MIDNIGHT ~Phantasy Star False~ 作:Libby博士
レヴィに与えられた任務は案外簡単なもの。
アークスの探索範囲の外にある資材を回収しろだとか、とある製薬企業から試作品を盗み出してこいだとか……
つまり内容自体は普段やっている裏任務と変わりないのだ。
違うのは給料の有無だけ。
確かに金は出ないが、虚空機関の極秘機密データベースという金を払っても手に入らない物を考えるとレヴィはチームの人間からどう扱われようがそこを辞めて得られるリターンは少なかった。
彼らにとって予想外だったのは、レヴィが案外どんな任務でもすらすらとこなし帰ってくることだろう。
彼らが無茶ぶりだと言って押し付けたり、後ろからこそこそ話して笑ったりするような、〝最底辺のアークスにとって難しい任務〟とは、レヴィにとっては難しいものではない。
彼らはレヴィを舐めすぎていた。
それ故、少しずつ任務の難易度は上がっていくが……それでもレヴィはこなして帰ってくる。
一応利益を生むものとして扱っているだけ、人扱いされていないただの捨て駒の中ではマシなものだろう。
「……さて」
ディナンの声にレヴィは濁った目を向け、ゆっくりと落ち着いた呼吸をする。
「今日はこれを頼みたいんだ」
レヴィは携帯端末にメールを受け取ると、そこには任務の内容が書かれている。
それを見た瞬間レヴィは直ぐに外へ向かおうとするが、そこをディナンが止めた。
「……何」
「ここからは、口頭で説明しなきゃいけない話なんだよね。ちょっとアークスに見つかっちゃうとマズイっていうか……いい?」
確かに、アークス研究同好会のデータ云々に関してはオラクルで一般的に使用されているサーバーを通しており、ハッキングしようと思えば出来るし、管理者権限を使ってしまえば内容を直接覗くことが出来るものだ。
レヴィはあの人形の周りに広がっていた紙はアークスにバレない為に手書きで書かれた分析データだったな、とか思い出す。
「内容を見れば分かるとおり、今回は惑星ナベリウスのとある領域に行って欲しいんだ。最近怪しい噂があるけどさ……その正体、気になるでしょ?」
レヴィは迷わず頷いた。
レヴィも一応個人的に探索をしてナベリウスの異常の正体を調べていたが、特に見つかるものはなかったのだ。
強いダーカー因子に誘われて吹雪の中どこかへ歩くアークスを惨殺しても、見つかるものはなかったし……情報があるなら求めるに限る。
科学者とはそういう生き物なのだろう。
レヴィは科学者としての魂も性も関係ないし深遠にも思える知識の果てだってどうでもいい。
とにかく力がそこにあって、それで殺したいやつを殺せればそれで十分だ。
「最近ナベリウスのダーカー因子の反応が可笑しい。妹は知らないだろうけど、アークスの不審死や失踪が多発している」
「……知ってる」
「……まあ、どちらにせよだ。反応があったポイントはまばらだけど、その全てがどこかに繋がっているように見える。
そして、総長や六芒均衡達はナベリウスに何かを隠してる……あぁそういや! 最近ナベリウスでとある"領域"を発見したらしいね? 厳重に管理されていて、ごく一部のアークスしか立ち入り出来ないとかいうけど……君の姉もそこに立ち入ったりしてるんだとか?」
ディナンは演技ぶって話すゲームマスターのような口調で言葉を並べていた。
どうせそれが何か分かっているんだろう、なんて心の中でレヴィは悪態をついたが、ディナンがその正体を口にすることはなかった。
「妹には、是非そこにたどり着いてみてほしい……と言いたいところだけど、上手くいかないのが現実だからね。頼みたいのは書いてある通り収集なんだ」
メールの中身は単純。
チームでの任務として、惑星ナベリウスでダーカーの痕跡が残るものを回収すること。
特にダーカーコアや、強くダーカー因子の反応がある物品などが推奨されていた。
「ダーカーって、面白い性質を持つだろ? 他のものに侵食することで勢力を広げるんだ。ダーカー因子に侵食されたものは凶暴化して、みーんな同じようになっちゃう」
「……はぁ」
「ダーカー因子を使って新たな生物が作れたりしたら絶対面白いんじゃないかな? 虚空機関の極秘機密データベースを覗いてみたならもう知ってるかもしれないけど……」
「……キ…メラ?」
「そう! 今は原生生物同士を掛け合わせた実験ばかりしてるけど、仮にダーカー因子の侵食を肉体強化程度に抑え込んで運用できる生物兵器なんてあったら……」
「はぁ……」
ディナンの話は虚空機関の極秘機密データベースに書かれているものだ。
惑星ウォパルだとかいう探索許可が下りていない惑星で、虚空機関は大規模な実験をしているらしい。
「凄いだろ? 虚空機関の総長は。研究者になって、なり上がればこれだけの権利を得られる。妹からすれば何百年かかっても無理かもしれないけど、俺なら次の総長にすらなれるはずなんだ」
レヴィはここから先の会話がつまらない自慢になると察し、ディナンの言葉を無視して端末を閉じ踵を返した。
「あぁ、生きて帰ってこれたらいいねぇ?? こっちの人間の手でハッキングしてもらって、スーパーハード領域に行ってもらうから……ま、妨害して絶対救援とか来ないようにするけど頑張ってよ。あっ! 別に妹に死ねって言ってるわけじゃないよ? 他のやつに見られたら困るでしょ? 優しさだよ優しさ!」
返事を返す意味もない。
レヴィの頭の中は既にディナンの皮肉の言葉よりも先に生きて帰る完璧な案が染み付いていたからだ。計算通りなら死ぬわけが無い。
彼らの虚空機関の権力に甘えたハッキングでは、レヴィが違法行為をしている事がいずれアークスにバレるだろう。
そうやって犯罪をしている事が露呈した瞬間、余罪無限のレヴィは一転地獄行きだ。
それを防ぐ為にアークスカードを偽造して、彼らのハッキングの対象となるアークスカードを別のものにすり替え、レヴィはレヴィ自身の手でいつもの通りのハッキングを行い領域に侵入する作戦を取る。
「はぁ……」
――4月1日の朝方5時。春先であろうがアークスはいつもと変わりない。
「うわ、……アイツ……」
「市街地襲撃の時見かけなかったけど出撃命令無視してサボってたんじゃないの? あっ……ダーカーが怖くて路地裏で震えてただけかも? ふふふふふっ」
レヴィがロビーエリアを歩くだけで聞こえてくる、ヒソヒソ声のつまらない悪口もいつも通りだった。
確かに耳に入れば心の痛みになるが、気にして何か成る事もない。
端末を開きチームからのメールを眺め、レヴィは心を無にしようとすると頭の中にまたチームルームに居たあの人形の事を思い出す。
――年甲斐も無く破廉恥な思想に頭を染めて、名前も知らない人形に夢中になって……
「……チッ」
名前が無いのはレヴィも同じだ。
データの中ではLと名乗り、周りからはルビィの妹と呼ばれる。
むしろ、チームメンバーからはどんな名前をつけられるのか明確に決まっているだけ、あの人形の方が幾分かマシだった。
奴らにとってはあの人形が大切に扱いたい知識の泉のようなものらしいから、さしずめ知識の対価に人の心を要求する泉の男神と言ったところか?世迷言にも程がある。
レヴィはキャンプシップに乗り込み、装備を確認する。
いつも通りのナイフや銃、そして星の輝きを放つこの武器……"弾刃・アイゼンハート"。
レヴィが命名した訳でもないデータベースで見ただけの知識だが、名前を呼ぶと嫌に手に馴染む感覚がした。
その思想ゆえにレヴィは武器から選ばれるなどという世迷い言に冷笑し、アイゼンハートを単なる奇跡だと思っていた。
「……」
黒い刃にピンク色の光が走るこの状態は、基本的な起動状態……前回使用した時と同じように、ダブルセイバーの形になっている。
しかし、力を引き出した瞬間、このピンク色の光は全て宇宙のように青く淡く輝くのだ。
レヴィは十数年以上アイゼンハートを使っているが、その場面を見たのはたったの数回。
しかしその数回で、一応創世器に見えなくもないこのアイゼンハートが、強大な力を秘める武器だと確信出来たのだ。
故に……だからこそ、レヴィはその力をあまり使っていなかった。
アイゼンハートに頼りすぎたら本当の自分の強さを見失ってしまう。武器に取り憑かれて、己のアイデンティティが曖昧になる。
何より、アイゼンハートの力が他のアークスにバレて奪われるなんていうことがあったら、あまりにも面倒だ。
なのでレヴィがいつも銃やナイフ、毒などを使用しているのは、アイゼンハートに頼らない戦闘のためだった。
アイゼンハートはレヴィの切り札であるべき……と言いたい所だが。
レヴィは惑星ナベリウスに着艦するキャンプシップのアナウンスを聞いていると、背筋がすっと凍る感覚を覚えた。まだ朝方だから冷え込む、というのはあるかもしれないが……
"いつもと違う、不味い気がする"
そんな直感がしていた。
ただの直感に過ぎないが、レヴィにとっては不明点だらけの創世器を構えるだけの理由には事足りていた。
「……」
レヴィは不思議と口角が上がる。
惑星ナベリウス、森林の上空に止まったその船からの景色を少し眺めた後、レヴィはパラシュートを掴んで搭乗口の扉を開ける。吹き荒れる風と肌にまとわりつくような空気に肉体が忌避感を覚えるが、心は寧ろ跳ね踊っていた。
姿勢を整え大空に飛び出し、物凄いスピードで体が地面に接近していく中、レヴィは恐怖を感じることも無く慣れた景色を見渡して、ディナンの言っていた場所を探す。
パッと見た限りだと森林にはないようだ、と考えながらパラシュートを開き、ゆっくりと体が風に乗って動いていく中、レヴィは上手に着地するため木の少ない広場の方に抜けていった。
着地姿勢を取って地面に降りた瞬間、空から降り掛かってきたダーカー……エル・アーダにパラシュートを破られた。
「ッ?!」
ビリ、と呆気ない音と同時にベルトをしっかりと体に装着し抱えていたレヴィの体もエル・アーダの動きに振り回されて吹き飛ばされる。
「うっ、……!!」
ダブルセイバーでは遅い。鉛玉の銃も遅い。鋭い尾を向け瞬足で接近するエル・アーダに対し、レヴィはアイゼンハートを向けるとグッと目を瞑った。
瞬間、レヴィの周囲に糸が張り巡らされエル・アーダは糸に絡め取られ動きが止まる。
そのピアノ線のようにも見えるピンク色の糸を手繰り寄せ、引き裂くとダーカーは煙となって消えていった。
「むぅ……、やっぱ使うとムカつくんだよなぁ」
"ダブルセイバーから糸へ変化したアイゼンハート"を回収しながら、レヴィは小言を呟く。
弾刃アイゼンハート。
マザーシップからのエネルギー供給を受けず、装者から枯れるほどのフォトンを求めない代わりに、この創世器は
レヴィの周りに並んだ植物が枯れていき、木々から舞い落ちる葉っぱが跡形もなく消滅するとアイゼンハートは輝きを放って、レヴィの望む形にまた変化した。
「さて、……一旦凍土にいかなきゃ」
レヴィは流れるように端末を取りだし、ノーマルランクの森林探索を受注したLという本来の名義をグングンと書き換えて別人として登録する。
今頃アークス研究同好会の奴らはAIで動かしているレヴィではない誰かの座標でも眺めているのだろう。
レヴィは凍土へと真っ直ぐ進む道の中、スライサーへ変化させたアイゼンハートをしっかりと握り締め歩き出した。
――アイゼンハートには無尽蔵な武器変化と転換能力が備わっている。
その力は星を割る程の火力はなく、一撃に全てのフォトンを込められるほどの器もないものの、本来ならどんな人間が使っても己に最も適合した形へと変化する、人に寄り添う武器となるはずだった。
しかし深い絶望の中で怒りと憎しみを抱え続けたその創世器はその希望には値しなかった。
比類なき憎しみを抱え、世界からの存在を許されない者のみがそれを手に持つ資格を得る。
だからこそ今アイゼンハートを持つに値するのはレヴィであり……レヴィは取り憑かれていると思うほどアイゼンハートはレヴィに力を貸し、彼女はその己のスペックから大きく乖離するアイゼンハートの力に支配されそうになっている。
しかし、このアイゼンハートを他の誰にも渡す訳にはいかないのだ。
「……雪」
――美しい草むらから突如変化する雪を踏みしめ、レヴィは凍土へと入り込んだ。
アイゼンハートは血に飢えるかのようにレヴィの手首にまとわりつき、しっかりと離れない。
レヴィがアイゼンハートを他者に渡したくない理由。
それは、レヴィがもっともアイゼンハートを
「チッ……」
ダーカーが彷徨き吹雪く道のりを、アイゼンハートの刃で切り裂いて進んでいく。
周囲の雪を消し、真っ白な木を消し、それらを全てフォトンに転換し、ダーカーに当たるその一瞬だけ刃に纏わせダーカーを滅する。
いくら強大な転換能力を持っていたとしても、そのリソースを全て万物からフォトンエネルギーへの転換に使っていては無いも同然。
他のアークスなら当たり前にできる"フォトンを使う"という事がレヴィには出来ない故に、レヴィは身の丈に合わない強大な武器で自分の人未満をどうにか少しでも人に近付けようとしているだけなのだ。
他の奴に渡した方が上手く使える武器なんて、レヴィにとっては屈辱以外の何物でもない。
「ふふッ、……きゃはははははッ!」
「――ろ、違ッ、俺は敵じゃなッ」
「あはぁ? ははッ、きゃはっ、あははっ、あははははっ!」
しかし、レヴィは己が劣等種であるからこそその創世器を活かせる部分もあった。
クラスがないからこそ、アイゼンハートの無尽蔵な武器変化を活かせる。
クラススキルもない、フォトンアーツもない、テクニックもない。
その代わり、レヴィはアークスに認可されていない武器も振るうことが出来、他のクラスの武器を制限なく
「さて、……どこにあるのかな…」
レヴィは種族関係なく叩き殺す作業を終えると、あてもなくふらふらと凍土を歩いてみる。
導かれるように消えていくとか、神隠しが起きるとかそういう荒唐無稽な噂をどこかの掲示板で見たが、レヴィは自分が何かに誘われているような気はしなかった。
「……ッ」
――ただひたすらに危険。奥に進んでいく度に、寒気が増していく。己にとって受け入れ難い空気で、一歩一歩足を踏みしめる度に拒絶されるのを感じる。
弱き者には価値がないと、喰えない物に意味などないと……
「ふざけんな……」
レヴィは頭の中でディナンの言葉を思い出した。
ルビィは
――このナベリウスでも、アムドゥスキアでも、リリーパでも、あいつは何かしらの活躍をして、人や原生生物から感謝されて、相も変わらず慕われ、天才と言われ、持て囃されて生きていく。ルビィはその輝かしき賞賛の中で、唯一血の繋がった出来損ないだけは居ないものとして扱うのだ。
記憶の中の一ページ、いつかの、耳に聞き入れた……ルビィの声。
『私に妹? ……さぁ、記憶にないが。家系図にも載ってないし、私の両親は強いアークスだったからなぁ。いくら自然交配とはいえ、"最弱"のアークスなんて……生まれないと思うが?』
――あのクソルビィとクソッタレ両親の中ではわたしはこの世に存在してはいけない存在なんだ。わたしはこの世に生きることを認められていない。
両親も、ルビィも、アークスもオラクルも宇宙もみんなみんなみんな、わたしにフォトンがないというそれだけで、……それだけでわたしは息をすることも、人として生きることも、当たり前に勉強して、当たり前に評価を受けて、当たり前にお金を稼ぐことすら許されなくて、ずっとゴミ以下の扱いで……ッ!!――
「選ばれし者しか立ち入ることが出来ない? あの女が? あの女が選ばれし者だって……? 冗談じゃないッ!!」
ふつふつと湧き上がる憎悪の感情がアイゼンハートに血を与え、レヴィを拒絶する何かを覆う。
「殺してやる……アークスどもッ!!!!」
目の前に現れた見たこともないダーカーに刃を向け、スライサーを振るい、アイゼンハートが転換したフォトンの刃を飛ばす。
棍棒を持ったそのダーカーが盾で受け止めようとした瞬間、レヴィは飛び上がって後ろに周りスライサーの刃をダーカーに突き刺した。
そして、アイゼンハートの変化によってスライサーが一瞬にして大剣に変化した後、物理法則を無視した変化によりダーカーの体は引き裂かれ、霧散していく。
ダーカー因子がレヴィの体にまとわりつこうとした瞬間、レヴィは剣ではらってまた歩き出した。
拒絶される気配は無い。今度は辿り着ける。
レヴィはそう実感できた。