阿佐野店。
今日は朝から、明らかにおかしかった。
「すみませーん!」
「あ、はい! ただいま伺います!」
浜谷がクレーンゲームコーナーへ走る。
その途中。
「店員さん、これ取れなくて」
「少々お待ちください! 順番に伺います!」
さらに向こうから。
「すみません!」
「はい!」
また別のお客さん。
浜谷は一度立ち止まり、周囲を見回した。
「……今日どうなってんの?」
まだ午前中。
なのに、店内はかなりの賑わいだった。
カウンターでは茂田が対応に追われている。
「はい! こちらですね! 少々お待ちください!」
古坂はクレーンゲームのアシスト。
樋口も別の筐体でお客さんの対応中。
そして浜谷も、さっきから店内を行ったり来たりしていた。
「浜谷くーん!」
古坂が呼ぶ。
「はい!」
「こっちお願いしていい?」
「行きます!」
向かおうとした瞬間。
「すみませーん!」
別方向から呼ばれる。
浜谷が止まった。
右を見る。
左を見る。
「…………」
一瞬、天井を見上げた。
そしてボソッと呟く。
「誰かがローデンポーツの引き金引いたんだ……」
古坂が聞き返す。
「何?」
「誰かがローデンポーツの引き金を引いたんですよ」
「何言ってんの?」
「じゃないと説明つかないです」
「何が?」
「この忙しさが!」
浜谷は真剣だった。
「誰かが引いたんです。ローデンポーツの引き金を」
「そもそもローデンポーツって何?」
「ローデンポーツですよ!」
「だからそれが何!?」
ローデンポーツとは一体なんのことなんだろうか。
今日の阿佐野店が忙しいこととは、関係があるのだろうか。
「ローデンポーツに引き金なんてあるの?」
「あるんじゃないですか?」
「知らないんかい!」
そこへ茂田がやってきた。
「琉くん!」
「はい!」
「ちょっとカウンターお願いしてもいい?」
「分かりました!」
浜谷が向かおうとする。
だが茂田が続けた。
「その前に、さっきローデンポーツって聞こえたんだけど」
「誰かが引き金を引いたんです」
「ローデンポーツの?」
「はい」
「やっぱり…」
古坂が茂田を見る。
「納得しないでよ!」
「だって今日忙しいから!」
「ローデンポーツ関係ないでしょ!」
「じゃあ何の引き金なの?」
「知らないよ!」
そこへ樋口が戻ってきた。
「何の話?」
古坂が答える。
「浜谷くんが、今日忙しいのは誰かがローデンポーツの引き金を引いたからだって」
「…………」
樋口が浜谷を見る。
「ローデンポーツ?」
「はい」
「ことわざの?」
「はい」
「引き金?」
「はい」
「…………」
樋口は少し考えた。
「ローデンポーツに引き金なんてあったっけ?」
「分からないです」
浜谷自身にも分からなかった。
ただ、忙しすぎて頭に浮かんだ言葉がそれだった。
「もういいから仕事戻ろ!」
古坂の一言で全員散っていく。
しかし。
その後も忙しさは収まらなかった。
「浜谷くん!」
「はい!」
「琉くん!」
「はい!」
「浜谷くーん!」
「今行きます!」
クレーンゲーム。
カウンター。
景品補充。
問い合わせ。
またクレーンゲーム。
「うおおお……」
浜谷が景品倉庫から戻ってくる。
古坂とすれ違った。
「まだローデンポーツ?」
「まだ引き金引きっぱなしです」
「戻してもらって」
「誰が引いたか分からないんですよ!」
「知らないよ!」
昼過ぎ。
ようやく店内が少し落ち着いた。
浜谷はカウンターの横で一息ついた。
「…………」
茂田がやってくる。
「落ち着いたねぇ」
「落ち着きましたね……」
古坂も頷く。
「朝すごかったね」
樋口も戻ってきた。
「ずっと呼ばれてたもんね」
浜谷は静かに店内を見渡した。
先ほどまでの慌ただしさが嘘のようだった。
そして。
「……誰かが引き金から手を離したんだ」
「まだ言ってる!」
古坂が笑った。
茂田も笑う。
「よかったね、ローデンポーツ」
「はい」
樋口が尋ねる。
「結局、誰が引いたの?」
浜谷は少し考える。
「…………」
店内を見渡す。
そして真顔で答えた。
「分かりません」
「じゃあ何だったの、この話」
「俺にも分かりません」
朝から大忙しだった阿佐野店。
その原因は、休日だからなのか。
たまたまお客さんが集中しただけなのか。
それとも本当に――。
誰かがローデンポーツの引き金を引いたのか。
真相は誰にも分からない。
そもそも。
ローデンポーツに引き金など存在しない。
「……誰が引いたんやろ」
「だからないって!」
阿佐野店に放たれた謎の一言。
それが、この日の新たな引き金となった。