ある日の阿佐野店。
バックヤードでは、入荷したばかりの新景品を茂田、古坂、樋口が確認していた。
段ボール箱を開ける。
「新しいぬいぐるみだ。」
古坂が一体を取り出した。
三人が見る。
「……。」
なんとも形容しがたいキャラクターだった。
丸っこい体。
妙に小さな目。
そして何より目立つのが――。
口元から飛び出した、大きな前歯。
「……。」
樋口がぬいぐるみを見つめる。
「何これ?」
古坂も首をかしげる。
「知らない。」
茂田は伝票とぬいぐるみを交互に見る。
「こんなの発注したかな?」
誰一人として、このキャラクターをよく知らない。
しかし、入荷した以上は景品である。
その後、出っ歯のぬいぐるみはクレーンゲームへ展開された。
しばらくして。
「おはようございまーす!」
浜谷が出勤してきた。
着替えを済ませ、さっそくクレーンゲームコーナーの巡回へ向かう。
景品の位置を確認しながら歩いていると――。
「オイ、店員!」
「はい?」
浜谷が振り返る。
そこには、父親と娘の二人組。
父親は明らかに苛立っていた。
「これ、いくらやっても取れないぞ。」
「あ、こちらですか?」
浜谷が見る。
そこにあったのは。
例の出っ歯のぬいぐるみ。
(……なんやこのぬいぐるみ。)
そんなことを思いながらも、浜谷はすぐに接客へ入る。
「今の位置でしたら、ここを狙っていただいて――。」
浜谷がアームを入れるポイントを説明する。
しかし父親は、不機嫌そうに言った。
「それでやっても、どうせアームが離すんだろうがよ。」
「いや、それでも少しずつ動かしていけば――。」
「何回やったと思ってんだよ。」
「……。」
「金返せよ。」
浜谷は困った表情になる。
「申し訳ございません。それはできません……。」
「はぁ?」
空気が重くなる。
すると。
隣にいた娘が父親の前へ出た。
「やめて、お父さん。」
「みっともないよ。」
「……。」
父親が黙る。
娘は浜谷の方を向くと、深く頭を下げた。
「店員さん、すみません。」
「……いえ。」
浜谷は少し驚いた。
まだ若い。
それなのに、しっかり浜谷の目を見て謝っている。
(すごいな……。)
浜谷は心の中で感心する。
(この年で、こんなに礼儀がしっかりしてるのか。)
そして父親を見る。
(……このお父さんのもとで育ってるのに?)
もちろん口には出さない。
娘はクレーンゲームの中にあるぬいぐるみを見る。
「私、このぬいぐるみがすごく欲しくて。」
「はい。」
「何度もやってるんです。」
娘は浜谷を見る。
「だから、コツをたくさん教えてください!」
先ほどとは打って変わって、浜谷も笑顔になる。
「もちろんです!」
浜谷は筐体の前へ。
「まず、今の位置だったらここですね。」
「ここですか?」
「はい。ただ、いきなり持ち上げようとするより――。」
浜谷が景品を指さす。
「このアームをここに当てて、少しずつ動かしてみてください。」
「なるほど。」
「それで、次にここまで来たら――。」
浜谷はさらに説明する。
「アームをこの辺りに入れて、ここを滑らせる感じです。」
「分かりました!」
娘がプレイする。
アームが動く。
「もうちょっと右です!」
「ここ?」
「そこです!」
ボタンを離す。
アームが下がる。
ぬいぐるみに当たり――。
少し動いた。
「あ!」
「いいですよ!」
もう一度。
浜谷も横で見守る。
「次、さっき言ったところ狙ってみましょう。」
「はい!」
アームが下がる。
ぬいぐるみが大きく動く。
そして――。
ゴトン。
「あっ!」
景品が落ちた。
GET!
「やった!」
娘が満面の笑みを浮かべる。
「取れた!」
浜谷も笑う。
「おめでとうございます!」
娘は景品口からぬいぐるみを取り出す。
大きな前歯が特徴的な、謎のぬいぐるみ。
娘は大事そうに抱きしめた。
「店員さん、ありがとうございました!」
「いえいえ!取れてよかったです。」
「本当にありがとうございます!」
娘はもう一度、浜谷に頭を下げた。
父親は少し気まずそうな表情を浮かべながら、その後ろに立っている。
二人はそのまま店を後にした。
浜谷は親子の背中を見送る。
「……。」
立派な娘さんだった。
あれだけ父親が怒っていたのに、店員にきちんと謝り、自分は冷静にコツを聞いた。
そして最後には、ちゃんとお礼まで。
浜谷は少し感心しながら、再びクレーンゲームを見る。
「……。」
そこで。
根本的な疑問が蘇る。
浜谷は、残っている景品を一体持ち上げる。
「しかし……。」
真正面から見る。
やっぱり。
ものすごい出っ歯。
「このぬいぐるみ、何?」
古坂が通りかかる。
「私も知らない。」
「古坂さんも知らないんですか?」
「知らない。」
樋口もやってくる。
「でも欲しがってたんでしょ?」
「めちゃくちゃ欲しがってました。」
浜谷はぬいぐるみをもう一度見る。
「……流行ってんの?」
茂田も近づいてくる。
「知らないニダ。」
四人が並んで。
出っ歯のぬいぐるみを見る。
「……。」
結局。
誰一人として。
そのぬいぐるみが何者なのかは分からなかった。