ある日の阿佐野店。
いつも通り出勤してきた浜谷。
事務所に入り、スタッフ用の鍵が並んでいるキャビネットを開ける。
浜谷が使うのは――
『応援用①』
阿佐野店所属ではない浜谷が、応援勤務の際に使っているロッカーの鍵だ。
「おはようございまーす。」
浜谷は何の疑いもなく一本の鍵を取ると、そのままロッカーへ向かった。
鍵を差し込み、扉を開ける。
制服に着替えて。
名札を付けて。
「よし。」
浜谷は売り場へ出た。
いつもと何も変わらない一日の始まり――。
のはずだった。
しばらくして。
店内を巡回していた浜谷は、出勤してきた古坂を見つける。
「あ、古坂さん。おはようございます。」
「おはよー。」
しかし。
なぜか古坂はなかなか売り場へ出てこない。
事務所の前で茂田と何やら話している。
「……?」
浜谷は少し気になったものの、そのまま巡回を続けた。
すると。
インカムから茂田の声がする。
『琉くん。』
「はい。」
『冨美子の鍵、知らない?』
「鍵?」
『ロッカーの鍵ニダ。いつものところにないニダ。』
浜谷は首をかしげる。
「さぁ?」
『どこ行ったニダ……。』
「誰か間違えて持っていったんですかね?」
『かもしれないニダ。』
通信が切れる。
浜谷はそのまま仕事へ戻った。
「古坂さんの鍵、どこ行ったんだろ。」
誰かが間違えて持っていったのだろうか。
どこか別の場所に置いてしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、浜谷はクレーンゲームの景品を手直しする。
「これ、もうちょっと前かな。」
景品を整えようとしゃがみ込む。
その時。
腰につけていたロッカーの鍵が視界に入った。
「……ん?」
何気なく名札を見る。
そこには――。
『古坂冨美子』
「……。」
浜谷の動きが止まる。
もう一度見る。
『古坂冨美子』
「……。」
さらに顔を近づける。
どう見ても。
『古坂冨美子』
「ええええええええ!?」
浜谷が飛び上がる。
「僕が持っとるやん!!」
慌ててインカムを入れる。
「茂田さん!」
『どうしたニダ?』
「ありました!」
『冨美子の鍵?』
「はい!」
『どこにあったニダ?』
「……。」
浜谷は自分の腰を見る。
「僕が持ってました。」
一瞬の沈黙。
そして――。
『アハハハハハ!!』
インカムの向こうから茂田の笑い声が聞こえてきた。
さらに遠くから古坂の笑い声まで聞こえる。
「なんで笑うんですか!」
『とりあえず持ってきてニダ!』
「はい!」
浜谷は急いで事務所へ戻る。
そこには私服姿の古坂と茂田。
二人ともすでに笑っている。
浜谷は申し訳なさそうに鍵を差し出した。
「古坂さん……。」
「すみません。」
古坂は鍵の名札を見る。
そしてまた吹き出す。
「本当に私のじゃん!」
「はい……。」
「浜谷くん、なんで私の持っていったの?」
「いつも通り『応援用①』を取ったつもりだったんですよ!」
茂田が笑いながら聞く。
「でも冨美子って思いっきり書いてあるニダ!」
「見てなかったんです!」
「いつもの位置から取ったから、完全に自分のだと思ってました!」
古坂が笑う。
「しかも普通に私の鍵で着替えて仕事してたんでしょ?」
「だって鍵全部同じじゃないですか!」
阿佐野店のスタッフロッカーは、同じ鍵で開けられる。
だから浜谷も、古坂の鍵だとはまったく気づかなかったのだ。
茂田はますます笑う。
「冨美子が来て鍵ないってなってる間、琉くん普通に売り場歩いてたニダ!」
「僕も一緒に探そうとしてましたよ!」
古坂が吹き出す。
「犯人が!?」
「犯人って言わないでください!」
「鍵泥棒じゃん!」
「盗んでません!」
「間違えただけです!」
茂田も笑いながら乗っかる。
「無意識の鍵泥棒ニダ!」
「一番タチ悪そうな言い方やめてください!」
三人の笑い声が事務所に響く。
古坂はようやく自分の鍵を受け取った。
「ありがと。」
「いや、元々古坂さんのですから!」
「次はちゃんと『応援用①』持っていってね。」
「絶対確認します!」
古坂は笑いながら着替えに向かう。
浜谷もキャビネットを見る。
そこには――。
何事もなかったかのように、
『応援用①』
の鍵が残っていた。
「……お前。」
「ずっとここにおったんか。」
茂田が横から笑う。
「琉くん。」
「はい?」
「鍵泥棒ニダ。」
「まだ言うんですか!」
茂田は大笑い。
浜谷もつられて笑ってしまう。
「もう絶対間違えませんから!」
こうして。
古坂の鍵、失踪事件は無事解決。
犯人は――。
最初から誰よりも近くにいた。
その日の浜谷は。
退勤して鍵を戻す時まで、
『応援用①』
の文字を何度も確認したのだった。