ある日の阿佐野店。
今日は珍しく茂田の姿がない。
原町中央店へ出勤しているため、阿佐野店はいつもと少し違う顔ぶれだった。
そして午後。
「浜谷くん、これちょっと持ってて。」
休憩に入る古坂から渡されたのは、店舗用のスマートフォン。
「僕がですか?」
「一時間だけ。電話来たら出てもらえれば大丈夫だから。」
「分かりました!」
こうして浜谷は、一時間限定で店舗用スマホを預かることになった。
しばらくして――。
プルルルル。
「あ、電話だ。」
浜谷は少し緊張しながら電話に出る。
「お電話ありがとうございます。ファンステージ阿佐野店、浜谷が承ります。」
『すみません。オメメ人形とお茶カワのコラボ景品って、もう入荷してますか?』
「オメメ人形とお茶カワ……。」
浜谷は一瞬固まる。
見た記憶がない。
しかし、今日届いた景品をすべて確認したわけでもない。
「少々お待ちください。」
浜谷は電話を耳から外し、近くにいた細井と大澤に聞く。
「オメメ人形とお茶カワのコラボ景品って入ってました?」
細井は首をかしげる。
「どうだろ?」
大澤も考える。
「私は分からないなぁ。」
肝心のクレーンゲーム担当、古坂は休憩中。
細井が思い出したように言う。
「今朝届いたやつは、誰が受け取ったんだっけ?」
浜谷が答える。
「僕です。」
そして電話に戻る。
「お待たせいたしました。」
すると――。
『店長さんいる?』
「え?」
浜谷が返事をするより先に、お客様が続ける。
『さっき、“僕です”って言ってたよね?』
浜谷の顔から血の気が引く。
どうやら――。
先ほどの会話の、
「僕です」
そこだけが電話の向こうに聞こえていたらしい。
『店長なのに景品のこと分からないの?』
「えっ、いや、僕は――」
『しっかりしてよ。』
「す、すみません……。」
『もういいです。原町中央店に電話するので。』
「え?」
「はい……。」
プツッ。
電話が切れる。
浜谷はスマホを見つめる。
「……。」
細井が心配そうに聞く。
「どうしたの?」
「なんか……。」
「僕、店長になってました。」
「え?」
大澤も振り返る。
「どういうこと?」
浜谷は頭を抱える。
「僕にも分かりません……。」
数十分後。
再び店舗用スマホが鳴る。
プルルルル。
浜谷が電話に出る。
「お電話ありがとうございます。ファンステージ阿佐野店、浜谷が――」
『カムサハムニダ。』
「……。」
一瞬で分かった。
「あ!」
「茂田さん、お疲れ様です!」
『そっかぁ!』
『今スマホ持ってるの琉くんか!』
「そうです!」
電話の向こうで茂田が笑う。
『さっき原町にお客様から電話かかってきて。』
『景品のこと聞いたけど、阿佐野の店長が景品のこと分からないって言ってて。』
『誰のことだ!?ってなったから。』
浜谷は苦笑い。
「僕、店長とは言ってないんですけどね……。」
『じゃあ勘違いかもしれないニダ。』
「多分、細井さんに“誰が荷物受け取った?”って聞かれて。」
「僕ですって答えたところだけ聞こえたみたいです。」
茂田は笑う。
『なるほどニダ!』
『琉くん、一時間だけ店長になっちゃったニダ!』
「なってません!」
細井と大澤が吹き出す。
茂田は続ける。
『あと琉くん。』
『お客様から景品のことを電話で聞かれても、答えちゃダメだからね!』
浜谷は素直に頷く。
「分かりました!」
『じゃ、スマホよろしくニダ!』
「はい!」
電話が切れる。
浜谷は店舗用スマホを見つめる。
細井がニヤニヤしながら近づいてくる。
「店長。」
「やめてください。」
大澤も笑う。
「浜谷店長。」
「やめてくださいって!」
そこへ休憩を終えた古坂が戻ってきた。
「ただいまー。」
浜谷はすぐさま店舗用スマホを差し出す。
「古坂さん!」
「これ返します!」
「え、まだ一時間経ってないけど?」
「僕には荷が重すぎます!」
古坂は首をかしげる。
「何があったの?」
細井が笑いながら答える。
「浜谷くん。」
「店長になった。」
「なってないです!!」
たった一時間。
いや、一時間にも満たない時間。
浜谷がなぜか阿佐野店長になってしまった――。
とんでもない勘違いの一日だった。