ある日の阿佐野店。
今日は遅番。
浜谷と古坂は、二人で売り場を回っていた。
「琉くん、こっち終わったよー!」
「ありがとうございます!」
古坂はクレーンゲームの景品を手直しすると、次の台へ向かっていく。
浜谷はその姿を何気なく見つめる。
「……。」
ふと。
懐かしい記憶が蘇った。
古坂とは、阿佐野店で出会ったわけではない。
二人が最初に一緒に働いた場所は――。
原町中央店だった。
あの頃。
浜谷はまだ、入ったばかり。
メダルゲームのことなんて右も左も分からなかった。
どのゲーム機を、どこから開けるのか。
メダルをどこへ補充するのか。
どれくらい入れればいいのか。
何も知らない。
そんな浜谷に、一台ずつ教えてくれた人がいた。
当時はまだ結婚前。
名字も違っていた。
大野冨美子。
「浜谷くん、これはここ開けて。」
「はい!」
「メダルはここから入れるの。」
「なるほど……。」
「次こっちね!」
店内中のメダルゲームを回りながら、補充の方法を教えてもらった。
今では当たり前のようにやっている作業。
その始まりには、古坂がいた。
「……懐かしいな。」
浜谷は小さく笑う。
もう一つ。
なぜか妙に覚えている記憶がある。
小瀧の送別会。
そして、大沼、古坂、浜谷の歓迎会を兼ねた食事会。
場所は、しゃぶしゃぶ屋。
浜谷の正面に座っていたのが古坂だった。
テーブルの鍋を囲みながら、古坂が言った。
「私O型だから、野菜もお肉もまとめて入れちゃうね。」
なぜなのか。
その一言を浜谷は今でも覚えている。
もっと大事な会話もあったはずなのに。
なぜか、それだけが妙に頭に残っている。
そして、しばらく経ったある日。
浜谷は勤務表を見た。
「……ん?」
そこにあった名前。
『古坂冨美子』
浜谷は首をかしげた。
「新人?」
知らない名前。
しかし、よく見ると下の名前は冨美子。
「あ。」
結婚したんだ。
そこでようやく気づいた。
大野冨美子から、古坂冨美子へ。
浜谷にとっては、一瞬だけ新人スタッフが増えた日だった。
そして。
原町中央店にも変化が訪れる。
茂田が原町中央店と阿佐野店の兼任店長となることになり、それに伴い――。
古坂は阿佐野店へ異動。
浜谷は学生アルバイト。
原町中央店所属。
古坂は阿佐野店。
勤務する店舗が違えば、もう会うこともほとんどない。
浜谷は、そう思っていた。
それから時が経ち――。
浜谷自身が、阿佐野店へ応援勤務することになった。
そして。
久しぶりに古坂と再会した。
最初はあくまで応援勤務。
たまに行くだけだと思っていた。
それが今では――。
半年以上。
当たり前のように阿佐野店へ来ている。
「……。」
浜谷は目の前の古坂を見る。
原町中央店でメダル補充を教えてくれた人と。
今は阿佐野店で、また一緒に働いている。
考えてみれば、不思議な話だった。
「古坂さん。」
「ん?」
作業中の古坂が振り返る。
浜谷は少し笑う。
「なんか、ふと思ったんですけど。」
「何?」
「僕ら、原町でも一緒に働いてたんですよね。」
古坂も笑う。
「そうだよ。」
「懐かしいね。」
「僕が何も分からない頃、古坂さんにメダル補充の仕方、店内回って全部教えてもらったんですよ。」
古坂が少し考える。
「……そうだっけ?」
「え!?」
「ごめん、覚えてない!」
「古坂さん!」
古坂が笑う。
「だいぶ前じゃん!」
「僕は覚えてますよ!」
「浜谷くん、そういうのよく覚えてるよね。」
「じゃあ、これは覚えてます?」
「何?」
「歓迎会でしゃぶしゃぶ行った時、僕の正面に古坂さん座ってたんですよ。」
「しゃぶしゃぶは覚えてる!」
「そこで古坂さん。」
浜谷は妙に得意げに再現する。
「『私O型だから、野菜もお肉もまとめて入れちゃうね』って。」
「……。」
古坂が浜谷を見る。
「言った?」
「言いましたよ!」
「全然覚えてない!」
「なんで僕だけ覚えてるんですか!」
古坂が大笑いする。
「知らないよ!」
「もっと他に覚えることあったでしょ!」
「僕もそう思います!」
二人で笑う。
浜谷は続ける。
「あと勤務表見て、大野冨美子から古坂冨美子になってた時。」
「うん。」
「一瞬、新人入ったと思いました。」
「それは気づいてよ!」
「下の名前見て気づきました!」
「遅いよ!」
再び笑い声が響く。
浜谷は少しだけ真面目な表情になる。
「でも。」
「古坂さんが阿佐野に異動するってなった時。」
「正直、もう会うことないと思ってました。」
古坂も頷く。
「うん。」
「僕、学生ですし。」
「原町所属ですし。」
「確かに私も。」
古坂は少し考える。
「一番、琉くんには会わないと思ってた。」
「やっぱりですか?」
「学生だし、原町の頃いっぱい話してたわけじゃないし。」
「そうなんですよね。」
だからこそ。
今こうして二人で遅番をしていることが、不思議だった。
浜谷がぽつりと言う。
「それで言ったら、細井さんもそうです。」
「細井さんが阿佐野に異動するってなった時も。」
「もう二度と会うことも、話すこともないんだろうなって思ってました。」
浜谷は店内を見渡す。
「去年の今頃なんて。」
「まさか自分が阿佐野にいるなんて、思ってなかったです。」
「人生分かんないね。」
「ほんとですよ。」
浜谷は少し笑う。
「茂田さんのおかげなんですよね。」
「僕が阿佐野に応援で来るようになって。」
「古坂さんとも再会して。」
「細井さんとも再会して。」
「なんか、不思議な気持ちになりました。」
古坂も微笑む。
「そうだね。」
一度は、もう会わないと思った。
同じ店で働くことなんて、もうないと思った。
それなのに今。
二人は同じ阿佐野店にいる。
「再会できて良かったです。」
浜谷がそう言うと。
古坂も笑った。
「私も。」
その時。
クレーンゲームからお客様に呼ばれる。
「あ、すみませーん!」
浜谷がすぐに振り返る。
「はい!ただいま!」
そして古坂を見る。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
浜谷はお客様のもとへ向かっていく。
古坂は、その背中を見送った。
原町中央店で出会った二人が。
一度離れて。
今度は阿佐野店で、また一緒に働いている。
人との別れは、必ずしも最後とは限らない。
離れたからこそ。
また会えた時に気づくこともある。
あの日の別れがあったから。
今日の再会がある。
そして、その再会は――。
きっと、大正解だった。