インフィニット・ストラトス ~ダークサマー~ 作:kageto
一夏出てきません。
更識刀奈にとって自身の才能は自己を形成する一つであり、他者から自身を評価される項目の一つでしかなかった。
努力は苦ではなかった。才能だけで他者を寄せ付けないだけのものはあったが、そこに努力を上乗せするだけで『上』が少なくなっていく実感があった。
私にとって簪は守るべき者であり、愛おしくて仕方の無い存在であった。故に、更識に関わらせるつもりなどかけらも無かった。自身が全て背負えばいい。そのために努力の量も増やした。それでいて心配をかけないように努力を隠し、完全無欠な姉を演じた。
それでも我侭を言うことをやめられなかった。我侭を叶えられるだけの力があった。それが我侭に拍車をかけた。気がついたら我侭はいたずらに変わっていた。いたずらだと皆が『仕方ない』という風に笑うのが心地よかった。自分の我侭が他者に苦笑とはいえ笑いを与えることがうれしかった。更識に縛られることを是とした自身の、逃避の一環だと自己分析をしたこともあったが、そのころには変えられないくらいには自身の一部になっていた。
更識を継いで、名が楯無となり、一族を掌握できたのは偏にISという存在の出現であろう。女にしか使えない強化外装は刀奈をただの小娘から当主候補筆頭に引き上げ、あっという間に当主の座に就かせた。
自由国籍を得てロシアの国家代表になったのはそれからすぐのことだった。
IS学園に入学してすぐに我侭を言った。というよりも校則にのっとって力を示し、生徒会長の地位を手にした。今の世界においてIS学園に在籍することは、利をもたらす。特に更識である楯無にとっては。そして高い権限を持つ生徒会長の座に就くということがもたらす利は、更識にも刀奈自身にも大きいものだ。
生徒会長としていろんなイベントを引き起こした。会長の我侭としてだ。それによって生徒の実力や気質を把握することに努めた。特に海外の生徒の情報は有用だった。手にした情報が更識を強固にし、刀奈を楯無としてより認めさせる。全ては守るべきもののため。簪のためだった。
そうやって1年を過ごしたときに、衝撃のニュースが世界を駆け抜けた。男がISを動かしたというのだ。
私の中を駆け抜けた感情は恐怖だった。かつて無い恐怖だった。
自身の『上』が少ない理由はISが女にしか使えないことが一因しているからだ。『上』に男が増えるということは、自身の地位と簪という守るべき存在の危機でしかない。
その夜は震えて眠れなかった。自身の大事な大事な妹が守れなくなるのではという、ただそれだけのことが体を震えさせた。楯無になって以降、いや物心ついて以降初めて恐怖に涙した。恐怖に歯の根が噛み合わなかった。
あっという間に数ヶ月が過ぎて、件の男性操縦者が入学してきた。事実上女子高ではあるが、IS学園は女子高ではない。だからこそこの男は学園にやってきた。やってきてしまった。
簪を守るために全力を傾けようとした。したが、ヤツの守りが堅かった。さすがに世界で一人。
情報を集められないまま、まさかの事態が起きた。簪と接触した。強く噛み締めた歯がギリと音を立てた。
歯噛みしながら一月過ぎた頃、チャンスが来た。織斑千冬の影響力が織斑一夏によって下がってきたのがチャンスの遠因というのだから笑ってしまう。この機を逃す手などあるはずもない。
水着エプロンで部屋に侵入し、いたずら好きの会長のいたずらの一環という体を保つ。今までの行いが真意を隠す。更識で使う盗聴器を部屋に仕掛け、動向を探る。どんな些細なことでも弱みを握ることが出来れば、自分が手綱を握れる。そうすれば簪とこの男の距離を調節できる。簪を守れる。聞いた話ではかなりイイ性格らしいが、弱みさえ握ればこっちのものだ。そう思い待機する。
ドアが開き、眼を見た瞬間、理解した。
楯無の終わりを。自身の敗北を。
普段通りのふざけた風を装いながら考えた。私と彼の道が重なったと思っていた。重なることで被る不都合を考えていた。それがそもそも間違いだと気がつかされた。互いの道は立体交差しただけだ。彼の道は私の遥か上をスイと跨いだだけだった。私がしたことは通り過ぎるはずだった相手に攻撃を仕掛けて気を引いただけだった。
虚に連れられて生徒会室に戻ると、処理が途中になっている事案だけを優先して処理をする。きっと長くて一週間で彼は私にその牙を向ける。彼のあの眼は、覚悟を決めて生きる目だ。中途半端で相対したらいけない眼だ。私は本気で彼に向き合わなければいけなかった。そうすれば彼とすれ違った道の上で手を振り合って終わったはずだ。
業務が一段落して、会長を引き継いでも問題ない状態になったので、仕事をしている振りをしてると、山田先生が来て虚が呼ばれていった。想像以上に早かった。時間らしい。飛び込んできた虚にされるがまま壁に叩きつけられる。受身のために入れていた力も抜いて、虚の怒りを受け止める。
それからは早かった。国家代表資格も剥奪され、更識の当主の証明である楯無も剥奪された。更識の老いぼれ達は弁の立つ私が怖いらしく、喋る事を禁じるために口枷までする始末だ。無様だと思う。自業自得だと思う。
幾日か経って簪が訪れた。格子の向こうに立ち、こちらを見下ろす眼には侮蔑の色。それだけで勝手に涙が出る。
もう二度と会えないと、わかっているから、愛しい妹の姿を眼に焼き付ける。忘れないように。眼を閉じただけで思い出せるように。
「だから、さよなら。私の姉だった人」
簪が、最後に放った言葉。悲しさと、狂おしさで声が漏れそうになるのをこらえる。
(さようなら。私のかわいいかわいい妹。ごめんね。ダメなお姉ちゃんで)
心の中でつぶやく。涙が止まらない。
遠くで戸の閉まる音がした。さらに5分待った。
「ぐうぅぅぅぅぅぅ」
口枷から声が漏れる。嗚咽が座敷牢の中に響く。涙が止まらない。涙は止まってくれない。
日本某所。墓地の片隅に名の刻まれていない小さな墓があった。その墓の前に、一人の女性が立っていた。
「あれから何年も経ったけど、おねーちゃんもかんちゃんもお嬢様の話はぜんぜんしないよ。許してないみたい。わたしも許してあげない。次は許せるようになったら来るよ。じゃあね」
女性は手も合わせずに去っていった。墓はただ、そこにあった。
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