阿佐野店。
午前。
「新しい景品届いたよー」
茂田が段ボール箱をカウンターへ運んできた。
「何ですか?」
浜谷が覗き込む。
高村も横から顔を出した。
「お菓子?」
「違うみたい」
箱を開ける。
中から出てきたのは――。
「ケーキ?」
真っ白なウエディングケーキ。
ただし、本物ではない。
手のひらに乗るほどの小さなマスコットだった。
「かわいい!」
高村が一つ手に取る。
小さいながらも、やたら作り込まれている。
白いクリーム。
細かな飾り。
小さな花。
てっぺんには新郎新婦を模した飾りまで付いている。
「これすごいですね」
浜谷も手に取る。
「結構ちゃんとしてる」
古坂もやってきた。
「何見てるの?」
「今日からの景品です」
浜谷が見せる。
「ウエディングケーキ?」
「みたいですね」
茂田が説明書を見る。
「あ、これ面白いニダ!」
「何ですか?」
「ケーキ、二つに分かれるんだって」
「え?」
よく見ると、ケーキの中央に薄い切れ目が入っている。
さらに付属品として。
小さなナイフ。
「これで切るみたい!」
高村がナイフを手に取る。
「すごっ!」
浜谷の目が輝いた。
「ケーキ入刀できるんですか!?」
「マスコットでね」
浜谷はケーキを見る。
そして。
古坂を見る。
「…………」
古坂が気づく。
「何?」
「古坂さんって」
「うん」
「結婚式挙げたんですか?」
突然の質問。
古坂は少し考える。
「私、挙げてない」
「そうなんですか?」
「うん」
浜谷は再びマスコットを見る。
「じゃあ……」
「何?」
「ケーキ入刀もしてないんですか?」
「そうだね」
「…………」
浜谷の目が再びケーキへ。
そして古坂へ。
「じゃあ代わりにこの景品で入刀してくださいよ!」
「なんで?」
即答だった。
「せっかくですから!」
「何がせっかくなの?」
浜谷はウエディングケーキのマスコットを古坂の前へ置く。
小さなナイフも添える。
「さあ!」
「さあ、じゃないよ」
「古坂さんの――」
浜谷が手を広げる。
「ケーキ入刀ならぬ、景品入刀です!」
「だからなんで私がやるの?」
「ケーキ入刀してないって言ったじゃないですか!」
「そうだけど」
古坂はマスコットを見る。
「ケーキ入刀って夫婦の初めての共同作業だからいいのであって」
「はい」
「私一人で切ったら、ただのケーキ食べる人じゃん」
「…………」
浜谷が止まった。
高村が吹き出す。
「確かに!」
茂田も笑う。
「しかも食べられないニダ!」
「もっとダメじゃん」
浜谷がマスコットを見る。
古坂が腕を組む。
「そもそも浜谷くん、なんでそんなに私に切らせたいの?」
「見たいからです」
「何を?」
「古坂さんのケーキ入刀ならぬ景品入刀」
「だから何それ」
浜谷は諦めない。
「一回だけ!」
「嫌だよ」
「記念に!」
「何の記念?」
「新景品導入記念」
「弱いなぁ」
高村が笑いながら言う。
「じゃあ誰かと一緒に切れば?」
「誰と?」
古坂が尋ねる。
浜谷は少し考えた。
そして。
隣にいる人物を見る。
「…………」
茂田と目が合う。
「え?」
「茂田さん」
「私!?」
「古坂さんと長い付き合いですし」
「夫婦じゃないけどね」
古坂が冷静に言う。
「そこは今日だけ目をつぶりましょう」
「何に!?」
茂田が笑い出す。
「いいじゃん! 冨美子、一緒にやろ!」
「千歌ちゃん、乗り気なの?」
「景品入刀!」
「やりたいだけじゃん」
結局。
ウエディングケーキのマスコットを挟んで。
右に古坂。
左に茂田。
その前には浜谷と高村。
「なんでこうなるの?」
古坂が笑う。
「古坂さん」
浜谷が姿勢を正した。
「はい?」
「私語は慎んでください」
「なんで司会者になってるの?」
浜谷は一歩下がる。
そして、妙に改まった声で話し始めた。
「それでは皆様」
「誰もいないけど」
「大変長らくお待たせいたしました」
「誰も待ってないよ」
高村は横で笑いを堪えている。
浜谷は続ける。
「ただいまより――」
古坂と茂田が小さなナイフを持つ。
「古坂冨美子さん」
「なんでフルネーム?」
「茂田千歌さん」
「琉くん、急に本格的!」
「お二人による――」
浜谷が大きく手を広げる。
「景品入刀です!!!」
高村が拍手する。
「おめでとうございまーす!」
「何がおめでたいの?」
古坂が笑う。
茂田も笑顔でナイフを握る。
「いくよ、冨美子!」
「はいはい」
「せーの!」
二人でナイフを下ろす。
スッ。
パカッ。
小さなウエディングケーキが、綺麗に二つへ分かれた。
「おおおおお!!!」
浜谷が誰よりも盛り上がる。
「切れたー!」
高村も拍手する。
茂田は満足そうに頷いた。
「初めての共同作業ニダ!」
古坂が茂田を見る。
「私たち何年一緒に働いてると思ってんの」
「確かに!」
浜谷は二人の前へ進み出る。
「古坂さん」
「何?」
「念願の入刀、いかがでしたか?」
「別に念願じゃないよ」
「感動しました?」
「景品切っただけだよ」
浜谷は今度は茂田を見る。
「茂田さんはいかがでしたか?」
茂田は胸に手を当てる。
「冨美子と一緒に入刀できて幸せニダ!」
古坂が即座に言う。
「千歌ちゃん、話ややこしくなるからやめて」
高村が爆笑する。
浜谷も笑いながら、二つに分かれたマスコットを見る。
「でもこれ、ちゃんと作られてますね」
「ね」
古坂が元の位置へ戻す。
カチッ。
ウエディングケーキは再び一つになった。
「元に戻った」
高村が言う。
浜谷が頷く。
「じゃあ何回でも景品入刀できますね」
「もうやらないよ」
「もう一回くらい」
「やらないって」
茂田が古坂の隣へ来る。
「冨美子」
「何?」
「二回目の共同作業する?」
「しないよ」
「早っ!」
その後。
ウエディングケーキのマスコットは、予定通りクレーンゲームの景品として並べられた。
浜谷は筐体の前で満足そうに眺める。
「いい景品ですね」
高村が隣から言う。
「浜谷くん、結局自分では一回も切ってないよね」
「…………」
浜谷が止まる。
確かに。
散々騒いだ本人は。
司会しかしていない。
「まあ……」
浜谷はマスコットを見る。
「古坂さんの景品入刀が見たかっただけなので」
「目的達成?」
「大成功です」
遠くから古坂の声。
「浜谷くーん!」
「はい!」
「その景品、ちゃんと補充してねー!」
「分かりました!」
小さなウエディングケーキから始まった、古坂と茂田の初めてではない共同作業。