ようこそ!ゲームセンター『ファンステージ』へ!   作:君脇玲

157 / 159
ちんぷんかん分

原町中央店。

 

浜谷はクレーンゲームコーナーをゆっくりと巡回していた。

 

景品の位置を確認しながら、エラー表示が出ていないか一台ずつ見ていく。

 

「今日は特にエラーも出ないなぁ」

 

珍しく平和だった。

 

メダルゲームから呼ばれることもない。

 

クレーンゲームで機械トラブルが起きることもない。

 

こんな日もあるんだな。

 

そんなことを思っていた時だった。

 

「浜谷くん」

 

「はい?」

 

振り返ると、石村が立っていた。

 

「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

 

「なんですか?」

 

石村がクレーンゲームコーナーを指さす。

 

「景品の数、数えてもらっていい?」

 

「景品?」

 

「うん。何台かあるから、中に入ってる数を確認してほしい」

 

浜谷は頷いた。

 

「わかりました!」

 

こうして浜谷は、数台のクレーンゲームに入っている景品の在庫確認を始めた。

 

一台目。

 

「一、二、三、四……」

 

奥に重なっている景品も確認する。

 

「五、六、七……」

 

その時。

 

「すみませーん!」

 

「はい!」

 

お客さんに呼ばれた。

 

浜谷は数えるのを中断して向かう。

 

「これ、もう少し取りやすくできますか?」

 

「確認しますね」

 

景品の位置を直し、再び元の台へ。

 

「えーっと……」

 

どこまで数えたっけ。

 

「…………最初からやるか」

 

一、二、三、四――。

 

「すみませーん!」

 

「はい!」

 

また呼ばれた。

 

対応して戻る。

 

「…………」

 

浜谷は景品を見る。

 

「ん〜! 今数えとる……」

 

もちろん、お客さんが悪いわけではない。

 

呼ばれれば行く。

 

それが仕事である。

 

ただ――数えている時に限って呼ばれる。

 

「一、二、三、四、五……」

 

「店員さーん!」

 

「はい!」

 

また中断。

 

「九、十、十一……」

 

「すみませーん!」

 

「はい!」

 

また中断。

 

そんな浜谷の姿を、近くを通った大沼が見ていた。

 

「浜谷くん、さっきから同じところ行ったり来たりしてない?」

 

「景品数えてるんですけど、数えるたびに呼ばれるんですよ」

 

「ああ……」

 

大沼は少し笑った。

 

「頑張って」

 

「頑張ります……」

 

さらに時間が経つ。

 

数える。

 

呼ばれる。

 

戻る。

 

また数える。

 

気がつけば――。

 

「えっ」

 

浜谷が時計を見る。

 

退勤まで、あと三十分。

 

「あと三十分!?」

 

思ったより時間がない。

 

しかも今月、茂田から言われている。

 

『今月は絶対に残業しないでね!』

 

その言葉が頭の中に蘇る。

 

「残業してキリいいとこまでやりたい……」

 

しかし、ダメである。

 

残業するなと言われている。

 

だったら時間内に終わらせるしかない。

 

そこへ石村がやってきた。

 

「浜谷くん、終わりそう?」

 

「終わらせます!」

 

即答した。

 

しかし、すぐに現実を見る。

 

「けど、多分終わりません……」

 

「どっち?」

 

「できる限りやります! 途中だったら引き継ぎお願いします!」

 

「わかった」

 

残り三十分。

 

浜谷は一気に速度を上げた。

 

一台。

 

二台。

 

景品の種類と個数を確認し、紙に記入。

 

残り十五分。

 

「一、二、三、四、五、六、七、八……!」

 

とんでもない勢いで数えていく。

 

だが、雑にはしない。

 

間違えたら意味がない。

 

速く。

 

そして正確に。

 

そこへ藤屋が通りかかった。

 

「浜谷くん、何をそんなに急いでるの?」

 

「あと十五分しかないんです!」

 

「何が?」

 

「俺の勤務時間が!」

 

藤屋が時計を見る。

 

「ああ、もうそんな時間なんだ」

 

「今月残業禁止なんですよ!」

 

言い終わると同時に浜谷は次の台へ向かった。

 

「忙しそう……」

 

残り七分。

 

クレーンゲームコーナー。

 

倉庫。

 

クレーンゲームコーナー。

 

倉庫。

 

浜谷は何度も行き来する。

 

「これが……こっちの在庫で……!」

 

確認。

 

記入。

 

また売り場へ。

 

「浜谷くん、走らないでね」

 

大沼に言われる。

 

「走ってません! 早歩きです!」

 

「ほぼ走ってるよ」

 

時間がない。

 

今、何分?

 

あと何分ある?

 

時計を見る余裕すらなくなっていた。

 

もはや浜谷の頭の中は、景品の数と残り時間でいっぱいだった。

 

ちんぷんかんぷん。

 

いや。

 

今の浜谷にとっては――。

 

ちんぷんかん分。

 

そして残り一分。

 

倉庫。

 

「これで……これと……これ!」

 

怒涛の勢いで確認を終えた浜谷は、数え終わったクレーンゲームの台の紙を並べる。

 

そして印鑑を手に取った。

 

「よし!」

 

ポン!

 

ポン!

 

ポン!

 

ポン!

 

数え終えた紙へ次々と印鑑を押していく。

 

「あとこれと……!」

 

時計の針が進む。

 

退勤時間。

 

「…………」

 

浜谷の手が止まった。

 

終わらなかった。

 

あと少し。

 

本当に、あと少しだった。

 

浜谷は未練たっぷりに残った紙を見る。

 

「……残業していいですか?」

 

近くにいた石村が首を横に振った。

 

「ダメでしょ」

 

「ですよね……」

 

浜谷は諦めた。

 

「石村さん、すみません。ここまで終わってます。残りお願いします」

 

「はい、お疲れさま」

 

「お願いします……!」

 

浜谷は名残惜しそうに倉庫を出る。

 

あれだけ急いだ。

 

あれだけ数えた。

 

クレーンゲームコーナーと倉庫を何度も往復した。

 

それでも、間に合わなかった。

 

退勤処理を済ませた浜谷のところへ、大沼と藤屋がやってくる。

 

「終わった?」

 

大沼が聞く。

 

浜谷は静かに首を横に振った。

 

「終わりませんでした……」

 

藤屋が笑う。

 

「ずっと急いでたのにね」

 

「最後の方、もう何分残ってるのかも分かんなかったです」

 

「ちんぷんかんぷん?」

 

大沼が言う。

 

浜谷は少し考えた。

 

「いや……」

 

時計を見る。

 

「ちんぷんかん分です」

 

「何それ?」

 

「俺も分かりません」

 

結局、最後までちんぷんかんぷんだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。