阿佐野店。
朝。
「おはようございまーす」
浜谷が出勤してきた。
いつも通りの浜谷。
――に、見えた。
「おはよう、浜谷くん」
古坂が声をかける。
すると浜谷は立ち止まった。
「…………」
「?」
古坂を見る。
そして、なぜか深々と頭を下げた。
「はまの助でごぜぇやす!」
「…………は?」
古坂が固まった。
「何?」
「ですから」
浜谷は胸に手を当てる。
「浜谷琉改め、はまの助でごぜぇやす!」
「朝から何言ってんの?」
「へい!」
「返事だけいいな」
そこへ細井がやってきた。
「浜谷くん、おはよ」
「はまの助でごぜぇやす!」
「え?」
「本日、あっしの名は、はまの助でごぜぇやす!」
細井は古坂を見る。
「……どうしたの?」
「知らない。出勤した時からこれ」
「なんで?」
「知らないって」
浜谷――いや、はまの助は制服に着替えると、いつも通りクレーンゲームコーナーへ向かった。
ただし。
「へい! 巡回行ってまいりやす!」
「普通に行ってきて」
「かしこまりやした!」
「なんなの今日」
細井は笑っていた。
しばらくして。
クレーンゲームコーナー。
「すみません」
お客さんに呼ばれた。
「へい!」
はまの助が駆けつける。
「この景品、どうやったら取れますか?」
「なるほど」
浜谷は筐体を見る。
そして腕を組んだ。
「こいつぁ、なかなか手強い景品でごぜぇやすねぇ」
「……はい?」
「ですが、ご安心くだせぇ!」
浜谷は景品を指さす。
「この辺りを狙っていただきやすと、動きやすいかと!」
「あ、ありがとうございます……」
「へい! ご武運を!」
お客さんは若干困惑しながらプレイを再開した。
そこへ樋口が通りかかる。
「浜谷くん」
「はまの助でごぜぇやす!」
「何それ?」
「本日のあっしの名でごぜぇやす!」
「本日限定なんだ」
さらに高村。
「浜谷くーん、ちょっとこれ運ぶの手伝って!」
「へい! はまの助にお任せくだせぇ!」
「はまの助?」
大澤までやってくる。
「浜谷くん、これ」
「はまの助でごぜぇやす!」
「……浜谷くん」
「はまの助でごぜぇやす!」
「浜谷くん」
「…………」
浜谷が大澤を見る。
大澤も浜谷を見る。
「……へい」
「浜谷くん」
「はまの助でごぜぇやす!」
「頑固」
その頃には、阿佐野店スタッフの間で情報が共有されていた。
――今日の浜谷は、はまの助。
理由は不明。
昼過ぎ。
「おつかれさまぁ〜ず!」
茂田がやってきた。
「お疲れ様です!」
古坂たちが挨拶する。
浜谷も振り返る。
「おぉ!」
茂田が手を振った。
「琉くん、お疲れー!」
「…………」
浜谷が茂田を見る。
「?」
「店長さん」
「はい?」
浜谷は姿勢を正した。
「琉くんなんて男は、ここにはいやせん」
「え?」
「ここにいるのは――」
胸を張る。
「はまの助でごぜぇやす!」
「…………」
茂田が古坂を見る。
古坂は首を横に振った。
「朝からずっとこれ」
「なんで?」
「誰も知らない」
茂田は浜谷を見る。
「はまの助?」
「へい!」
「琉くん?」
「はまの助でごぜぇやす!」
「浜谷くん?」
「はまの助でごぜぇやす!」
「はまの助?」
「へい!」
「面白い!」
「受け入れた!」
古坂がツッコんだ。
そして午後。
一人のお客さんがクレーンゲームに苦戦していた。
狙っているのは、赤い衣装を着た大きなぬいぐるみ。
何度挑戦しても取れない。
「はまの助ー!」
細井が呼ぶ。
「へい!」
「お客様、アドバイスお願い!」
「かしこまりやした!」
浜谷は筐体へ向かう。
景品の位置を見る。
「ふむ……」
赤いぬいぐるみ。
浜谷の目が鋭くなる。
「こいつぁ……」
「取れますか?」
お客さんが尋ねる。
浜谷は静かに頷いた。
「取れやす」
「本当ですか?」
「へい」
アームの位置を確認する。
「次は右側を狙ってくだせぇ。少しずつ寄せていきやしょう」
お客さんが挑戦する。
動いた。
「おっ!」
もう一度。
さらに動く。
「いい感じでごぜぇやす!」
そして――。
ゴトン!
「取れた!」
「お見事!」
浜谷が拍手する。
周囲にいた細井たちも拍手した。
「よかったですね!」
お客さんは嬉しそうに赤いぬいぐるみを抱える。
「ありがとうございます、はまの助さん!」
「へい!」
浜谷は満足そうに頷いた。
「景品とって――」
赤いぬいぐるみを見る。
「紅でごぜぇやす!」
「何それ?」
細井が笑った。
古坂も呆れながら笑う。
「一日中そのキャラ続けるつもり?」
「へい!」
「疲れないの?」
「…………」
浜谷が一瞬黙る。
「ちょっと疲れてきやした」
「やっぱり!」
夕方。
休憩室。
浜谷は椅子に座っていた。
細井がやってくる。
「はまの助、お疲れ」
「…………」
浜谷が顔を上げる。
「浜谷です」
「戻った!」
「もう限界です」
「何だったの、今日?」
「分かりません」
「自分で始めたんでしょ?」
「朝起きた時、なんとなく今日は『はまの助』やなって」
「どういう目覚め方したの?」
浜谷は机に突っ伏した。
「もう二度とやりません……」
そこへ茂田が顔を出す。
「はまの助ー!」
浜谷は顔を上げた。
「浜谷です!」
「はまの助!」
「浜谷!」
「はまの助!」
「浜谷ですって!」
古坂まで顔を出す。
「はまの助、これお願い」
「古坂さんまで!?」
樋口もやってくる。
「はまの助ー」
「やめてください!」
高村。
「はまの助!」
「もう浜谷に戻ったんです!」
大澤。
「はまの助」
「大澤さんまで!?」
完全に定着してしまった。
たった一日。
理由もなく突然現れ、阿佐野店をかき回した謎の男。
その名は――。
はまの助。
「だから浜谷ですって!!!」
はまの助一座。
本日、こけら落としが千秋楽でごぜぇやす。