MIDNIGHT ~Phantasy Star False~ 作:Libby博士
ただ二日酔いに苦しんでいて、レヴィが入ってきたらいつものように顔を向けて貼り付けた笑みをしていた。
ディナンはレヴィに酷いことをしたことも、逆にレヴィから殴られたことも覚えていない。
しかし、極秘機密データはやはり見ることが出来なくなっていて、レヴィはそれをディナンに改めて問い詰めると、彼は"脱退させられた"と嘘をついていた。
レヴィは知っている。クローンを作るために意図的に抜けた事も。
レヴィとの約束などはなから守るつもりなどなかったことも。
それでもレヴィは、ディナンが目の前で頭を下げて、どうにかして残ってくれと言う言葉には頷いた。
それは昨日から既に決まっていたこと……
あの人形に心を揺るがされているのはもちろんだが、ディナンの言った「俺たちしかお前を雇わない、研究員として認めない」という言葉は正論だったからだ。
そして、相変わらずレヴィがブラックマーケットで手に入れることの出来ない他の研究機材を使う権利は残っている……だからレヴィは残った。
レヴィは自己嫌悪した。
これは単なる
力で捩じ伏せて全部を見返してやると言っているのに、あんなに理不尽な目にあってもズルズルと引きずって、あんな器に執着しても無意味なのにあの器のことばかり考えて、メリットもないのに未だにこのチームに居座り続ける……
この場で誰よりも最低の人間は、己自身なのだと――
そうやって、また苦しみのループに陥っていた。
元から利益さえあればどんな陣営につこうが、誰を裏切ろうがどうだっていい性根の腐った女だったが……
ここに最早レヴィの利益になり得るものはなく、それでもレヴィはディナンから言われた言葉を真っ向から受け止めてしまった。
ディナンが自分を心の底では見下して嫌っていることなど知っている。
単なる捨て駒扱いで、自分の命なんてどうだっていいことだって分かっている。
他のチームメンバーも皆同じで、だれも本当の自分の事なんか見てなくて、自分を人間扱いしてないことくらいとうに分かりきっている。
それでも、ここでなら、まだ、外にいるよりかは人としての権利を得られている気がするから……
「わたしって、……自分の決めたことも貫けないの……?」
「……外が騒がしい……」
――空は青く、太陽が頂点にまで登る途中。レヴィは瞼を開き、硬い床から起き上がる。
彼女はいつもの通りに小鳥の声を聞いて悠々と目覚める事は出来なかった。
騒々しく迎えたのは鳥の声ではなく忌まわしい人の声、しかも大量。
あぁ、鬱陶しくてこんなのやってられない。
「うざ……」
レヴィは頭をがりがりと掻きながらめんどくさそうに起き上がり、女性らしい可愛さも何も感じられない、無地のカーテンを端に寄せ窓を開ける。
鍵が軽快な音を立てて外れた。
彼女はその騒がしさの正体を知るために覗き込むと、アークスシップでは至る所に設置されているモニターがどうやら原因のようだった。
アークス内でも相当有名な部類にある六芒の一……レギアスが、老けて少し嗄れた機械音で放送をしている。
「……
放送はあまり聞こえないが、単語的にそう言っている。
その中でもあまり聞くことのない単語というのが"
それは六芒均衡の特権である、アークスを無条件で従わせる事の出来る絶対的命令だ。
その内容は、レヴィとの比較対象であり、レヴィが引き立て役にならざるを得なかった原因となる実の姉……ルビィとその相方の女を殺すというもの。
「……あは」
これほどの幸福、今までにあっただろうか?
レヴィは薄ら笑いを浮かべ幾何学的な赤に目を染めた。
倉庫にある武器を手に持つ。紅く光る其れは何だか嬉しそうな様子だ。所詮ただの無機質なのに。
レヴィはそのままふらふらと、ルビィがいるらしいマザーシップに向かおうとしたのだが……
頭の中に一瞬文字列が思い浮かぶと、赤く染まった瞳は元に戻ってしまう。
頭の中に浮かんだそれは、レヴィが知っているようなものではない。……一体誰が?
しかし、レヴィにとっては最早どうでもよかった。
「英雄だか……勇者だかなんだか知らないけど……。……わたしより秀でようとするなら全員殺してやるんだから……」
――レヴィはマザーシップへと向かうキャンプシップに乗り込む。
(いま、……こいつらって、無抵抗なんだよね……?)
レヴィは顔が高揚し、息が荒くなって、思わず懐からナイフを取りだす。
「ねぇ、……あなた達って、戦う前にトレーニングしたりする?」
十人近く乗っているが、誰からも返事はない。
それもそうだ。乗り込んでからここまで誰一人として口を開いていなかった。
皆ルビィを殺すことにしか興味が無いのだろう。
「わたしはね、毎日トレーニングをするの。戦う前も欠かせないよ? キャンプシップの中でね、ストレッチをしたりね、足が吊ったりしないようによく身体を慣らしておくの、フフ」
「……いも、う、と」
レヴィは饒舌にぺらぺらと話してはくすくす笑っていると、周囲のアークス達の赤みが薄らいでいる。
「会話すると効果が薄れるとか……
レヴィはナイフを楽しそうにくるくると回し、周りを見回した。言葉は鋭いとはいえ、彼女は比較的上機嫌な方だ。
「ルビィの、……妹」
「あら、そう。まあ、……妹なんじゃないですか?」
レヴィはキョトンとした、淡々と話しかけているような平常の顔でそのまま、言葉を放ったアークスを刺す。
腹を刺して、胸を刺して、そして首を切り裂いて、赤くぼんやりとした目が元の色に戻ったのを見た瞬間、レヴィは何事も無かったかのように元の声色で淡々と言葉を放った。
「んー、……死んだから、わたしはルビィの妹ではないかも」
「な、……何を、アークスが、……アークスを殺して」
「あなたおバカ? わたしを認めようとしなかったのはあなたたちだし〜……あなた達が今からしようとしていることだって、アークス殺し、でしょ?」
「ほ、……本当だ、……俺たちは、何を、ルビィを殺すなど、あんなに優しいルビィを」
「良かったねぇ、お優しいルビィ様を殺さずに済んでねぇー。OKOK、じゃあマザーシップに着くまで、貴方達にはわたしのウォーミングアップに付き合ってもらうからねぇ」
レヴィはまた、無抵抗の相手を迷わず刺し殺す。ルビィを殺すんだから、これくらいはできて当然のことだろう。
目覚めたアークス達の可愛らしい悲鳴を聞きながら、狭いキャンプシップの中を血で埋めつくした。
「ふふ、楽しい……っ! アイツを殺す……!! ルビィを殺すの……!」
マザーシップに到着すると、レヴィは上機嫌にキャンプシップを出る。
そのままスキップをして、返り血をぽたぽたと床に落としながら、ルビィの座標を見て卑しく微笑んだ。
「ルビィはわたしの手で殺すんだから、それまで死なないでいてよね……」
――そう、今日からわたしが英雄だ。
六芒均衡だかなんだか関係ないが、わたしのためにこんな素敵なお膳立てをしてくれたというのなら、わたしの元に這いつくばって謝罪する権利くらいは与えてあげよう……
「遠いね、……遠いってことは……みんな殺したら近くなるのかなぁ……」
マザーシップの魚のようなフォトン達が、レヴィを見た瞬間あっという間に逃げていく。
その水面に映った顔が血だらけなのを見て、レヴィはあぁ、ととぼけたような声を上げてコートで顔を拭うと、今度は走り出した。
早く殺したい。
全てのアークスがルビィに向けて集まっている状態なのだから、レヴィにだって殺せるだろう。いや、それすら超えて、全快の状態ですら自分には殺せるとレヴィは確信した。
アークスも市民も何人も殺してきたのだ。
レヴィにとっては慣れっこなこと。
覚悟の過程は必要ない。求めるのはチャンスだけだ。
レヴィがルビィの反応を示すポイントまでもう少しでたどり着くという所で、赤髪の男が見えた。
「! お前さんあいつの妹じゃねえか!」
レヴィの目の前に立ちはだかってきた男は、どうやらルビィと関わっている奴らしい。
しかし、レヴィはこいつに邪魔されている場合ではなかった。
殺さないと。己の姉を。今までの恨みを全て晴らす為に。
「殺す……ルビィを……殺してやる……」
目の前の男はレヴィの事を憐れむ目で見てきた。
――なんでそんな目でわたしを見るの?
やめて。そんな目で見ないで。わたしは自らの意思であいつを殺しにいっているの。だからやめて……
「なんで……?」
「……」
「わたしを……そんな目で……見るな……っ、わたしは……わたしは……!」
「妹まで
「違う! わたしは自分の意思で……」
レヴィの目の前に立つ男も六芒らしいが、そんな情報はどこにも見た事がない。非公式か、伏せられていた物か。おそらくどちらかだろう。
ルビィの座標をみればもうここから随分と離れている。
レヴィは純粋に邪魔をされて腹が立った。
「わたしの……邪魔……しないで……!」
目の前の男は驚いた顔でこちらを見てきた。おそらく、レヴィの意思に気づいたのだろう。
「妹さん、本気であいつを殺したがってるのか?」
「殺す……勝って……殺して……わたしは……わたしとして……!」
その言葉に、目の前の男は何かに気付いたような感じでレヴィを見た。
そして、男が瞬時にレヴィの背後に近付いたかと思えば、首の後ろに手を置かれ……
「……お前さんも大変だなあ、んまあちょっと頭冷やせ」
と言ったと思えば、思いっきり打たれる。六芒らしき者のそれが痛くないはずがない。
レヴィは頭を強く揺さぶられる衝撃と共に意識を失った。
――はっと目が覚める。なんだか周りが騒がしい。フォトンの海にいる魚共が何かに畏怖しているように見える。「どうせわたしじゃないか」とレヴィは思っていたが、どうやら違うようだ。
「ここは……」
そこで、端末が鳴り響いている事に気付いた。あのクソ男、ディナンからだ。
レヴィは着信に答える。
「……こちらL。今マザーシップ……何の用?」
ディナンは珍しく少し焦り、早口になった状態で話を始める。
「落ち着いて聞いてほしい。まず君が生きてるのが奇跡だと思う。そこは旧マザーシップだ。その地でダークファルスが復活した。周りにダーカーがウロチョロしてないか?」
「……ここ……旧マザーシップ……? ダーカーは……いない……」
「んでアークスは今ダークファルスの討伐に出ているんだがどうやらデータ班によると、そのダークファルスにとても興味深い事実を発見したんだ」
「……はぁ」
「そこで君に一つ頼みたい事があってね。まずテレパイプでここまで戻って来てくれるかな?
本当はそこからの方が近いんだけど持って行ってほしいものがあるから」
ディナンのいう言葉。生きている事が奇跡。
それは単なる皮肉ではないようにレヴィは感じた。
ダークファルスは復活するため、おそらくこのマザーシップ丸ごと侵食して顕現したという事だろう。なのに何故か生きている。レヴィは疑問に思って身体を確かめてみるものの、別に亡霊になった訳でもない。
ならなぜ生きているのか。普通マザーシップをまるごと喰らったらその中で気絶していたレヴィは侵食で死んでいるはずだろう。
しかしそんな事を考えている暇はない。
頼みたい事。おそらくダークファルスのカケラを取ってこいとかそこあたりの頼みだと思うが、一体持っていくものとはなんだろう?
レヴィはそれについて考察しながら、近くに乗り捨ててあったキャンプシップに乗り、そのままチームルームへ向かった。
――帰ってきた惑星リリーパのチームルームの中は異様に盛り上がっている。
彼らは酒を飲み、ケラケラと笑っていた。
見覚えのある薬まで見えて……パーティードラッグのつもりだろうか。
「やあ! 良く生還したね、妹!」
「……はぁ」
「まさか君に旧マザーシップの侵食から逃れるほどのポテンシャルがあるとは思っていなかったよ! さぁ、説明をさせてくれ!」
チームマスターの楽しそうな声と共に、ディスプレイにデータが映された。
先程までレヴィが居たマザーシップ、……そこはいつの間にか"旧"マザーシップとなっており、大きな翼と共にダーカー因子で包まれているのが見える。
「旧マザーシップに復活したダークファルスの名は、ダークファルス【
「………ダークファルス、……【
チームマスターはレヴィに手招きし、とある場所へ立った。
レヴィがチームに来た時からずっとそこにあった、大きな実験ポッドの中に入った長身の男性だ。未だに目を開けることは無い。
「僕達のチームはね、とある目標を立てていたんだ。……それは、ルーサーの、いや【敗者】のクローンの作成なのさ」
「……【敗者】の、……クローン」
レヴィは初めて彼の名前を知った。
そして、かの器に収められるべき魂の正体も。
「我々は唯一残されたフォトナーを複製出来れば、素晴らしいフォトンの操作能力と、その高い知能を手に入れて、真にこのアークスを支配できると考えたんだよ!」
レヴィは横目でディスプレイを見てみる。
ダークファルス【敗者】は、眷属を放ちアークスの侵攻を阻害しているらしい。
また、その眷属を倒しても、偽物が発生しているだとか……随分と難航しているようだ。
「そう……それで? ……さっさと、任務内容……話して」
「君はフォトナーのクローンに興味が無いのかな? 妹よ。あれほど眺めていたというのに」
「貴方達にとって……わたしは単なる駒……」
「嫌だなぁ。君を雇ってあげる場所なんて、ここしかないのに。俺達しか、君に価値を感じていないというのに」
「……見え透いた嘘」
「ははは、まあ、どちらでも構わない。我々はルーサーのクローンの制作に難航していたんだ。当然だけど、劣等種であるアークスにフォトナーを作るなど困難な話さ。
しかし、ルーサーがダークファルスだったのなら話は変わる!」
チームマスターのご機嫌な調子の声に、レヴィはため息一つで流すと続きを急かした。
「妹よ、ダークファルス【
「……封印を、解かれた」
「そう、厳密に言えば……ダークファルスはそのダーカー因子を別の器に乗り換えたのさ」
「……貴方、……その、……ダークファルス……負ける前提で話してる?」
レヴィは直ぐにチームマスターが何を言いたいのかを理解した。
「40年前、アークスを壊滅に追い込んだあの【巨躯】でさえ討伐されたんだ……君の姉が次もその牙をへし折るさ。そして、俺達はそこを見逃すつもりは無い。美味しいところだけ奪ってやるのさ」
レヴィはチームマスターから目を背け、ポッドの中で揺れる彼の髪を見る。
小声で、やっぱり見え透いた嘘だ、なんて呟いてから、その姿を眺めていた。
蠱惑的な程に整った顔に、煙で見えない首から下の裸。
まるで神様のように扱われているが、レヴィからしたらただの人形にしか見えない。
「死ぬかどうかは決まってない。ただ、目的を達成してから生きて帰ればいいだけの話だよ」
であれば、生きることが優先ではなく、任務を達成することが優先。
自分は死んでも構わないのだろう。
そんなことを言おうとしたのに、レヴィは臆病で何も言えず、無言のまま目を閉じた。
「……時間は有限」
「そうだね、……いい提案だ」
――彼らの中では捨て駒で死ぬだけの"ルビィの妹"でいればいい。
わたしは、それを自分の手で覆すだけだから……