ある日の原町中央店。
今日は浜谷にとって久しぶりの原町中央店勤務だった。
最近は阿佐野店への応援勤務が多くなっているものの、浜谷の所属は今も原町中央店。
慣れ親しんだ店内を、いつものように巡回していく。
「異常なしっと。」
クレーンゲームの景品を確認し、少し位置を直す。
そのまま次のコーナーへ向かおうとした時だった。
「……ん?」
浜谷の足が止まる。
少し離れたところに、一人の男性が立っていた。
何かのゲームをするわけでもなく、店内をキョロキョロと見回している。
「……。」
浜谷は首をかしげる。
どこかで見たことがある。
というより。
ものすごく見覚えがある。
「……え?」
浜谷はゆっくり近づいていく。
男性も浜谷に気づいた。
「あ。」
「……。」
数秒の沈黙。
浜谷の目が見開かれる。
「え!?」
「親父!?」
そこにいたのは――。
浜谷の父親だった。
「よう。」
「よう、ちゃうねん!」
浜谷は思わず周囲を見る。
「何してんの!?」
「近くまで来たから。」
「なんで!?」
話を聞けば、今日は仕事の出張。
たまたま浜谷が一人暮らしをしている地域の近くまで来たらしい。
せっかくだからと、息子のアルバイト先を見に来た。
それだけだった。
「いやいやいや……。」
浜谷は頭を抱える。
「来るなら言ってや!」
「言ったら来るなって言うだろ。」
「当たり前やん!」
父親は店内を見回す。
「ここで働いてるのか。」
「そうやけど。」
「広いな。」
「まあな。」
「ちゃんと働いてんの?」
「働いとるわ!」
浜谷は完全に仕事中の顔ではなくなっていた。
「もうええから。」
「何が?」
「はよ帰ってや。」
「そんなこと言うなって。」
「恥ずかしいねん。」
浜谷は小声になる。
「働いとるとこ、親父に見られたないねん。」
「なんで?」
「なんでも!」
その時。
「浜谷さーん!」
聞き慣れた声。
「はい!」
浜谷が振り返る。
向こうから川原が歩いてくる。
ただし――。
その姿がほとんど見えない。
「……え?」
巨大な景品を抱えていた。
浜谷の体ほどありそうな、大きなぬいぐるみ。
「川原さん、それどうしたんですか?」
「これ移動させるんですけど――。」
川原が歩く。
しかし景品が大きすぎて、前がよく見えていない。
「ちょっと重くて……。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
その瞬間。
「わっ!」
川原の体がよろけた。
「危ない!」
浜谷がすぐに駆け寄る。
巨大な景品を横から支え、川原が転ぶのを防ぐ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!ありがとうございます。」
「これ一人で持ったら危ないですよ。」
「いけると思ったんですけど。」
「僕も持ちます。」
「ありがとうございます!」
浜谷は父親の存在を忘れ、川原と一緒に巨大景品を運んでいく。
少し離れたところから。
父親は、その様子を黙って見ていた。
しばらくして。
浜谷が戻ってくる。
「……まだおったん?」
「おったよ。」
「もう見たやろ?」
「見た。」
「じゃあ帰ってや。」
「そんな邪険にするなって。」
「恥ずかしいねん、ほんまに。」
父親は笑う。
「ちゃんと働いてたじゃん。」
「当たり前や。」
「女の子も助けてたし。」
「そこ見んでええねん!」
浜谷はさらに恥ずかしくなる。
そこへ茂田が通りかかる。
「琉くん。」
「はい!」
茂田は浜谷の隣にいる男性を見る。
「お知り合い?」
浜谷は一瞬、言うか迷った。
「……親父です。」
「お父さん!?」
「こんにちは。」
父親が頭を下げる。
茂田も笑顔で挨拶する。
「いつも琉くんには頑張ってもらってます!」
「そうですか。いつも息子がお世話になってます。」
「やめてや!」
浜谷が割って入る。
「なんで保護者面談みたいになっとんねん!」
茂田が笑う。
「いいお父さんニダ!」
「もう!」
父親も楽しそうに笑っている。
浜谷にとっては、たまったものではない。
「親父。」
「ん?」
「もう帰って。」
「分かった分かった。」
父親はようやく出口へ向かう。
しかし浜谷は、ふと思い出したように呼び止めた。
「ちょっと待って。」
「何?」
「どうせ今日、うち泊まるんやろ?」
父親が振り返る。
「いいの?」
「……。」
浜谷は呆れた顔になる。
「そのつもりやったくせに。」
「バレた?」
「分かるわ。」
父親は笑う。
「じゃあ、夕飯連れてくから。」
浜谷の表情が変わる。
「ほんま?」
「好きなところでいいぞ。」
浜谷はニヤッと笑う。
「高いとこ行くで?」
「急に機嫌良くなったな。」
「そりゃそうやろ。」
「現金なやつ。」
浜谷も笑う。
「ほな、仕事終わったら連絡するわ。」
「分かった。」
今度こそ父親は店を出ていった。
浜谷はその背中を見送る。
「……。」
久しぶりに会った父親。
まさか。
自分の働く姿を見られるとは思っていなかった。
「恥ずかし……。」
浜谷は頭を掻く。
その時。
後ろから川原。
「浜谷さん。」
「はい?」
「さっきの方、お父さんだったんですか?」
「……。」
浜谷が固まる。
「聞いてたんですか?」
「ちょっとだけ。」
「うわぁ……。」
「優しそうなお父さんですね。」
「いやいや。」
浜谷はため息をつく。
「家では普通の親父ですよ。」
川原が笑う。
「でも、浜谷さんが働いてるところ見たかったんじゃないですか?」
「……そうなんですかね。」
少しだけ照れくさい。
浜谷は話を変えるように、巨大な景品を見る。
「それより。」
「はい?」
「あれ、本当に巨大ですね。」
「大きいですよね。」
「親父より存在感ありましたよ。」
「そんなこと言ったら怒られますよ!」
二人が笑う。
阿佐野店への応援勤務が増えた――。
出戻りスタッフ。
息子の職場へ突然現れた――。
中年親父。
そして。
川原が抱えて現れた――。
巨大景品。
三者が偶然そろった、原町中央店の一日。
浜谷にとって一番気になるのは。
巨大景品でも。
突然やってきた父親でもなく――。
「……夕飯、何食おうかな。」
そこだった。