ある日の阿佐野店。
朝から浜谷の様子がおかしかった。
接客で言い間違える。
景品の位置を確認し忘れる。
メダルゲームのエラー対応でも、いつもならすぐ気付くところを見落としてしまう。
心ここにあらず。
そんな様子だった。
休憩から戻ってきても変わらない。
何かを必死にこらえているようにも見えた。
流石に茂田は声を掛ける。
「琉くん。」
「今日変だよ。」
「どうしたニダ?」
浜谷はしばらく黙っていた。
やがて小さく口を開く。
「……実は。」
「今朝、母から電話が来ました。」
「祖母が危篤だって。」
一度言葉が詰まる。
そして静かに続けた。
「そしてさっきの休憩中にまた電話が来ました。」
「亡くなったそうです。」
その場の空気が止まる。
浜谷は俯いたまま話を続ける。
「通夜は明日なんです。」
「だけど実家が遠いので、今日のシフトが終わってから出ると間に合わなくて。」
浜谷は少し笑おうとした。
しかし笑えなかった。
「僕は昔から、おじいちゃん子だったんです。」
「その祖父が数年前に亡くなったとき、祖父に祖母を頼むと言われました。」
「両親は仕事が忙しかったので、高校卒業までは、僕がおばあちゃんを支えてました。」
少しだけ声が震える。
「でも大学進学でこっちへ来てから、滅多に会えなくなりました。」
「最後に会った時は、認知症で僕の名前も覚えてなかったんです。」
涙が溢れる。
「最後は『琉は元気しとるか。』って言って亡くなったみたいで……。」
浜谷は涙を拭う。
「大学に来てからも、もっと会いに行けばよかった。」
「ずっと後悔してます……。」
言葉と一緒に涙もこぼれ落ちた。
茂田は静かに頷く。
「そうだったんだ。」
浜谷は何度も頭を下げる。
「でも、今日はスタッフも少ないので、休むわけにもいかなくて。」
「ミスばっかりして。」
「迷惑をかけてしまって。」
「本当にすみません。」
茂田は優しく言った。
「帰っていいよ。」
浜谷は顔を上げる。
「……え?」
「帰りなさい。」
「今すぐ。」
「でも。」
「今日は人が……。」
茂田は笑って言う。
「そんなの気にしないで。」
「私たちでお店は十分。」
「樋口ちゃんと高村さんと私だよ?」
「大丈夫でしょ?」
「だから、おばあちゃんのところへ行ってあげなさい。」
浜谷は堪えていた涙がまた溢れた。
「……ありがとうございます。」
「お言葉に甘えさせてもらいます。」
茂田は優しく微笑む。
「ゆっくりお別れしておいで。」
「そして、また戻ってきなさい。」
浜谷は深く頭を下げた。
「はい。」
「ありがとうございます。」
浜谷は更衣室へ向かった。
その背中を見送る茂田。
そしてインカムを取る。
「樋口ちゃん。」
「高村さん。」
「琉くんは家庭の事情で帰らせたニダ。」
樋口の声が返ってくる。
「分かりました!」
高村も続く。
「了解です!」
茂田は少し間を置いて言った。
「正直3人だけじゃ厳しいけど。」
「今日は私たちで乗り切るよ。」
「はい!」
二人は力強く返事をした。
インカムを切ったあと、高村と樋口がカウンターにやってくる。
高村が小さく呟く。
「……本当は。」
「結構ギリギリだよね。」
樋口も苦笑いする。
「そうですね。」
茂田は二人を見て微笑んだ。
「店長ってね。」
「たまには優しい嘘も必要ニダ。」
三人は顔を見合わせる。
「よし。」
「頑張ろう!」
浜谷が安心して大好きなおばあちゃんのもとへ向かえるように。
その日、阿佐野店は少ない人数で、いつも以上に力を合わせて営業を続けた。
そしてその「お店は十分」という一言は、浜谷の背中を押すためについた、店長の優しい嘘だった。