原町中央店。
休憩室。
浜谷はスマートフォンを眺めていた。
高校時代の友人から届いたメッセージ。
『就職決まった!』
「おお……」
浜谷は返信する。
『おめでとう!』
少し前には。
別の友人から連絡が来た。
結婚する。
そんな報告だった。
「…………」
もちろん。
嬉しい。
高校時代を一緒に過ごした友人たちが、それぞれの人生を歩んでいる。
素直に祝福したい。
いや。
実際、祝福している。
「すげぇなぁ」
スマートフォンを置く。
何気なく。
休憩室のテレビを見る。
そこには。
最近よく見る俳優が映っていた。
ドラマ。
映画。
CM。
今やテレビで見ない日はないほどの人気俳優。
浜谷と。
同い年。
「…………」
浜谷はテレビを見る。
そして。
自分を見る。
ファンステの制服。
名札。
大学生。
「……俺、何やってんだろ」
小さく呟いた。
大学院へ進学する。
だから。
まだしばらく。
学生という立場は続く。
もちろん。
自分で選んだ道だ。
後悔しているわけではない。
でも。
高校時代の友人は就職が決まり。
別の友人は結婚し。
テレビでは同い年の俳優が大活躍している。
みんな。
どんどん先へ進んでいるように見える。
自分だけ。
同じ場所に立っているような気がした。
「俺、このままでええんかな……」
何者にもなれていない。
そんな気がした。
休憩を終え。
浜谷は店内へ戻った。
「浜谷くん」
日村に呼ばれる。
「はい!」
「ちょっといい?」
「はい」
二人はクレーンゲームコーナーへ向かった。
日村が一台の筐体を指差す。
「ここのアームワイヤー、交換お願いしていい?」
「俺がですか?」
「うん」
浜谷は筐体を見る。
「分かりました!」
工具を用意する。
ドライバー。
ニッパー。
かしめ機。
そして。
新しいアームワイヤー。
浜谷は扉を開けた。
作業を始める。
ネジを外す。
カバーを開ける。
古くなったワイヤーを確認する。
「…………」
手は動く。
以前なら。
一つ作業するたびに。
誰かへ確認していた。
今は。
ある程度なら。
自分で判断できる。
それでも。
頭の中には。
さっきのことが残っていた。
就職。
結婚。
同い年の俳優。
大学院。
将来。
自分。
「…………」
浜谷の手が止まった。
ニッパーを持つ。
目の前には。
これから交換する古いワイヤー。
「…………」
パチン。
小さな音。
ワイヤーが切れた。
浜谷は切れたワイヤーを見る。
「…………」
迷い。
不安。
焦り。
そんなものまで。
こんな簡単に切れればいいのに。
「浜谷くん?」
日村の声。
「あ、はい!」
「大丈夫?」
「大丈夫です!」
浜谷は再び作業を始めた。
古いワイヤーを取り外す。
新しいワイヤーを通す。
長さを調整する。
そして。
かしめ機を手に取る。
しっかりとかしめる。
引っ張って確認。
「よし」
以前。
アームワイヤーの交換作業で古坂さんと細井さんが苦戦している姿を見たことがあった。
その時。
自分も少しだけ手伝った。
そして今は。
一人で作業を進めている。
「…………」
浜谷は最後の確認をする。
カバーを戻す。
ネジを締める。
「できました!」
日村がやってくる。
「じゃあ動かしてみようか」
「はい!」
動作確認。
アームが動く。
下降。
停止。
上昇。
ワイヤーも問題なく動いている。
「…………」
正常。
「よし!」
浜谷が嬉しそうに言った。
日村も確認する。
「うん、大丈夫だね」
「よかったぁ」
浜谷が息を吐く。
日村が笑った。
「浜谷くん、ワイヤー交換も慣れたね」
「そうですか?」
「うん。前より全然早いよ」
「…………」
浜谷は少し笑った。
「ありがとうございます」
「じゃあ、片付けお願いね」
「はい!」
日村は別の作業へ向かっていった。
浜谷は筐体を見る。
自分が交換した。
新しいワイヤー。
こいつでさえクレーンゲームを支えている大事な役割。
そう思っていた。
でも。
少なくとも。
少し前の自分にはできなかったことが。
今はできる。
「浜谷さん」
後ろから声がした。
振り返る。
川原だった。
「何してたんですか?」
「アームワイヤー交換してました」
「一人で?」
「はい」
「すごいじゃないですか」
「いやいや、まだまだですよ」
川原が笑う。
「浜谷さん、最近ずっとメンテしてますよね」
「まあ……メンテ担当なんで」
「いいですね」
「…………」
浜谷は川原を見る。
同い年。
同じ年に生まれた。
でも。
自分は大学生。
川原は違う。
歩いている道も。
今いる場所も。
違う。
「川原さん」
「はい?」
「変なこと聞いていいですか?」
「なんですか?」
「同い年でも、全然違いますよね」
「……何がです?」
「人生というか」
川原が首を傾げる。
浜谷は笑った。
「僕、大学院行くんで、まだしばらく学生なんですよ」
「はい」
「でも高校の友達は就職決まったり、結婚したりしてて」
「うん」
「テレビ見たら同い年の俳優がめちゃくちゃ活躍してるし」
川原は黙って聞いていた。
「川原さんも同い年だけど、俺とは違うじゃないですか」
「そうですね」
「だから、なんか……」
浜谷は手に持っていたニッパーを見る。
「僕は今、何やってんだろって」
「まだまだ青二才だし…」
少しだけ。
沈黙。
川原が言った。
「でも」
「はい?」
「私、アームワイヤー交換はまだ、できないですよ」
「…………」
浜谷が川原を見る。
「浜谷さんはできますよね」
「まあ……」
「じゃあ、それでいいんじゃないですか?」
「え?」
川原は笑う。
「同い年だからって、同じことできるわけじゃないですし」
「…………」
「浜谷さんは大学行って、大学院にも行くんですよね?」
「はい」
「それでファンステでも働いて、メンテも覚えてる」
川原は自分を指差す。
「私は私で、違うことしてる」
「…………」
「同い年だからって、同じ道を歩かなくてもいいんじゃないですか?」
浜谷は黙っていた。
答えは。
まだ分からない。
大学院を出たあと。
何をするのか。
どんな仕事をするのか。
どこで暮らしているのか。
何も分からない。
でも。
川原の言葉を聞いて。
少しだけ。
肩の力が抜けた。
「……そうですね」
「はい」
「ありがとうございます」
「いえ、頼りにしてますよ!メンテ浜谷さん!」
「なんですかそれ」
川原が去っていく。
浜谷は手元のニッパーを見る。
迷いも。
不安も。
焦りも。
全部なくなったわけじゃない。
これから先。
また悩む。
また迷う。
泣くことだって。
あるかもしれない。
でも。
浜谷はニッパーを握る。
「迷いも焦りも……」
小さく呟く。
「ニッパーで一刀両断」
「何してるニダ?」
「うわっ!」
いつの間にか。
後ろに茂田がいた。
「茂田さん!」
「ニッパー持って何言ってるニダ?」
「いや、これは……」
「一刀両断?」
「聞いてたんですか!?」
「バッチリ!」
「忘れてください!」
「いいじゃん!」
「恥ずかしいんですよ!」
茂田が笑う。
「悩みでもあるニダ?」
「…………」
浜谷は少し考える。
そして。
笑った。
「まあ、ちょっと」
「そう」
「でも」
浜谷は工具箱にニッパーを戻す。
「今は大丈夫です」
「そっか」
茂田はそれ以上聞かなかった。
浜谷は立ち上がる。
店内を見る。
何者なのか。
まだ分からない。
何者になるのかも。
まだ分からない。
大学生。
大学院へ進む学生。
ゲームセンターのアルバイト。
そして。
少しずつ。
機械を直せるようになってきた店員。
今は。
それでいい。
迷いもあせりも。
ニッパーで一刀両断。
――とは。
さすがにいかない。
それでも。
迷いながら。
浜谷は今日も。
自分の道を進んでいく。