閉店後の誰もいなくなった阿佐野店。
照明の落ちた店内の、そのさらに奥。
景品倉庫。
そこには、スタッフさえ知らない秘密のひとときがあった。
人間たちが帰ったあとに景品たちは、静かに言葉を交わしていた。
倉庫の片隅。
半年ほど前に入荷した、一匹の犬のぬいぐるみ。
長い間、滞留景品として倉庫に残り続けていた。
「僕……。」
「もう捨てられるのかな。」
隣に置かれていた熊のフィギュアが答える。
「私も、もう五か月よ。」
「寂しいな。」
犬のぬいぐるみは俯く。
「他の奴らは早めに取られていったのに。」
「僕だけずっと残ってる。」
熊のフィギュアが優しく言う。
「仕方ないよ。」
「景品担当の古坂さんも、樋口さんも頑張ってくれたじゃない。」
「場所を変えたり、設定を変えたり。」
「何度も展開してくれた。」
「……そうだね。」
少しの沈黙。
犬のぬいぐるみが口を開く。
「そういえば最近さ、応援の浜谷もよく来るよね。」
「うん。」
「浜谷、頑張ってるよね。」
「メンテナンスで店内走り回ってる。」
「高村さんも大澤さんも矢水さんも細井さんも、みんな元気だね。」
熊のフィギュアも頷く。
「阿佐野店も、茂田店長が来てから雰囲気良くなったよね。」
「毎日賑やか。」
「僕たち、ずっと倉庫にいるけどね。」
「それは言わないの。」
二人は小さく笑った。
しばらくして。
犬のぬいぐるみが、ぽつりと呟く。
「僕。」
「最後にみんなへ恩返ししたいな。」
「恩返し?」
「うん。」
「ちゃんとお客様に取ってもらって。」
「少しでも売り上げに貢献して。」
「取ってくれた人にも喜んでもらって。」
「阿佐野店にも貢献したい。」
熊のフィギュアは静かに答える。
「そうだね。」
「でも。」
「私たちは待ってることしかできないからね。」
「……うん。」
いつか。
誰かが迎えに来てくれるまで。
二人は静かな倉庫で、その時を待っていた。
――翌朝。
阿佐野店。
「おはようニダ!」
茂田が出勤。
続いて古坂、樋口もやってくる。
倉庫を確認していた茂田が、二つの景品を見つける。
「この犬のぬいぐるみと熊のフィギュア。」
「そろそろ消化しないとニダ。」
古坂が頷く。
「了解!」
「うまく設定しとくね!」
樋口も笑顔で続く。
「私も手伝います!」
二人は景品を売り場へ運ぶ。
そしてクレーンゲームの設定に入った。
犬のぬいぐるみは、心の中で呟く。
(古坂さん。)
(樋口さん。)
(ありがとう!)
やがて。
古坂が頷く。
「よし!」
「これならいける!」
樋口も笑う。
「いい感じですね!」
設定完了。
クレーンゲームが開放された。
その直後。
店内に見覚えのある男がやってくる。
「おはようございまーす!」
古坂が振り返る。
「あれ?」
「浜谷くん、今日休みじゃない?」
「そうです!」
浜谷は笑顔で答える。
「今日はお客さんです!」
犬のぬいぐるみが驚く。
(ん?)
(浜谷?)
熊のフィギュアも気づく。
(浜谷だ。)
古坂は例のクレーンゲームを指差す。
「浜谷くん。」
「このクレーン、消化台だからやっていって!」
「お!分かりました!」
浜谷は財布を取り出す。
「せっかくだし、やってみるか。」
まずは犬のぬいぐるみ。
アームの動きを見ながら狙いを定める。
少しずつ位置を動かしていく。
そして――。
ゴトン!
「よっしゃ!」
犬のぬいぐるみ獲得。
続いて熊のフィギュア。
こちらも位置を見極めながら――。
ゴトン!
「取れた!」
古坂が笑う。
「さすが!」
樋口も拍手する。
「上手いね!」
浜谷は二つの景品を見る。
「あ!」
「これ、倉庫の中にあったやつだ!」
犬のぬいぐるみを持ち上げる。
「可愛いな!」
続いて熊のフィギュアを見る。
「この熊もいいじゃん。」
「大事にしよう!」
犬のぬいぐるみと熊のフィギュアは何も言わない。
でも。
もし表情を変えられるのなら。
きっと笑っていただろう。
帰り際。
浜谷は茂田のところへ向かう。
「茂田さん!」
「今日は帰りますね!」
「休みなのに来てくれてありがとうニダ!」
「いえ!遊びに来ただけです!」
「頑張ってください!」
二つの景品を抱えて。
浜谷は阿佐野店をあとにした。
その日の夜。
浜谷のアパート。
「よし!」
枕元には――
犬のぬいぐるみ。
テレビの横には――
熊のフィギュア。
浜谷は少し離れたところから眺める。
「これでよしっ!」
「最高だ!」
犬のぬいぐるみを見て笑う。
「可愛いなぁ。」
続いて熊のフィギュアを見る。
「こっちもいい感じ!」
満足した浜谷はベッドに入る。
「おやすみ。」
やがて。
部屋は静かになった。
浜谷が眠りについた頃。
枕元から、小さな声がする。
「……まさか。」
犬のぬいぐるみだった。
「浜谷に取られるとはね。」
テレビの横から熊のフィギュアが答える。
「ふふっ。」
「でも。」
「ちゃんとお店に貢献できたね!」
「うん。」
「浜谷も喜んでくれた。」
「僕たち。」
「夢、叶ったのかな。」
熊のフィギュアは優しく答える。
「叶ったよ。」
「これからは。」
「ここが私たちの居場所だね。」
「……うん。」
長い間、誰かに取ってもらえる日を待ち続けた二つの景品。
半年間の長い旅の最後に待っていたのは――
いつも自分たちが倉庫から見ていた、浜谷の家だった。
売り上げに貢献する。
誰かを笑顔にする。
そして。
誰かに大切にしてもらう。
滞留景品たちの小さな夢はこの日ようやく叶ったのだった。