原町中央店。
朝。
「これ、今日からの景品?」
高崎がカウンターに置かれた箱を覗き込んだ。
「そうみたいですね」
川原が箱を開ける。
中から出てきたのは、色とりどりのスクイーズ。
パン。
ケーキ。
果物。
動物。
様々な形をしたスクイーズがぎっしり入っている。
高崎が一つ手に取った。
「柔らかーい!」
むにゅ。
「これずっと触ってられるね」
むにゅむにゅ。
相馬も手に取る。
「本物のパンみたい」
「触り心地いいですね」
石村まで触り始める。
むにゅ。
むにゅ。
むにゅ。
気づけばカウンター周辺にいたスタッフ全員がスクイーズを触っていた。
そこへ。
「おはようございまーす」
浜谷が出勤してきた。
「浜谷くん!」
高崎が手招きする。
「これ触ってみて!」
「何ですか?」
浜谷が差し出されたスクイーズを受け取る。
むにゅ。
「…………」
もう一度。
むにゅむにゅ。
「いいですね、これ」
「でしょ?」
「ずっと触ってられる」
結局、浜谷も同じだった。
しばらくして。
カウンター。
浜谷はスクイーズを一つ手にしていた。
むにゅ。
戻る。
むにゅ。
戻る。
「…………」
完全にハマっていた。
その隣には内藤。
浜谷と内藤は、まだほとんど話したことがない。
以前、一度軽く挨拶をした程度だった。
少しだけ気まずい沈黙。
浜谷はスクイーズを触る。
むにゅ。
「……これ」
内藤が口を開いた。
「触り心地いいですね」
「あ、ですよね」
浜谷が笑う。
「なんか、ずっと触っちゃいますね」
「分かります」
内藤も別のスクイーズを手に取った。
むにゅ。
「戻るの遅いですね」
「そこがいいんですよ、多分」
「なるほど」
二人でスクイーズを見る。
むにゅ。
むにゅ。
「内藤さんって、原町はもう慣れました?」
浜谷が尋ねる。
「ぼちぼちです。覚えること多くて」
「ですよね。僕も最初そうでした」
「浜谷さんは今、阿佐野店によく行ってるんですよね?」
「そうですね。最近は阿佐野にいることの方が多いです」
「じゃあ、あんまり会わないですね」
「そうなんですよ」
むにゅ。
「…………」
むにゅ。
「なんかスクイーズ触りながら話すと、ちょっと話しやすいですね」
内藤が笑う。
「確かに!」
「あの…」
「僕ファンステ歴は長いですけど、年下なのでタメ口で大丈夫ですよ!」
「わかった!よろしくね!琉くん!」
「いきなり下の名前ですか!?」
まだほとんど知らない二人。
しかしスクイーズのおかげで、ほんの少しだけ距離が縮まった。
その後。
浜谷はクレーンゲームコーナーを巡回していた。
「…………」
一組の親子が目に入った。
母親と、小学生くらいの男の子。
何やら揉めている。
「もうやらないって言ったでしょ!」
「でも取れそうなんだもん!」
「さっき最後って言ったじゃない!」
「あと一回!」
「ダメ!」
男の子が不満そうに筐体を見る。
「お母さんのケチ!」
「そんな言い方しないの!」
浜谷は少し離れた場所から様子を見ていた。
(あーあ、今日もバトってんな)
接客が必要な状況ではない。
親子の問題だ。
浜谷はそのまま巡回を続けた。
数分後。
再び同じ場所を通る。
親子はまだいた。
しかし。
先ほどとは様子が違った。
男の子が小さな声で言う。
「……ごめんなさい」
母親も少し表情を緩めた。
「お母さんも怒りすぎたね。ごめんね」
「うん」
「今日はもう終わり。また今度ね」
「分かった」
男の子が頷く。
すると母親が男の子の頭を軽く撫でた。
男の子も笑う。
そして二人は並んで歩いていった。
浜谷はその後ろ姿を見送った。
「…………」
少し前まで喧嘩していたのに。
今はもう、いつもの親子に戻っている。
「すごいな……」
浜谷が小さく呟いた。
夕方。
川原が景品の補充をしていた。
そこへ浜谷がやってくる。
手には、またスクイーズ。
「まだ触ってるんですか?」
「なんか癖になるんですよ」
むにゅ。
川原が笑う。
「気に入りすぎでしょ」
浜谷はスクイーズを握った。
ぎゅっ。
形が崩れる。
そして手を離す。
ゆっくり。
ゆっくり。
元の形へ戻っていく。
浜谷はそれを見つめた。
「…………」
「どうしたんですか?」
「いや」
浜谷は先ほどの親子を思い出した。
「さっき、親子が喧嘩してたんですよ」
「へえ」
「結構怒ってて」
「大丈夫だったんですか?」
「はい。ちょっとしたら仲直りしてました」
「よかったですね」
浜谷は手元のスクイーズを見る。
もう一度握る。
ぐにゃり。
そして。
また元の形へ戻っていく。
「親子愛って、こんなスクイーズみたいな感じなのかもですね」
「…………」
川原が浜谷を見る。
「どういうことですか?」
「喧嘩して」
浜谷がスクイーズを握る。
「一回ぐちゃってなっても」
手を離す。
スクイーズはゆっくり元の形へ戻っていく。
「なんだかんだ、また元に戻るというか」
川原はスクイーズを見る。
そして少し笑った。
「珍しくいいこと言いますね」
「珍しくって何ですか!」
「普段が普段だから」
「失礼だな!」
そこへ高崎が通りかかった。
「あ! 浜谷くんまた触ってる!」
「これいいんですよ」
「仕事中ずっと触ってない?」
「ずっとではないです!」
石村もやってくる。
「浜谷くん、それ景品だからね」
「分かってますよ!」
相馬も笑う。
「気に入ったなら自分で取れば?」
「そうします」
「取るんだ」
川原が笑った。
浜谷はもう一度スクイーズを握る。
ぐにゃり。
ゆっくり。
元の形へ。
親子だって、いつも同じ形ではいられない。
ぶつかって。
へこんで。
時には、ぐちゃぐちゃになる。
それでも。
少しずつ元へ戻っていく。
今日見かけた親子も、きっとそうだった。
「スクイーズみたいな親子愛……」
浜谷が呟く。
川原が隣から言った。
「でも、スクイーズって強く引っ張ったら破れますよ」
「…………」
浜谷が川原を見る。
「急に現実的なこと言わないでくださいよ」
「大事に扱いましょう」
「親子もスクイーズも?」
「親子もスクイーズも」
二人は顔を見合わせて笑った。
今日も原町中央店には。
押されても。
へこんでも。
ゆっくり元へ戻っていく。
そんな柔らかな時間が流れていた。