MIDNIGHT ~Phantasy Star False~ 作:Libby博士
――旧マザーシップ 中枢付近
レヴィは再びここに帰ってきた。
ケースにしまいこんだ長身の男の器をちらりと見て、それから目を閉じて作戦を思い出す。
『君に頼みたい事は一つ。ルーサーを連れ帰ってほしい。恐らく力を消耗した【
『死んでいても我々はフォトナーの器を手に入れるし、生きていても恩を売ってルーサーを匿えば仲間に出来るだろう』
『僕たちは本気だ。姿とデータを隠す為の秘蔵の光学迷彩もある』
『了承……作戦、続き……』
『さっき三英雄にすがれば殺されると言っただろ? 錯乱している【敗者】は恐らくそっちの手段の方が確実だと思って取るはずだ。でも……もし、目の前にちょうどいい器があったらどうする?言えば協力してくれる可能性がある三英雄と憑依するだけでいい器……体は消耗しているんだ。ルーサーの形をした器があったらそっちに移るとは思わない?』
『……多分』
『でしょ? んで憑依から外れたルーサー本体は放置すると思うんだよね……だからその本体だけ持ち帰るってこと、……いいね』
ディナンは、【敗者】はマザーシップの中枢から出てくるということは、そのゲート付近に居れば必ず会えると豪語した。
レヴィはあのクソ男の言葉を信じてゲート近くの隠れられる場所に身を潜めて静かに待つ。するとゲートから少し高い音と共に、レヴィの持つ器に似た男性が身を引きずりながら出てきた。
「……来たッ……」
実験ポッドに入って深く閉ざされたその人形の目の中を、レヴィはよく気になっていた。
血よりも紅い瞳。髪にかかったビビッドピンクのグラデーション。
赤は命の色だ。
(ダークファルス……【敗者】……)
人形のように思っていた彼が服を纏って動く姿を考えると不思議と魅力的に感じて、レヴィは心臓が痛くなった。
だが彼女が思考に耽るその瞬間、それを断ち切るように声が響く。
「ぐ……はぁっ、はぁっ……! 力が、削り取られている……これは、あのアークスの力なのか?」
心臓を掴まれるような、低く脳内に広がる声。
あぁ、彼はこんな声をして、こんな表情をして、こんな瞳をしていたのか……
そしてあの人形は、レヴィと同じように……
「……おのれ、おのれアークスども! これほどの屈辱を、僕に、僕に……!」
「ふふ……だが、まだだ! 僕が! 僕さえ残っていれば! 全知への道は閉ざされない!」
レヴィが交渉のポイントを探していた所、ちょうど向こうから最高のセリフが飛んできた。
彼はどんな手段でも選べる。
レヴィはディナンの言葉を信じ、自分の好きなようにさせてもらう事にした。
「それは……得策じゃない……」
「……は」
――【敗者】の前に突然ひとりの少女が現れた。
素朴な声と子供のような小さな背丈。
稲穂のような薄い金色の髪と堅苦しいコートにそぐわない娼婦のような格好。
幼く可愛らしい顔をしているはずなのに、その目はどす黒い……
「その体の損傷……凡そ78%。三英雄に頼るのも愚策……そこで……わたしから提案……」
レヴィはチームのメンバーとすらろくに話しかけたこともなかったゆえか、交渉と言いつつもいい言葉が思いつかず声は途切れ途切れに消えていく。
「ふん、僕の策が愚策だと? 貴様は誰だ? 出来損ないのアークスか?」
「出来損ないって……ダークファルスには……アークスの善し悪しが一目で分かるの?」
「はぁ……何を言っている?
この僕以外の全て……アークスは等しくゴミでクズで存在価値のないガラクタに過ぎない。そんな奴らを全員まとめて"出来損ない"だと言っているんだ。貴様だろうが貴様でなかろうが、そんなものは関係ない」
「あ、……えと、……そ、そう? では、わたしから……その、交渉する」
故に、【敗者】の全てのアークスを見下す言葉にレヴィは少し困惑する。
しかし、彼はダークファルスなのだから当然だろう。
六芒均衡だろうが最弱だろうが彼とっては同じたかが実験生物、アークスに過ぎないのだから。
「交渉……? この僕に交渉だと? ははははッ!! 馬鹿らしい!」
実際、彼はルビィに負けたのだ。
人形の時は、優しく笑って美しく瞳を動かすと思っていたが……実際の彼は凄く凶暴で横暴だった。
(……)
レヴィはチームマスターから提供されたルーサーに関する情報を並べて、頭の中で文章を組み立てる。
「わ、わたしの名前は……
その、交渉の内容は、えっと……貴方は……三英雄のカスラを自分の器として利用していて、二代目カスラも、貴方の次の器として造った存在。
でもあなたの肉体は損傷していて、その器を今ちょうど求めている」
「チッ……、不快な事を言うな。奴らアークス共はこの僕を裏切ったんだ」
「えぇ、……でも、わたしならその問題を解決出来る」
レヴィはコロコロとカートで転がし、器が入っていたケースを開くと、膝を曲げられて詰められた、【敗者】の代換えになる器を見せつけた。
「……ダークファルス、【敗者】」
その声は酷く湿っていた。
チームメンバー達の所有物のように感じていたその器。
レヴィはただ眺めて、一方的に話しかけるだけで、オブジェクトか芸術品のように思っていたかの人形。
「貴方の器を、わたしは提供する……」
【敗者】は少女のように思っていた女から差し出された突然の物体に思わず呆然とする。
「……、……なんだ、これは」
「目と耳も損傷しているの? これは貴方の器だと言ったはず。これにあなたは乗り移る……あとは、自由」
「ハッ、……依代とする肉体を移す、か。その提案は悪くないな」
「ならっ……!」
レヴィは器を取り出すと、今までモヤで隠されていたこの人形の胸元や割れた腹筋、そして見たこともない本物の男性のそれが見えて……。
(〜〜ッ!!)
彼の肉体と共に自分の醜態の色々なことを思い出し顔を真っ赤にして飛び退くと、【敗者】は不思議そうにレヴィを見つめていた。
「なんだ?」
「な、なんでもない! さっさと移って、……それに服を着せて!」
「あぁ、……しかし、それは非効率だ」
「は、はぁ?!」
「わざわざ器に移るより、こちらの方が簡単だ」
【敗者】はレヴィに一瞬で近づくと、頭を鷲掴む。
そのまま持ち上げて、二人は目をじっと合わせた。
「な、何を……」
「わざわざ器に移らなくとも、貴様の中に入ればいいだけだろう」
それはレヴィの望んだものでは無い。
どうすれば彼をあの器に入れさせてやれるのか、どうすればいいのか。
レヴィはそれを考えた末、懐から武器を取りだした。
「なんで……馬鹿みたいな考えを選ぶの?」
「……馬鹿?」
「器に移る。……それだけで、話は終わる。
なのに、我儘でもっと非効率な方を選ばないと気が済まないから、貴方は今、わたしなんかの前に居ることになってしまった……そうでしょ?」
レヴィは武器を取り出し、目を閉じる。予兆なく一瞬にして武器をレイピアに変化させると、言葉を淡々と……しかししっかりと紡いだ。
「残念だけど……貴方はわたしに憑依することなんて不可能。何故ならわたしは強いから。
……貴方を気絶させて、まとめて連れて帰る」
「ふん……どうせそのようなつまらん下心があると思っていた」
だがレヴィはその言葉に明らかに動揺し、足がすくんだ。
――下心? ……それは、つまり、わたしがこの男とそういう、……えっちなことをすると勘違いしているの?
断じて違う。わたしはチームメンバーに頼まれてここにいるのだ。彼の肉体は研究にのみ使われる。下心なんて欠けらも無い。
そんなつまらない目的でここにいるわけないし!
それに違う、見られてたわけが無い、意識があったわけが無い、わたしがあんな、あんなえっちな事してたところを、この男と同じ顔の器が全部見てたわけなんて……!!
「下心、……そ、……そんな破廉恥なこと言わないでッ!」
「は?」
レヴィは顔を真っ赤にして叫ぶと、そのままレイピアを構え【敗者】の方に突っ込んでいった。
「……わたしは強い! 貴方が乗っ取れるようなアークスじゃない、わたしはダーカー因子に侵食なんてされないっ! だからっ、大人しく言うことを聞いて!」
「ふっ、つまらん嘘をつくものだ。貴様には強いフォトンの気配などしない。精々、ダーカー因子を吸って僕の匂いしかないな」
【敗者】は余裕の表情でレヴィの突きや刺しの激しい攻撃を平然と避けると、レヴィが武器を持ち替えて片手で殴り掛かっても手で受け止める。
「だからっ、そういう、……変な事ばっか言わないでっ! えっち!」
「はぁ……変なことと解釈しているのは、貴様だッ!」
レヴィは【敗者】に片手で拳を握られたまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
武器を二丁拳銃に変えて、【敗者】に向かって這いつくばりながら撃ち込むも、彼ははらりと避ける。
「無駄なものを……」
「煩い! 大人しくわたしに従えッ……このアホ!!」
「アークス風情が良く吠えるものだ。誰が貴様のような凶暴な野良犬に従う?」
「本当に?」
レヴィが力を込めて、ぐっと拳銃を持つ手を強くすると、武器からピンクのラインが走りそこから星の輝きを放つ。
「……ッ!! 貴様、それはまさか……」
「は、ようやく怯える気になった? これはわたしの最高の武器……その、確か……」
「弾刃・アイゼンハートッ……!」
「そう、……だから、大人しく投降する事!」
これは完全に決まったようなものだ。
レヴィは泥を塗りたくったような光の無い紅い目を【敗者】に向け、渾身のドヤ顔で武器を構える。
「……くっくっく……はははははははっ!!」
【敗者】はそんなレヴィの様子を見てしばらく惚けたあと、ケラケラと高笑いを始めた。
どこまで行っても傲慢な態度を崩さないという様子だ。
「そうだな、……試算完了。プランを変更する」
「よし、だったら……さっさとこの器に……」
「器には入ってやる。損傷した体を治す必要があるからだ」
耳をすませると、キャストの足音が聞こえてきてレヴィは慌てて早く、早く、と【敗者】の周りを回って腕を掴み、器の方を指さす。
その様子はどう見ても忙しない犬にしか見えなかったが、【敗者】はそれを指摘することはなく、返事の代わりにレヴィの腰に手を回して担ぎあげた。
「しかし、貴様にも利用価値がある」
「へっ?!え、なっ、なんで! わたしはこのまま帰らせてもらう!」
「どうやってその創世器を持ったかは知らないが……器をどこから調達してきたのか、隅々までフォトンのない肉体、その癖ダーカーに侵食されないと豪語する生意気な態度……全て知る必要がある」
「やめろっ、離せ! わたしは利用などされないッ! どいつもこいつも"ルビィの妹"にしか価値を感じてないくせに、死ね、死んでしまえッ! きゃあッ?!」
「鬱陶しい……少し黙っていろ」
【敗者】のその言葉を最後に、レヴィの意識は失われた……