求めるものは三つが中心になる。
健康と金。あと一つは他人が関わるのでいったん保留。
人生の大半は生きるためにお金を稼ぐ必要があって、そのためにやりたくもない仕事に費やされている。
ときどき達成感を覚えることはあっても、80の虚無と19の苦痛と1の達成感といった具合の割合だ。無いならない方がいい。休職するほどではないが普通に働いているだけでストレスが健康に与える影響も少なくないだろうことは容易に想像がついた。
太の場合は、今のところ健康と金だけで十分だった。
特に健康面では酒もほとんど飲まず、タバコも吸わない太にとってはストレス解消に食べ過ぎてしまうのだけが問題だった。
それらを直接手に入れるのは様々なリスクを伴う(だろうし今の能力では手に入らないというのもある)。
急激に痩せたり顔が変わったら周囲に不自然に思われるし、突然100億円手に入れても税金の処理など様々な問題が付いて回る。
だから帰りの電車で最初に試したのは、先ほど思いついた通り、多くの局面において役に立つ、自分のやる気を操作することだった。
(家に帰ったら、能力を試す)
もう決めている。
なら、その気持ちを強くすればいい。
太は目を閉じてカバンを握ったまま、自分の中にある「能力を試したい」気持ちを探した。
すぐに見つかった。
数時間前まで存在しなかった力だ。どこまでできるのか知りたい。危険がないかも確かめたい。もしかしたら、人生を変えられるかもしれない。
そこへ意識を集中して、強くする。
変化はあった。
能力について実験して調べたくなった。
AIに相談したくなった。
SNSで似たような話がないか探したくなった。
(ひとまず成功? いや、能力を手に入れたらそれについて調べたいと思うのは自然なことか)
太は操作を止めた。
電車の窓に映る自分の顔が、心なしか先ほどよりも活力があるように見えた。
そもそもやる気という言葉は大雑把すぎるというのもある。
試験前に勉強しなければと焦るのも、新作ゲームを始めたいのも、仕事でトラブルの原因が見えかけて集中するのも、全部まとめればやる気だ。
でも、感覚としてはそれぞれ異なっている。
(明日仕事でちょっと試してもいいけどこれの本番は週末だな)
今日試すのはやめた。
能力が使えないわけではないことがわかっただけでも十分だ。
これは長期的に安定して使いたい力ということもある。
「やる気」はかなり漠然とした概念で再現するのが難しそうというのもある。
なら、もっと基準のはっきりした感覚から始めればいい。
甘い。苦い。熱い。冷たい。
牛乳の味とコーヒーの味は違う。
味覚なら比較できる。
(分かりやすいところから攻めよう)
健康につながる。
味覚やさらにもし満腹感を変えられれば、ダイエットに使える。
太は最寄り駅で降り、駅前の洋菓子店へ入った。
ショーケースの端に、今月から販売を始めたというチーズケーキが残っていた。
果物も飾りもない。焼き色も薄くて、隣のケーキと比べるとかなり地味だった。
その割に少し高い。
(健康という長期的な利益、だけじゃなくてお金という短期的な利益を求めるには……)
「こ、これ、一つください」
太は小さな箱を受け取った。
◇
家へ帰ると着替えを済ませ、ケーキは箱のままテーブルへ置いた。
まずは失敗しても惜しくない物から試す。
冷蔵庫から牛乳を出した。
コップへ少し注ぎ、一口飲む。
いつもの安い牛乳だった。
(甘くする)
ただ甘いでは足りない。
黒糖まんじゅうと一緒に食べた時のような引き立たされた甘さをイメージする。
記憶を探し、今の舌へ重ねる。
次の瞬間、味が変わった。
「……おお」
思っていたより、はっきり甘い。
砂糖を入れたようなざらつきはないのに、舌は甘味を感じている。牛乳の匂いも消えていない。
もう一口飲む。
同じだった。
偶然でも気のせいでもない。
(これは大成功だ)
もう少し甘くできるだろうか。
甘味を強くしてみる。
(ん……? これはダメか?)
今度は変化が鈍かった。
実際に飲んだことのない味へ近づけようとしているからかもしれない。
なら、と太はコーヒー牛乳を思い出した。
紙パックの味。
甘さ。薄いコーヒーの風味。
意識を合わせる。
牛乳の味が少しだけ変わった。
甘さは感じる。だが風味は弱い。見た目が白いせいもあって、どうにも中途半端だった。
(小成功。味は多少寄ったけど、水で割ったような感じがする)
参照している記憶が薄いのかもしれない。
次は、もっと離れた味を試したい。
冷凍庫から買い置きしていたミートソースのパスタを出し、電子レンジで温めた。
湯気と一緒にトマトと挽肉の匂いが広がる。
一口。
(うん、味覚は正常)
普通だった。
いつも食べている冷凍パスタの味だ。
値段の割には美味しい。
(これを寿司にする)
仕事の帰りにスーパーで割引になっていたらちょくちょく買って帰るパック寿司。
サーモン。穴子。玉子。酢飯。醤油。わさび。
コーヒー牛乳を飲んだのは数年前でそれに比べると記憶ははっきりしている。
太はパスタを口へ入れたまま、寿司の味を重ねた。
一瞬、酸味が出た。
続いて魚の脂らしいものを感じた。
だが、すぐにミートソースの匂いと熱さに潰された。
麺を噛めば小麦の食感があり、舌はサーモンらしき脂を感じている。
「……びっみょ~」
寿司にはならなかった。
寿司味のパスタにもなっていない(そもそも想像できないが)。
複数の食べ物を同時に口へ入れて口内調味に失敗したような感じ。
太は水を飲み、操作を解除した。
(元の味から離れすぎると、変えた味と喧嘩する。食感や匂いまで全部そろえないと現状は無理か)
だが、使えないわけではない。
安い牛乳を甘くするのは簡単だった。
検証が必要だが、この感じなら普通の牛乳を少し高い牛乳へ近づけるくらいなら簡単だろう。
完全な高級食材へ変えなくても、日常的に食べる物の満足度を上げられれば、十分節約になる。
(訓練すれば、食費を落としても不満は減らせるな)
次は満腹感の操作を試してみる。
こちらは味より難しいようだ。
舌の一部分ではなく、腹と頭の両方にある感覚だからかもしれない。
太は椅子へ座り、過去に一番食べすぎた日のことを思い出した。
大学の友人と行った焼肉の食べ放題。
最後の注文で元を取ろうとして肉を追加し、調子に乗って冷麺とアイスまで食べた。
店を出たあと、腹が張ってげっぷが出た。座っているだけでも苦しかった。
あのときの胃の重さ。
食べ物を見たくない感覚。
喉の近くまで詰まっているような圧迫感。
太は一つずつ思い出し、今の身体へ重ねた。
腹の奥が膨らんだ。
「うっ」
喉の奥が詰まった感覚がした。
実際にはパスタを数口食べただけだ。
それなのに、胃の中に食べ物が詰まっているように感じる。
冷凍庫を開けた。
買い溜めてある唐揚げを見ても、いらないと思った。
食べようと思えば食べられる。だが、わざわざ今食べたいとは思わない。
(8~9割くらいか)
本物の満腹より、胃が物理的に膨らんでいる感覚が少し弱い。
水を大量に飲んで腹を膨らませ、その状態を意識して覚えれば、もっと精度を上げられるかもしれない。
ただし今でも、食べすぎを止める用途には十分だった。
太は満腹感を解除した。
空腹が戻る。
急に冷凍庫の中の唐揚げのパッケージが美味しそうに見えた。
(健康は、いける。週末試したいアイデアがうまくいけば倍満)
痩せるだけなら満腹感を使えばいい。
食事を楽しみたいなら味覚を使う。
両方を組み合わせれば、今までよりはずっと楽に続けられる。
健康は長期戦だ。
では、もう一つのほしいもの。金はどうするか。
太はテーブルの上のケーキを見た。
未来の株価を見るより現実的で、今夜試せる。
すぐに金になるわけではない。
だが、狙って何度も起こせるなら、それだけで仕事になる。
税金的にもクリーンで匿名性も上手くやれば守れる。
(能力を上手く使って、100%バズるつぶやきを作る)
◇
太はPCをスリープから復帰させてSNSを開いた。
フォロワーは六百人ほど。
長く使っているため、完全な無名ではない。ゲーム、小説、食べた物、ぼやかした上で仕事でのちょっとした愚痴。人に見せることをあまり考えず、思いついたことをそのまま投稿してきた。
普段の反応は数件。多ければ数十件。
初動がゼロではないというだけでも、実験には使える。
能力を使って投稿をバズらせる。
そのために、SNSを見たとき自分の感情がどう動くかを調べる。
太はタイムラインを開き、目に入った投稿への反応を自分の視界へ投影した。
【注目 31】
【好意 12】
【共有 4】
【反論 58】
数字そのものに客観的な意味はない。
太が感じている強さを、比較しやすい形へ変えただけだ。
それらを、実際にいいねやリポスト、コメントがついている数と見比べていく。
何十、何百と見て行けば傾向は分かる。
誰かを馬鹿にする投稿は、好意が低くても注目が高い。
間違いを混ぜた断定には、訂正したい人間が集まる。
敵を作れば、味方も勝手に集まる。
もともと分かっていたことであったが、能力を使って数値化したことでその精度や細かいほんの少しの差が段違いにはっきりとわかる。
(炎上なら早いけど……)
最初の一本を伸ばすだけなら、これが一番簡単だった。
だが、太は下書き画面を開いたまま手を止めた。
異能が出てくる物語では、能力を得た人間が他人へ気軽に使いすぎる。
相手の心を読む。感情を変える。記憶を覗く。都合よく操る。
読んでいるときは面白いが、自分が同じことをする気にはならなかった。
(今日突然生えた力をそこまで急に信じられるわけがない)
突然手に入ったなら、突然消えるかもしれない。
もし誰かが与えた力なら、好き勝手に使わせるためではなく、何か目的があるのかもしれない。
そして物語なら、そういう存在は一番困る場面で代償を取り立てる。
調子に乗ったところで制限を追加したり、やりすぎた能力を没収したり、他人へ使った分だけ自分へ返したりする。
(僕が作者なら、絶対その展開を入れる)
もちろん現実が物語と同じ保証はない。
だが、仕組みの分からない力を、最初の日から他人を傷つけることへ使う理由もなかった。
しかも炎上で集めた人間は、次も炎上を求める。
会社を辞めるために始めたことで、別の嫌な仕事を抱えるのは馬鹿らしい。
太は下書きを消した。
食べ物や創作物への感想なら、誰かを傷つけなくても伸ばせる。
本当に良いと思った物を、伝わる形へ変える。
できるなら、そちらの方がいい。
(最初に考えてた通り、食べ物の方がリスクが低いし、視覚的にも写真があった方が有利だ)
太はケーキを皿へ移した。
箱と包装は近くに置かない。周りに身分の特定につながるようなものが無いことを確認する。
続いて食欲の数値を視界に投影。
写真を撮る前に、三日間絶食したときの空腹を再現。
大学時代、体重を落としたくて、ほとんど何も食べずに過ごしたことがある。
三日目の夜、外に出た時に近所からから流れてきたカレーの匂いだけで眠れなかった。
腹の奥が縮み、舌の付け根に唾液が溜まる。
視界の中で、地味なチーズケーキだけが急に光輝いて見えた。
真上から撮る。
駄目だ。
きれいだが、食欲の数値があまり変化しない。
断面を強調する。
これも違う。
店の商品写真みたいできれいすぎる。
太は端を一口分だけ切り、フォークを置いた。
柔らかなチーズ部分の下で、タルト生地が細かく崩れている。
細かく距離を調整し、ベストなアングルでもう一度撮る。
【食欲 93】
(これだ)
完璧じゃない。
もっとカメラ(というかスマホ)や照明をこだわれば食欲の数値は100に近づくかもしれない。
だが、そのどこか素人っぽさが真に迫っているように思う。
写真は決まった。
次は味だ。
太は絶食の五日目を再現する。
水とスポーツドリンクだけは飲んでいたが、頭の中は食べ物のことで埋まっていた。
気が付くと延々と食べ物の動画ばかりを見続けてしまう。
あの空腹を、今へ持ってくる。
胃が強く縮んだ感覚。
口の中が熱くなり、ケーキの匂いが部屋の空気から切り離される。
太はフォークを持った。
一口食べた。
まず甘い。
遠慮のない甘さだ。
だが甘すぎない。
チーズの酸味をミルクの風味が包み、舌の上で瞬間的にほどける。濃厚ではないのに、薄くもない。
噛むと、タルト生地が崩れた。
香ばしさのあとから、チーズ部分とは違う甘さが出てくる。
チーズに負けないくらい、このケーキの味を作っている。
飲み込む。
甘さが消えた。
美味しかったという感覚だけ残して、口の中にはほとんど残らない。
(二口目)
太はすぐにフォークでケーキを切った。
(三口目)
指が動く。
止めるつもりだったのに、フォークを置けない。
口の中に、そして胃には入っている。
だが、五日目の空腹は少しも減らない。
食べれば満たされるという身体の仕組みを、感覚だけが無視している。
(まずい! これ、止まらないぞ)
慌てて声に出す。
「解除!」
空腹感が切れた。
遅れて、胃へ入ったケーキの重さに気づく。
額に汗が浮いていた。
太はフォークを置き、水を飲んだ。
(五日目の感覚は封印だな)
味を引き出すには強い。
というか強すぎる。
ダイエットへ使えば逆に過食する。
少し待って、普通の状態でもう一口食べた。
さっきほどの衝撃はない。
それでも味の特徴は残っている。
濃厚ではないのにミルキー。
甘さははっきりしているのに、後へ引かない。
そして何より、生地が美味しい。
ただの土台ではなく、チーズ部分と同じくらいケーキ全体の味を決めていた。
太は写真を見ながら文章を作った。
説明を増やすと広告になってしまう。
誕生日を押し出しすぎると、三十歳の男が一人でケーキを食べているだけの話になる。
削りすぎると、ただの「美味しかった」になる。
何度も書き直し、そのたびに自分の視界へ反応を出した。
最後に残った文章を読む。
【注目 91】
【好意 82】
【食欲 86】
今までで一番高い。これで決まりだ。
『疲れた残業帰りに誕生日だからと買った新作のチーズケーキ。
見た目は地味。でも味は地味じゃなかった。
濃厚じゃないのに、ミルキーで甘い。矛盾した美味しさ。
何より生地がすごく美味しい。チーズに負けてない完璧なバランス。
良かった。』
写真を添える。
店名はあえて書かない。
太は投稿ボタンを押した。
◇
数分後、いいねが四件ついた。
普段より少し早い。
それだけだった。
冷凍パスタの残りを食べていたところに、母からLINEが届いていたのに気づいた。
『誕生日おめでとう。夏休みは取れそう?』
太は少し考えてから返信した。
『ありがとう。ケーキを食べました。八月に何日か帰れそうです』
夕食を済ませて皿を洗い、シャワーを浴びてからもう一度SNSを開く。
通知は二十件を越えていた。
更新する。
三十件。
その中に、見覚えのある名前があった。
束時岳正(つかじたけまさ)。個性派俳優としても見かけることがあるかなり知名度のある芸人だ。
甘いもの好き芸人でチーズケーキの魅力を語っているのが記憶に残っていた。先ほどのどんな投稿がバズるのかでチーズケーキを熱心に紹介しているのに気づいていた。
『濃厚じゃないのにミルキーで、生地が同じくらい美味しい? 記憶にない見た目。どこの新作ですか』
「……来た」
太はあえてすぐには店名を返さなかった。
自分の匿名性をなるべく守りたいという気持ちもあるし、別の狙いもあった。
何はともあれ、狙った相手へ届いた。
投稿内容、写真、時間、相手の好み。
条件をそろえれば、バズはある程度狙えると考えた通りになりそうだ。
能力が成長し、自分の感情をもっと正確に測れるようになれば、成功率は上がる。
SNSの表示アルゴリズムなどを読み取ることもできるかもしれない。
再現できればかなり応用が利く。
(これだけでも食っていける可能性が結構あるな。他のプラットフォームもあるわけだし)
会社を辞めるところまで考えるのは早い。
それでも、昨日見ようとした株価よりはずっと現実的だ。
明日も仕事だ。
いつもならなるべく早く寝ようと思っても結局1時くらいまでは起きているが……。
トイレを済ませてからPCをスリープにする。
そして能力でイメージする。
小学生の頃、夏休みに海で泳いだ帰り道の電車。
窓から差す夕日。まだ少し濡れた髪。座席の揺れ。目を開けていようとしても、いつの間にか母親の肩へ寄りかかっていた。
もう一つ。
大学のとき、試験の日程を勘違いして、二日徹夜で準備したテストのあと。
答案を出した瞬間に身体から力が抜け、帰宅して服も着替えず床で眠った。
その二つを重ねる。
まぶたが急に重くなった。
「うわ……」
膝から力が抜けかけ、思わずベッドに倒れ込んだ。
眠いというより、意識が落ちる準備を勝手に始めている。
(……これも強すぎるけど、悪くは、ない……)
枕へ頭が触れた。
そこから先は覚えていない。
PCを落としてもネット上ではSNSは休みなく動き続いている。
束時の引用から来た人間が反応し、数字が増えていく。
あえて返さなかった店名に対するコメントのやり取りが増え、そのやりとりがアルゴリズムに評価されさらに拡散される。
日付が変わる少し前。
普段ほとんど投稿しない一人の歌手が、太の写真を引用した。
『明日、誕生日。これ食べたい』
眠っている太は知らない。
通知の数が止まらなくなっていた。