午後の阿佐野店。
浜谷はクレーンゲームコーナーを巡回していた。
「…………」
何気なく入口を見る。
一人の男が入ってきた。
「…………」
浜谷が目を細める。
見覚えがある。
というか。
見覚えしかない。
「……何してんの?」
男が笑う。
「よう」
「よう、じゃないねん」
長北だった。
浜谷の大学で一番仲のいい友人。
浜谷は呆れた顔で近づく。
「なんでおんねん」
「遊びに来た」
「暇人か」
「友達の職場に遊びに来て何が悪い」
「別に悪くないけど恥ずかしいやん」
そこへ。
「浜谷くん?」
矢水がやってきた。
そして長北を見る。
「あ」
長北も気づく。
「あ、お久しぶりです!」
「久しぶり」
矢水は以前、一度長北と会ったことがある。
さらに。
「あれ?」
樋口もやってきた。
長北を見る。
「…………」
長北も樋口を見る。
「…………」
一瞬の沈黙。
長北が口を開く。
「あ」
樋口が左手を少し上げる。
「私、結婚してるからね」
「まだ何も言ってないですよ!」
浜谷が吹き出す。
「先制攻撃されてるやん」
「もうこりごりですよ!」
樋口も笑う。
そこへ。
「どうしたんですか?」
細井がやってきた。
長北が細井を見る。
「…………」
細井も長北を見る。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
長北が浜谷を見る。
そして。
もう一度細井を見る。
「あれ?」
「はい?」
「細井さん?」
「そうですけど」
長北の顔が明るくなる。
「あー!」
浜谷が嫌な予感を覚えた。
「お前、余計なこと言うなよ」
「浜谷からよく話聞いてます!」
「おい!」
細井が浜谷を見る。
「私の?」
「いや!」
浜谷が即座に否定する。
「変な話じゃないですよ!」
長北が頷く。
「よく名前出てきます」
「お前は黙っとけ!」
細井が笑う。
「へぇー」
「その『へぇー』やめてください!」
矢水が尋ねる。
「浜谷くんの友達?」
「大学の友達です」
浜谷が答える。
長北が訂正する。
「親友です」
「自分で言うな」
「違うん?」
「……まあ、違わんけど」
「ほら」
細井が笑った。
「仲いいんだね」
「腐れ縁みたいなもんですよ」
「まだ大学で知り合って数年やろ!」
「密度が濃いんだよ」
「なんやそれ」
二人のやり取りを見て、三人が笑う。
その時。
矢水が長北の持っている細長いケースに気づいた。
「それ、何?」
「これですか?」
長北がケースを見る。
「三味線です」
「三味線!?」
浜谷以外の三人が驚いた。
細井が目を丸くする。
「弾けるんですか?」
「弾けますよ」
浜谷が横から言う。
「こいつ、めちゃくちゃ上手いですよ」
「え?」
樋口が長北を見る。
「ほんとに?」
「まあ……それなりに」
「それなりちゃうやろ」
浜谷が言う。
「三味線持たせたら、こいつ別人ですよ」
長北が笑う。
「褒めすぎだ」
「いやマジで」
細井がケースを見る。
「そんなに上手いんだ」
「めちゃくちゃ上手いです」
普段。
浜谷とくだらない話をして。
飯代をじゃんけんで決めて。
樋口に絡んでは結婚指輪を見せられている男。
しかし。
三味線を持った瞬間。
長北は変わる。
浜谷曰く。
「三味線界のメジャーリーガーです」
「何それ」
長北が笑う。
矢水も笑う。
「メジャーリーガー?」
「はい」
浜谷は真顔だった。
「長北・オブ・メジャーです」
「もっと分からなくなった」
樋口がツッコむ。
細井が長北に尋ねる。
「いつからやってるんですか?」
「結構前からですね」
「へぇー!」
「今度なんか機会あったら弾きますよ」
「聴いてみたい!」
浜谷が言う。
「マジで聴いた方がいいですよ」
長北を見る。
「こいつが三味線弾いてる時だけは尊敬できるんで」
「普段も尊敬せえよ!」
「嫌や」
「即答すんな!」
細井が笑う。
「でも意外だね」
「ですよね」
浜谷が頷く。
「普段こんなんなのに」
「お前に言われたくないわ!」
樋口も長北を見る。
「ちょっと見直した」
「ほんとですか?」
「うん」
長北が嬉しそうにする。
「じゃあ今度――」
樋口が左手を上げる。
「結婚してるから」
「だから違いますって!!」
店内に笑い声が響いた。
やがて。
浜谷の勤務が終わる時間。
着替えを済ませた浜谷が店から出てくる。
入口付近には長北がいた。
「お待たせ」
「遅い」
「仕事してたんやからしゃあないやろ」
二人は並んで歩き始める。
「晩飯どうする?」
長北が尋ねる。
「なんでもええで」
「じゃあいつものやる?」
浜谷が止まった。
「…………」
長北も止まる。
二人は向き合う。
2人の恒例。
晩御飯代をじゃんけんで負けた方が払う。
浜谷は手を構える。
「今日は勝つ」
「何回聞いただろうな、その台詞」
「うるせぇ!」
長北も構える。
「いくで」
「おう」
二人同時に。
「最初はグー!」
「じゃんけん――」
ぽん!
「…………」
浜谷が自分の手を見る。
長北の手を見る。
もう一度、自分の手を見る。
「…………」
長北がニヤッと笑った。
「ごちそうさまでーす」
「最悪や!!!」
阿佐野店に現れた。
浜谷の親友。
普段はふざけてばかり。
しかし三味線を持たせれば、その腕前は一級品。
まさに。
あいつ・オブ・メジャー。
ただし。
じゃんけんに関しては。
今日も浜谷の天敵だった。