MIDNIGHT ~Phantasy Star False~ 作:Libby博士
朝の6時に就寝し、11時に目覚める。それから17時に昼寝をし、20時に起きて、また6時まで活動する……
そんな健康とは程遠いリズムで生きているのは、他の何者でもないとある"物"のせいだ。
夜中の二時。
惑星リリーパ地下坑道……アークス研究同好会のチームルームの中で、レヴィは薄暗い明かりの前に佇む。チームルームは静寂に包まれ、人ひとり居ないその場所で、駆動音と液体の登る音だけが部屋に響いていた。
「……ねぇ」
レヴィは意味もなく人形に話しかけた。
彼女はコミュニケーションを取るのが苦手だ。自分が相手と正しく向き合い、対等な立場できちんと話そうと思って紡いだ言葉のひとつで相手が不愉快になって、それでフォトンアレルギーの底辺アークスだからという理由で理不尽に怒鳴られたり、殴られたりするのが怖いから……
そして、そんな人はみんなレヴィと"会話しよう"とは思っていない。
ただ、レヴィという"家畜"に"躾"をしているだけなのだ……
レヴィはそんな経験を何百回もしてきたため、人と"会話する"のを諦めた。
今はただ、一方的に話しかけられて、話を聞いて、言葉を求められた時にだけ返答するパターンが99%。残りの1%は相手を殴りたいから喧嘩をするだけだ。
「……起きてみてよ、ふふ、無理だけどさ」
だから、レヴィは魂もないこの人形に話しかけるのは楽だった。
いくら人の見た目をしていようが、レヴィに返答することも無ければフォトンがないからといって差別することもない。
それが今のレヴィに心地よかった。どうせ誰も人扱いしないし、優しくしてくれない世界なのだから、せめて人の形をした物くらいは何も喋らぬまま共に寄り添ってくれと……
「……名前、なんて言うのかな……」
見てくれだけで色々考えてみるが、レヴィが考えた名前など合っているわけが無いし、
クローンである彼に与えられる名前など……個体が判別出来ればいいだけの、つまらない名前になるだろう。例えば、レヴィのようにLだとか。
「貴方が起きたら、わたしとお話してくれる? 貴方も人じゃないのだから、わたしをアイツの妹として扱わないって思うの……勝手な考えだけどね」
この瞳が開いたら何色なのか。
青か、黄色か、紫か、赤か、銀色…黒……白…?
この口が開いたらどんな声を出すのか。低いのか、高いのか、優しいのか、無愛想なのか。
どんな風に眉を動かして、どんな風に視線を動かして、この体はどんな服を纏うのか……
頭を埋め尽くす妄想。レヴィの手はゆっくりと彼に伸びて、曲面の硬いガラス越しにその男の頬を撫でた。
椅子に乗っかり、手を伸ばすみっともない姿勢だが、このチームルームには監視カメラが設置されていない……この醜態はレヴィと、そしてレヴィを見る彼だけのもの。
「貴方が起きたら大変なことになるね……」
レヴィの小さくて細い指が伸び、透明な檻から彼を象るようになぞる。
煙に包まれて見えない首から下……それが見られるのはいつの日になるだろうか。
レヴィは心の奥底で静かに、この人形がチームメンバーに"奪われる"事に不快感を覚えた。
レヴィがダークファルス【
底辺アークスであるレヴィは当然任務への参加は不可だったが、多数のアークスの犠牲を出し、何とか撃退していたのを見ると、正直安堵する所もあった。
あの【巨躯】とかいうのは途方もない数のアークスを戦力として投入し、宇宙単位で挑まないといけないほどの相手だったのだ。
それを一人でほんの少しだけでも相手して、帰って、成果まで手に入れられているのはまだいい方だろう。
ディナンはレヴィの持ち帰った成果物の中で、「ダークファルスに憑依されたアークスのデータ」にいたく興味を示していた。
魂を移すこと、器を変えること……
それは
人がキャストの身に肉体を移すのとは違う、フォトンある限り半永久的に生きられる技術……それがあれば、フォトナーのクローンの制作に著しく貢献出来るというらしいのだ。
今日も何かの任務を目的としてレヴィはチームルームに呼び出されたが、珍しく今日は夜遅く……20時ほどに呼ばれた。
チームルームの中に入ると、そこには一人のみ。他の人間はみんな掃けて……飲み会にでも行っているのだろう。そこにいるのは、確かディナンと一番仲がいい男だったか……
レヴィは興味も無いので足早に近付き、ただ静かに男を睨み付けた。
「ルビィの妹……ディナンからの伝言だ。新しい任務に赴いて欲しいと言っている」
「……」
レヴィは退屈そうにチームルームのモニターを見上げ、くだらないアイドルの映像が流れ始めるのを見て溜息をついた。
「……そんな物の為に、呼び出したの?」
レヴィは端末を取り出し、「メールで全部送ればいいじゃん」と言わんばかりに手の平の上でポンポンと跳ねさせては掴んだ。
「管制から覗かれるのを防ぐ為だ。このチームルームには監視カメラもない」
ディナンの親友であるその男は、レヴィの前に近付くとその小さな体を見下ろす。
死んだ目付きの顔より、大きく張った胸に目線がいく。
レヴィが何も意識せず無自覚に着たそのシャツは横から肌が丸見えの、非常にセクシーな服であり、男は見ると思わず喉を鳴らした。
「それで、……計画だが」
こんな奴隷同然の女、どうせ触っても何しても文句など誰にも言われないだろう。
治外法権の場所であるこのチームルームで、ゴミと変わりない女に何をしようが、何の問題も無いはず……
「……」
男はレヴィに近付くと、彼女にアナログな一枚の紙を渡した。
レヴィはそれを受け取るとぼんやりと焦点の合わない目で見つめ続ける。
「まず作戦だけど……」
「この紙、……書いてある文字……、アレ?」
男が喋り出したのに遮り、レヴィは独り言のように呟くとあるデスクの上に乗っていた万年筆をじっと見つめる。
「……あ、あぁ」
「……内容、見た。説明……必要無い」
話を広げることも無く、返事もせず、レヴィは淡々と言葉を告げると離れていこうとする。
男はレヴィの手首を掴んで、それを止めた。
(細ッ……)
「……何」
レヴィの声にあからさまな不機嫌が混じると、男はゆっくりと声を掛ける。
「メモして欲しい事があるから、話を聞いて欲しい」
「最初から……書いてくれる?」
「後から増えたんだ」
「……それくらい、書けば?」
レヴィの小生意気な発言に男は苛立ち、レヴィの胸をじっと見つめるとさも偶然のようにレヴィへ体を当てる。
レヴィは何も反応しない。
「お前は下っ端なんだよ。お前にグチグチ口答えする権利が何処にあると思う? 誰も与えちゃいない。オラクル中の奴ら全員お前の事は奴隷以下のゴミだと思ってるんだ。それを俺らが拾って、扱ってやってるだけ感謝するべきだろ?」
「……一々同じことを何度も繰り返さないといけない、お子様……」
「いいから、……概要を説明するから黙って聞け。命令だ」
「はぁ……、低レベル……」
レヴィの煽りを遮るように男が無理やり口を挟むと、レヴィは口をへの字に結んで黙った。
「今回の任務は、討伐されたダークファルス【巨躯】の残骸を秘密裏に回収することにある。本来、妹が入ることは出来ない領域だが、此方でキャンプシップにウイルスを送り、事故と称して送り込む」
男はレヴィの体をまさぐるが、彼女は無表情のまま紙すら見ることも無く、人形が入ったポッドの方を見つめている。
「それで、……ここからメモして欲しい所だが、キャンプシップは既に予約を取っていて、それが明日の14時、108番艦のB658だ。パスワードはBwmd7―6JTa」
レヴィは端末のメモを取り出し、言われた通りに文字を打ち込む。
男はレヴィが両手で端末を持ち無防備になったのを見ると行動をよりエスカレートさせていく。
(……こいつ、男も居なさそうなのになんでこんな格好してるんだ?
アークスで稼げないからオッサンにでも体売ってんのか?)
レヴィは相変わらず何も反応せず、ただ薄い青の髪をした人形を眺めている。
「それで、……制限時間は一時間。キャンプシップの中に幾つか収集用のポッドを載せてあるから、そこに残骸を出来る限り集めて、ここに持ちかえる事」
「……」
「勿論、誰にもバレないようにしろ。こことは違って外はレーダーが着いている。不審と取られるような行動はせず、なるべく自然に早く集めて、迷い込んだだけのようにして帰ってくるんだ」
「暇なの?」
「いや。……あぁ、それで、帰ってきたらディナンがチームルームに居るからアイツに渡せばいい」
男は簡単な返事をしたあと、やりすぎはダメか、なんてボソッと呟いてから、レヴィから手を離した。
それからもレヴィの無表情は続いており、それからも男がベラベラと任務の概要を話していく間、彼女は無言でぼーっと立っていた。
ヤれるのかヤれないのかよく分からない奴だ、なんて男は思いながら、作戦の概要を言い終えると、レヴィは男に一言もなくその場から歩き出した。
――レヴィは外に出ると、くるりと振り返り、チームルームとなっているシップに無言で蹴りを入れた。べコンと音がして歪み、チームルームがガクンと揺れていたがレヴィの知ったことでは無い。
「……ヤるなら勝手にチームの奴とやってれば? どうせ考える脳味噌もないゴミしか居ないんだし」
直接言わなかった捨て台詞を吐いてからレヴィは歩き出す。
彼奴らの計画に任せていては自分のアークスという地位が少し揺らいでしまうかもしれないと思い、レヴィは彼らの話した計画の中から幾つかを修正しようと頭の中で紡いだ。より自然により簡単に、より確実に、ようは【巨躯】の残骸を取ってくればいいだけなのだから。
レヴィはこのチームに居る唯一の理由である、資材置き場に向かうと端末を起動させた。
チームにいる限り、レヴィはディナンのアカウントを使って
外部からハッキングしようとした時はまるで常に監視されているかのようにすぐ跳ね返されたデータだが、今は見放題。
レヴィはキメラ実験や次世代アークスを作る為の研究データを眺めていたのだが……ふと目に入ったクローンという文字に手が止まる。
模造創世器……莫大なフォトンを収める為の器……
違う。あの青髪の男のことでは無い。このチームルームにいる、あの人形のことでは無い。
それがわかっているというのに、レヴィは頭がどんどんあの人形に支配されていってしまう。
(違う……! わたしは、アークスを皆殺しにするんだ、あんな人形の顔に見蕩れてるなんて情けない……!)
レヴィは何とか思考を押さえ込み、己の肉体に必要な情報を収集する。
そこを、男は後ろからただ眺めるだけだった……