休日。
浜谷は長北と、とある場所へやってきていた。
「いやー、楽しみだな」
長北がチケットを眺めながら言う。
「サーカスなんて初めてだわ」
「俺も初めてやわ」
巨大なテント。
その中には大勢の観客。
今日は二人でサーカスを見に来たのだ。
仕事とは無関係。
原町中央店でもない。
阿佐野店でもない。
完全なる休日である。
浜谷と長北が席に座ると、やがて場内が暗くなった。
軽快な音楽が流れ始める。
スポットライトがステージ中央を照らした。
「お、始まるぞ!」
長北が身を乗り出す。
浜谷もステージを見る。
最初に現れたのは――。
二人のピエロ。
派手な衣装。
真っ白な顔。
大きな帽子。
観客に向かって大げさに手を振っている。
「…………」
浜谷が目を細める。
「どうした?」
「いや……」
一人のピエロが観客に向かってポーズを決めた。
もう一人がそれを見て笑っている。
浜谷はさらに目を凝らした。
「……茂田さん?」
「は?」
「もう一人……古坂さん?」
長北がステージを見る。
「知り合い?」
「いやいやいやいや! そんなわけないやろ!」
休日に見に来たサーカスに、職場の店長と先輩がピエロとして出演している。
そんなことがあるはずがない。
「似てるだけやろ」
「そうか?」
「そうやって!」
浜谷は自分に言い聞かせる。
続いて始まったのは綱渡り。
高い場所に張られた一本の綱。
そこへ三人の女性が現れる。
浜谷が固まった。
「…………」
「またどうした?」
「矢水さんと……」
一人。
「大澤さんと……」
二人。
「高村さん……」
三人。
三人は見事なバランス感覚で綱の上を進んでいく。
観客から歓声が上がる。
「すげぇ!」
長北が拍手する。
浜谷はそれどころではない。
「何してんの、あの人たち……」
次はジャグリング。
大量のボールやクラブが宙を舞う。
それを華麗に操る二人。
「日村さん!?」
浜谷が叫ぶ。
その隣には――。
「高崎さんまで!?」
二人は笑顔で次々と道具を投げ合う。
一度も落とさない。
「上手すぎるやろ!」
「知り合い多いな、お前」
「多いとかいう次元ちゃうやろ!」
「なんでサーカスにファンステの人たちおるねん!」
続いてアクロバット。
三人の出演者が走り込んでくる。
「藤屋さん!」
回転。
「石村さん!」
宙返り。
「川原ぁ!?」
三人が次々と華麗な技を決めていく。
「石村さん、そんな動けたん!?」
浜谷の驚くポイントが少しずれていた。
長北は楽しそうに拍手している。
「お前の職場、サーカスもやってんの?」
「やってるか!」
そして――。
場内が暗くなる。
天井近くにスポットライト。
現れたのは空中ブランコ。
「まさか……」
浜谷は嫌な予感がした。
二人の女性がブランコに乗る。
「大沼さん……」
一人が勢いよく飛ぶ。
反対側からもう一人。
「細井さん!?」
二人の手が空中でガッチリとつながる。
観客から大歓声。
浜谷も思わず立ち上がった。
「すげぇぇぇ!!!」
「お前も普通に楽しんでんじゃん」
「いや、これはすごいやろ!」
大沼と細井は華麗に空中を舞い、見事に着地。
浜谷は拍手を送る。
「細井さんそんなことできたんや……」
「もう何でもありだな」
そして次の演目。
ステージ中央に大きな檻が運ばれてきた。
「猛獣ショーだってよ」
「へえ」
長北がプログラムを見る。
檻の前に現れた二人の猛獣使い。
「相馬さんと樋口さん!?」
「会ったことないやろこの2人…」
浜谷はもう驚くのにも疲れてきていた。
相馬と樋口が鞭を手に、堂々とステージ中央に立つ。
そして。
檻が開いた。
暗闇の中から巨大なライオンがゆっくりと姿を現す。
浜谷が息を呑む。
「ほんまもんのライオンや……」
次の瞬間。
ライオンが大きく口を開いた。
「おぅ」
「…………」
浜谷が固まった。
「おぅ」
もう一度。
浜谷は立ち上がった。
「山神さんと同じ!?」
長北が浜谷を見る。
「何が?」
「鳴き声! 山神さんの口癖の『おぅ』と全く同じや!」
「知らねぇよ!」
猛獣は再び鳴く。
「おぅ」
「絶対山神さんやん!」
「猛獣だろ!」
「姿は猛獣なのに声だけ山神さんなんやって!」
「だから山神さん知らねぇって!」
相馬と樋口は何事もなかったように猛獣を操っている。
そしてショーはいよいよフィナーレ。
これまで出演した団員たちが全員ステージへ集まってきた。
そして、後ろから聞こえる。
「おぅ」
「やっぱりいる!」
浜谷は頭を抱えた。
全員、ファンステの人間。
「どうなってんねん、このサーカス……」
しかし、パフォーマンスは圧巻だった。
浜谷もいつの間にか夢中になり、大きな拍手を送っていた。
「すげぇ……!」
その時。
ステージ中央にいた茂田ピエロが、客席の浜谷を見つけた。
ニヤッ。
嫌な予感。
茂田ピエロが大きく手を振る。
「琉くーん!」
「え?」
「琉くんもこっちおいでよ!」
「ええ!?」
スポットライトが浜谷を照らす。
観客全員の視線が集まる。
「ちょっと待ってください! 俺何もできませんよ!」
古坂ピエロも手招きする。
細井と大沼も笑顔で手を振っている。
川原も呼んでいる。
「無理無理無理!」
長北が浜谷の背中を押した。
「行ってこいよ」
「行けるか!」
「琉くーん!」
「浜谷くーん!」
「おぅ」
「山神さんまで呼ばないでください!!!」
「山神さんじゃないけど!!」
浜谷が必死に抵抗する。
しかし、なぜか体が勝手にステージへ――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
浜谷は目を開けた。
「…………」
天井。
見慣れた天井。
自分のアパートだった。
「…………夢?」
ベッドの上。
サーカスもない。
長北もいない。
茂田ピエロもいない。
空中ブランコをする細井もいない。
浜谷はしばらく天井を見つめた。
「なんちゅう夢や……」
休日なのに、夢の中までファンステの人間だらけ。
浜谷は寝返りを打つ。
「俺、仕事のこと考えすぎなんかな……」
目を閉じる。
静かな部屋。
その時。
夢の中の猛獣の声が、なぜか頭の中に蘇った。
『おぅ』
「…………」
浜谷は布団を頭までかぶった。
「山神さんだけ猛獣だったの何なん……」