MIDNIGHT ~Phantasy Star False~   作:Libby博士

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4話 敗北の日(2)

 ――朝の7時。

 1時間ほどさまよった甲斐あって、レヴィはようやくその領域とご対面した。

 

「……ここは」

 

 先程まで雪山だったというのに、足を踏み入れた瞬間生温くて気持ちの悪い空気が辺りを包み込む。

 大地から感じる脈動が心音と呼応して、レヴィは不愉快になった。

 惑星ナベリウスに文明はなかったはず――

 明らかに破壊された痕跡のある人工物が辺り一面に広がる、まさしく"遺跡"のような場所を見てレヴィは顔を顰めた。

よく分からない石碑のようなものやなにかシナジーを生み出しているように感じるモノリス等、初めてばかりの景色をゆっくりと進んでいくが……レヴィはダーカーをなるべく避けて進んでいた。

 

 先程凍土で見たダーカーは見たことないものだったが、ここはそのダーカーや、他の見慣れないダーカーで埋め尽くされていた。

あまりにも数が多いし、攻撃パターンも知らず、強さもよく分からないダーカーに囲まれて死ぬのは勘弁だった。

 レヴィのポケットにあるスケープドールは現状百個……百回まで"しか"戦闘不能になることが出来ない。

軽く見るだけで数十匹いる初見のダーカーを相手していたら、そんな数はあっという間に尽きるだろう。

 

 ザ、と二足歩行の生物では無い足音が聞こえ、レヴィは振り向く。

 そこにはここで初めて見たダーカー……蟹のような形をした、大きな口と爪を持つ生物がレヴィに近づいていた。

 

「ッ、」

 

 レヴィは直ぐにアイゼンハートをハンドガンに変え、距離を取りひと弾撃ってみる。

 そのダーカーは爪を前に置き、バチンと音がしたかと思えば盾のようになって弾を弾き返した。

 そうやって防御に徹したかと思えば、今度は爪を開き、レヴィの方に大きく振りかぶる。

 

「ッ! ……やっぱ強い……」

 

 あの硬い外殻の内側、コアの部分に弾を当てられたらそれでいいだけのはずなのに徹底的に防御されていた。

 これでも数え切れないほどいるダーカーのうちのたったの一体。

 遺跡に探索許可が下りているアークスはみな精鋭。ルビィもその一人で……この程度のダーカーなど倒せて当然なのだろう。

 

 レヴィは憎悪を募らせる度にアイゼンハートがより疼くのを感じ、周囲を埋めつくそうとするフォトンを喰らうとそれを束ね、さらに力を増していった。

 

「それでも……殺してやる……アイツだけは絶対にわたしがッ……!!」

 

 ルビィへの感情が有頂天に昂った瞬間、アイゼンハートはバラバラに砕けたように離れ……そして、一瞬にして目の前のダーカーに糸として絡み付き、レヴィの手にナイフの形となって握られる。

 

「殺してやるッ、殺してやる、殺してやる……ルビィもッ! クソアークス共も、みんなみんな、殺してやる……ッ!!」

 糸で爪も動かせぬダーカーに何度も何度もナイフを突き刺す。

 柔いダーカーコアを抉り、外殻を砕き、ただひたすらに、ダーカー因子を浴びながら叩いて、殴って、刺して、刺して、穿つ。

 

「殺してやる、殺してやる殺してやる……ッ、ぶっ殺してやる……!」

 

 何分か殴り続けた後、霧散していくダーカーの霧の感触をなぞりながらレヴィの持つナイフは地面へと突き刺さる。

 

「はァッ……はァッ……」

 

 転がったダーカーコアを掴み、コートのポケットの中にねじ込むとレヴィは深呼吸をした。

 頬にべっとりと付いた血を袖で拭い、レヴィはまた歩き出す。

 人の血と汗の匂いを漂わせ、遺跡を進む。たかがチームの目的ひとつだが、己の力の為にこの場所はレヴィにとっての大きな価値になるだろうと感じられた。

 道のりの中でダーカーを誘き寄せ、一匹ずつ殺しては遺留品を集める。

誰のものかも分からないアークスの物らしき武器片も、ダーカーの落とした爪も、何でもかんでもとにかくポケットに閉まって、倉庫に送ってを繰り返す。

 

 時間はもう9時半だ……

 ある程度の収穫を終えて帰ろうかと考えた時、またダーカーが現れた。

 そのダーカーの動きは今までとは違う。レヴィの事をチラリと見ても無視して、奥へと消えていった。

 

「……!」

 

 レヴィは足早にそのダーカーを追いかけ始める。

水棲生物型のダーカーだが、どこかへ導かれるように進んでいた。

 レヴィがその方向に歩く度にどんどんとダーカーは増えていき、しかしレヴィの事を見ることもなく通り過ぎていく。

 結果的に、レヴィは遺跡の最奥にたどり着いた。いつの間にかレヴィはダーカーを追い越していて、目の前に見える大きな石碑がレヴィを圧倒した。

 

「……何、これ…?」

 

 レヴィはわけも分からぬまま石碑に触れ、首を傾げる。

 何かが鼓動しているような気がする。音もしないし、その感触もない、ただの勘だが、そんな気がした。

 しかしレヴィはそれに大きな不吉さを覚え一歩ずつ後退する。

 背は向けない。

 本能的な恐怖がレヴィの足先から頭までを支配し、ゆっくりゆっくりと、顎を引いて静かに石碑を見つめながら、レヴィは体を引いた。

 

「……」

 

 ――このわたしが恐怖を感じるなんて……

 レヴィは久しぶりに思い出したその恐れをどう処理して、どう対処しようか迷っていたが……答えが出ぬまま、背後から聞こえる足音に鉛銃を構えて振り向くしかなくなった。

 

「……あァ?」

 

 顔に大きな傷の入った大柄の男の傍に、人知で作り上げた物とは思えないほど神秘的な構造をした何か――武器のようなものを持ったニューマンの少女が寄り添っている。

 

「……チッ」

 

 アイゼンハートが不思議と疼いている。

 レヴィは舌打ちをしたあと、ゆっくりと銃を下ろし、後ろ手で端末を開き、アークスカードを確認する。ゲッテムハルトと、メルフォンシーナ……いや、本名はメルランディアか。レヴィと同じように名前が書き換えられている。

 

「なんだぁオイ、……こんな所にノコノコやって来てそんな銃突きつけるなんざ、研究員気取りの一般人かァ?」

 

 研究員気取りの一般人ね、とレヴィは頭の中で繰り返してから、ゲッテムハルトを無視して横を通り過ぎようとする。

 しかし、彼の2メートルを超える巨体の傍を通った時、レヴィの首に彼の腕が現れたかと思えば首を掴み上げられていた。

 

「ゔッ?!」

 

「ゲッテムハルト様……ッ!」

 

「お前……フォトンの欠片も感じねェ。ダーカー因子もねェ、中身も空っぽで弱っちィなァ? 迷い込んできたってか?」

 レヴィはゲッテムハルトの手首を掴み、睨み付けグッと力を入れる。細い手首と小さな手からは感じられないほどの筋力にゲッテムハルトは一瞬目を見開いたが、すぐに直ってレヴィを吹き飛ばした。

 

「ッ、がッ……!!」

 

「おいシーナァ! この雑魚はなんだ……俺の邪魔しに来た奴か!?」

 

「はい、ゲッテムハルト様……」

 

 メルフォンシーナと名乗る女はレヴィの方を見てパーソナルデータを調べる。

 しかし、適合するアークスはレヴィの容姿やデータとは一致しない。

 それもそうだ。今のレヴィは改ざんしたデータを纏っているアークス。レヴィそのものではない。

 

「あの、ゲッテムハルト様……この方は、正規のアークスでは……ッ⁈」

 

 レヴィは二人の話し声も聞かず懐から銃を取り出すと、迷わずゲッテムハルトの眉間に向けて撃ち抜く。

 

「……あ?」

 

 ゲッテムハルトはナックルでそれを受け止めると、レヴィに向かってゆっくりと顔を向けた。

 一歩一歩近付く足は大きく、レヴィはすぐに髪留めから毒針を抜くとゲッテムハルトの首に向けて投げたがそれも掴まれた。

 

「なんだァこりゃ……」

 掴んだそばから毒が広がり、武器の装甲をわずかに溶かすと、ゲッテムハルトはすぐにそれを捨てる。

 

「おいシーナァ……ふざけた事言ってんじゃねェぞ……コイツは誰だ? 俺に喧嘩売る奴が非正規なんてそんな舐めた話ねぇよなァ?」

 

 レヴィはアイゼンハートを取り出すか一瞬迷い、手が震える――その隙にゲッテムハルトの足がレヴィの顔に降ろされ、レヴィは壁に打ち付けられた。

 ルビィそっくりの稲穂のような薄い金色の髪がふわりと跳ねて、濁った韓紅色の瞳はゲッテムハルトを睨み付ける。

 メルフォンシーナと名乗る女は何度アークスカードを読み込んでもレヴィと不一致のデータばかり出てきたが……手の中にある武器、白錫(はくしゃく)・クラリッサが光ったかと思えば、レヴィのプロテクトは突破されメルフォンシーナの端末にLという名前をした、レヴィの容姿や特徴と一致するアークスカードが出てきた。

 

「あ……」

 

 その名前を見て、メルフォンシーナはレヴィの正体に気づいた。

 

「ゲッテムハルト様、その方、……あの、ルビィさんの妹と噂されている……アークスです」

 

「……ほぉ?」

 

 ゲッテムハルトはガシガシと硬い靴を踏み締めてから、睨み付けるレヴィの胸ぐらを掴むと、ジッと目を合わせた。

 

「フォトンアレルギーを持っており、最弱のアークスと言われているので……その、……ゲッテムハルト様には到底敵わないかと。なので、手を離しても……」

 

「シーナァ! 俺に命令するつもりかッ!!」

 

「い、いえ……申し訳ございません、ゲッテムハルト様」

 

 

「ごちゃごちゃ煩いなぁ……」

 

 ゲッテムハルトとメルフォンシーナの会話に、レヴィは小さな声で呟いた。

 後ろ手にアイゼンハートを持つと、ゲッテムハルトの方を見て目を細める。

 

「アークス様の庇護を受けて戦争ごっこしてるだけの癖に、あんたらみたいな奴が最強とか最弱とかぬかすの、馬鹿らしいって思わないの?」

 

 アイゼンハートの形はナイフのまま。レヴィはゲッテムハルトの足にナイフを向け、アキレス腱にピットリとナイフをくっつけると目を細くして逸らした。

 

「戦争ごっこ……そりゃ同意見だ。生ぬるい戦いで強くなって命削った気になってるような奴らなんざ反吐が出ちまいそうだよ……」

 

「だがな」、とゲッテムハルトは言葉を付け足すと、レヴィの胸ぐらを掴む手を離し、拳を握った。瞬間レヴィはゲッテムハルトのアキレス腱を切り裂き、そのナイフをまた掴んで彼の首筋に突きつけようとするがしかし。

 

「それはテメェみたいな雑魚が吐く言葉じゃねェんだよッ!!」

 

 ゲッテムハルトの大きな体躯がレヴィの攻撃を邪魔したまま、拳がレヴィの腹にめり込む。

 

「ッゔ?!」

 

 ゲッテムハルトの拳がレヴィの腹の肉を押し込み、その奥にガキンと金属の何かがぶつかる。

 

「うらァッ!!」

 

 ゲッテムハルトはそのままレヴィを押し上げ、跳ね飛ばすと小さな体は宙を舞いマップに描画される地表の領域を超えて外の泉に叩きつけられる。

 

「っきゃ?!」

 

 レヴィが沈みこんだ水中。岩肌はゴツゴツとしており、点々と淡く赤い光が水中を照らす…

 

「ッ?!!」

 

 それら全ての光がレヴィを見つめた瞬間、地上とは比べ物にならないスピードで急速に近付いてきた。

 

 

 ミクダ、ダーガッシュ、オル・ミクダ――水中を埋め尽くす光は全てダーカーだ!!

 レヴィは泳ぎが特別早いという訳では無いが、この肉体的な死を前にしてそんな馬鹿なことは言っていられない。

 自分に出せる最高スピードで泳ぎ、ダーカーから逃げる。

 何とかならないか、しかしここらはみんな水際は壁のように高くなっていて簡単には浮上出来ない。壁にしがみついたとて岩肌からあの数百匹以上のダーカー達がレヴィにしがみついて水の中に引きずり込むだろう。

 ダーカーを倒し、自分が水中から逃げ切る方法……

 レヴィはその極限な状態の中で閃くと、アイゼンハートをロケットの形にする。

 水底の水がぶわりと切り取られたかのように枯れたかと思えば、レヴィはダーカーと共に急速に水底に吸い寄せられていきながらも現れたロケットにしがみつき、一気に水中でブースターを付け急速に浮上する。

 噴き上げる波と共にレヴィはロケットによって打ち上げられると、すぐに方向転換し、復讐と言わんばかりにゲッテムハルトの方へ突っ込んでいった。

 ゲッテムハルトはメルフォンシーナを掴んですぐに立ち退き、レヴィを載せたロケットは地面に突き刺さり爆発する。

 

「ッ、……はァ、はァ……ふざけんなクソガキ……」

 

 口が悪いがこれはレヴィが発した言葉だ。

 1.4メートル未満の女が2メートル超えの男に呟いた言葉とはとても思えないが……レヴィは箱入り娘でもお嬢様でもなんでもない。

 

「ハッ……テメェになんざ用はねぇんだよッ!! そのまま水底にまた沈んでなッ!!」

 

 レヴィはポケットの中に入れた成果物の内半分程がダメになったのを見てさらに苛立った。

 こんな成果で帰る訳にはいかない。

 ずぶ濡れになった己の肉体とバイタルが悲鳴を上げているのは完全にレヴィの頭から抜けており、殺意でいっぱいになっていた。

 

「シーナァ! こんな奴に構ってんじゃねぇ! さっさと始めろ!」

 

 その言葉にメルフォンシーナは不安げにゲッテムハルトとレヴィを見つめてから離れ、石碑の方に向かいクラリッサを構える。

 

「ぅ……何を……」

 

「パーティだよ。テメェのいう戦争ごっことは違う本気(マジ)の殺し合い……本気で強ェ奴と命削って殴り合う戦い……どうだァ? 楽しいと思うだろう?」

 

「ダーカーってこと……?」

 

「ハッ、そんじょそこらのダーカーとは違う……桁違いの奴に決まってんだろォ? そういう奴をぶん殴って引きちぎって……グチャグチャにしてやんなきゃ気が済まねェんだよッ!」

 

 ゲッテムハルトの言葉に、レヴィは殺意を超えて見下しがやってきた。

 ――この男はそんなにダーカーを憎んでいるのか。"ダーカー"を?

 レヴィにとってダーカーとは原生生物と特に変わりない存在だった。ただ宇宙に居て、万物を侵食する特性があるだけの、その辺にいる動物。

 ……レヴィの歪んだ感性は、数年にも掛けて行われたアークスの座学による刷り込みですら全くダーカーに対して憎しみを与えることはなかった。

 ゲッテムハルトと違って、周りのアークスと違って、レヴィはダーカーに何も奪われていないからだ。家族を奪われたわけでも、家を奪われたわけでも、己の命を奪われた訳でもない。

 ただアークスが宇宙の危険であり特別に優先して倒せというから倒すだけで、レヴィにとっては狩りをするだけの獲物と同じ……

 レヴィから全てを奪い、レヴィが強く憎しみ、レヴィに今でも危害を加え続けるのは、ダーカーではなくアークス。

 だからゲッテムハルトの言葉が滑稽に聞こえた。

 

「は、……つまんないの」

 

 レヴィは立ち上がり、アイゼンハートをレイピアにして構え歩き出した。

 

「そりゃそうだろうなァ……テメェみたいな奴をアレが相手にするわけもねェ」

 

「逆に決まってるでしょ? わたしはダーカーなんかにわざわざ執着するほどご立派なアークスじゃないの。ダーカーはわたしを人として扱うし」

 

 レヴィは後ろから罵倒するゲッテムハルトの声を無視して、最奥から去っていく。

 

 ――探索範囲の外に隠れ、近くの茂みに座り込み、レヴィは端末を眺めた。

 ゲッテムハルトの言う「強いダーカー」と戦いたいという気持ちは特に無いが、研究者として興味はある。おまけにゲッテムハルトが仮にそのダーカーに勝ったのなら、ゲッテムハルトは自分がルビィを殺すために超えるべき壁のひとつとして見定めてもいいだろう、と考えた。

 

「はぁ……」

 

 本質的に言えばレヴィにとってダーカーは敵ではない。相手が敵だと認識するからレヴィは敵対しなければならない。それだけなのだ。仲間と言いながら後ろから石を投げ、嘲笑い、不当な評価を与えてくる人類こそ、アークスこそ、レヴィにとっての本当の敵。英雄気取りの血族を殺し、アークスを嬲り、全ての尊厳を奪った時、レヴィはようやくアークスに勝ったと言える。

 とりあえず、体を落ち着かせなければ。

 レヴィは茂みに体を伏せ、完全に隠れたまま、任務完了という偽りのデータを送ってそのまま仮眠する。

 "アークスはフォトンを扱うからこそダーカーから選んで狙われる"……

この遺跡で優秀なアークス達が呟いてきた言葉の全てが、レヴィに降りかかった。

 眠っていても、レヴィはダーカーに見つからない。

 だって――フォトンがないのだから。

 

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