原町中央店。
浜谷はクレーンゲームコーナーをゆっくりと巡回していた。
景品の位置を確認しながら、エラー表示が出ていないか一台ずつ見ていく。
「今日は特にエラーも出ないなぁ」
珍しく平和だった。
メダルゲームから呼ばれることもない。
クレーンゲームで機械トラブルが起きることもない。
こんな日もあるんだな。
そんなことを思っていた時だった。
「浜谷くん」
「はい?」
振り返ると、石村が立っていた。
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
石村がクレーンゲームコーナーを指さす。
「景品の数、数えてもらっていい?」
「景品?」
「うん。何台かあるから、中に入ってる数を確認してほしい」
浜谷は頷いた。
「わかりました!」
こうして浜谷は、数台のクレーンゲームに入っている景品の在庫確認を始めた。
一台目。
「一、二、三、四……」
奥に重なっている景品も確認する。
「五、六、七……」
その時。
「すみませーん!」
「はい!」
お客さんに呼ばれた。
浜谷は数えるのを中断して向かう。
「これ、もう少し取りやすくできますか?」
「確認しますね」
景品の位置を直し、再び元の台へ。
「えーっと……」
どこまで数えたっけ。
「…………最初からやるか」
一、二、三、四――。
「すみませーん!」
「はい!」
また呼ばれた。
対応して戻る。
「…………」
浜谷は景品を見る。
「ん〜! 今数えとる……」
もちろん、お客さんが悪いわけではない。
呼ばれれば行く。
それが仕事である。
ただ――数えている時に限って呼ばれる。
「一、二、三、四、五……」
「店員さーん!」
「はい!」
また中断。
「九、十、十一……」
「すみませーん!」
「はい!」
また中断。
そんな浜谷の姿を、近くを通った大沼が見ていた。
「浜谷くん、さっきから同じところ行ったり来たりしてない?」
「景品数えてるんですけど、数えるたびに呼ばれるんですよ」
「ああ……」
大沼は少し笑った。
「頑張って」
「頑張ります……」
さらに時間が経つ。
数える。
呼ばれる。
戻る。
また数える。
気がつけば――。
「えっ」
浜谷が時計を見る。
退勤まで、あと三十分。
「あと三十分!?」
思ったより時間がない。
しかも今月、茂田から言われている。
『今月は絶対に残業しないでね!』
その言葉が頭の中に蘇る。
「残業してキリいいとこまでやりたい……」
しかし、ダメである。
残業するなと言われている。
だったら時間内に終わらせるしかない。
そこへ石村がやってきた。
「浜谷くん、終わりそう?」
「終わらせます!」
即答した。
しかし、すぐに現実を見る。
「けど、多分終わりません……」
「どっち?」
「できる限りやります! 途中だったら引き継ぎお願いします!」
「わかった」
残り三十分。
浜谷は一気に速度を上げた。
一台。
二台。
景品の種類と個数を確認し、紙に記入。
残り十五分。
「一、二、三、四、五、六、七、八……!」
とんでもない勢いで数えていく。
だが、雑にはしない。
間違えたら意味がない。
速く。
そして正確に。
そこへ藤屋が通りかかった。
「浜谷くん、何をそんなに急いでるの?」
「あと十五分しかないんです!」
「何が?」
「俺の勤務時間が!」
藤屋が時計を見る。
「ああ、もうそんな時間なんだ」
「今月残業禁止なんですよ!」
言い終わると同時に浜谷は次の台へ向かった。
「忙しそう……」
残り七分。
クレーンゲームコーナー。
倉庫。
クレーンゲームコーナー。
倉庫。
浜谷は何度も行き来する。
「これが……こっちの在庫で……!」
確認。
記入。
また売り場へ。
「浜谷くん、走らないでね」
大沼に言われる。
「走ってません! 早歩きです!」
「ほぼ走ってるよ」
時間がない。
今、何分?
あと何分ある?
時計を見る余裕すらなくなっていた。
もはや浜谷の頭の中は、景品の数と残り時間でいっぱいだった。
ちんぷんかんぷん。
いや。
今の浜谷にとっては――。
ちんぷんかん分。
そして残り一分。
倉庫。
「これで……これと……これ!」
怒涛の勢いで確認を終えた浜谷は、数え終わったクレーンゲームの台の紙を並べる。
そして印鑑を手に取った。
「よし!」
ポン!
ポン!
ポン!
ポン!
数え終えた紙へ次々と印鑑を押していく。
「あとこれと……!」
時計の針が進む。
退勤時間。
「…………」
浜谷の手が止まった。
終わらなかった。
あと少し。
本当に、あと少しだった。
浜谷は未練たっぷりに残った紙を見る。
「……残業していいですか?」
近くにいた石村が首を横に振った。
「ダメでしょ」
「ですよね……」
浜谷は諦めた。
「石村さん、すみません。ここまで終わってます。残りお願いします」
「はい、お疲れさま」
「お願いします……!」
浜谷は名残惜しそうに倉庫を出る。
あれだけ急いだ。
あれだけ数えた。
クレーンゲームコーナーと倉庫を何度も往復した。
それでも、間に合わなかった。
退勤処理を済ませた浜谷のところへ、大沼と藤屋がやってくる。
「終わった?」
大沼が聞く。
浜谷は静かに首を横に振った。
「終わりませんでした……」
藤屋が笑う。
「ずっと急いでたのにね」
「最後の方、もう何分残ってるのかも分かんなかったです」
「ちんぷんかんぷん?」
大沼が言う。
浜谷は少し考えた。
「いや……」
時計を見る。
「ちんぷんかん分です」
「何それ?」
「俺も分かりません」
結局、最後までちんぷんかんぷんだった。