夏。
阿佐野店。
外はうだるような暑さ。
休憩室では冷房の効いた部屋で、スタッフたちが休憩していた。
「夏といえば。」
細井が突然言う。
「怖い話!」
「いいですね。」
古坂も頷く。
茂田は笑いながら言う。
「琉くん、何かあるニダ?」
「あります。」
浜谷は真剣な表情になった。
「本当に怖かった話です。」
「おぉ。」
みんなが浜谷を見る。
浜谷はゆっくり話し始めた。
「閉店前くらいでした。」
「クレーンコーナーを巡回してたんです。」
「そしたら……。」
少し間を置く。
「誰もいないクレーンゲームのアームが。」
「勝手に動いてたんです。」
「え?」
細井が少し身を乗り出す。
「誰もいないのに?」
「はい。」
浜谷は真面目な顔で頷く。
「『ウィーン……。』って。」
その瞬間、浜谷の声に合わせるように、休憩室の空調が一瞬だけ低く唸った。
「……誰もいないのに、動くんです。」
休憩室が少し静かになる。
古坂も視線を落とし、少し考え込むような顔になる。
「それは怖いね。」
「ですよね。」
浜谷は頷く。
「僕も一瞬。」
「え……?」
ってなりました。」
「で?」
細井が続きを促す。
「怖くなって、一回その場を離れたんです。」
「うん。」
「でも気になって戻ると。」
「また動いてる。」
「うわ。」
茂田が思わず声を漏らす。
「それを何回か繰り返して。」
「さすがにおかしいと思って。」
「クレーンゲームの横を待ってたです。」
その時。
浜谷は少しだけ間を空けた。
「……音が。」
「変だったんですよ。」
「音?」
細井が眉をひそめる。
「はい。」
浜谷はゆっくり続ける。
「普通の『ウィーン』じゃなくて。」
「途中で一瞬だけ。」
「『……カチッ』って止まるんです。」
「で、また動く。」
「まるで誰かが。」
「途中で操作をやめてるみたいに。」
休憩室の空気が少しだけ重くなる。
空調の風が、天井の吹き出し口でかすかに揺れる音だけが響いた。
「それで……。」
浜谷は続ける。
「影が見えたんですよ。」
「きゃー!」
細井がわざとらしく肩をすくめる。
だが浜谷は笑わない。
「ライトの当たり方がおかしくて。」
「クレーンの影が。」
「一瞬だけ、二重に見えたんです。」
「……二重?」
古坂が小さく聞き返す。
「はい。」
浜谷は頷く。
「本体の影と。」
「もう一つ、少しズレた影があって。」
「それが……。」
「動いてる方にだけ、ついていくんです。」
一瞬、誰も笑わなかった。
細井の表情も少しだけ固まる。
茂田が小さく息を飲む。
「恐る恐る近付いて見たら……。」
全員が息をのむ。
浜谷は真顔のまま続けた。
「お客さんでした。」
「…………。」
一瞬の静寂。
浜谷は苦笑いする。
「アームが完全に止まる前に、両替へ行ってただけでした。」
「戻ってきて続きをやってたんです。」
数秒後。
休憩室に大爆笑が起こる。
「はははは!」
「びっくりしたー!」
細井は机を叩いて笑っている。
古坂も苦笑い。
「怖くないじゃん!」
茂田も大笑いした。
「いやいや。」
浜谷は照れ笑いする。
「その時は本当に怖かったんですよ。」
「誰もいないと思い込んでましたから。」
細井は笑いながら言う。
「琉くんらしいなぁ。」
「ちゃんと確認しなよ。」
「はい……。」
浜谷も苦笑いで頷く。
すると細井がニヤリ。
「怖い話より。」
「はい?」
「殴るよ?」
浜谷はいつものように笑顔で返す。
「一発だけですよ?」
「安心して。」
細井は拳を軽く握る。
「一発で仕留めるから!」
「それが今日一番怖い話です!」
休憩室は再び笑いに包まれた。
今年の夏も、阿佐野店には笑いの絶えない毎日が続いていた。