原町中央店。
午後。
浜谷はクレーンゲームコーナーを巡回していた。
景品の位置を直し、台の中を確認して次の通路へ向かおうとした、その時だった。
「Excuse me.」
「…………」
浜谷の足が止まった。
ゆっくり振り返る。
そこには外国人の男性客が立っていた。
「…………はい」
反射的に日本語で返事をしてしまった。
男性客がクレーンゲームを指差し、英語で何かを話す。
「…………」
浜谷は笑顔のまま固まった。
分からない。
いや。
全部は分からない。
しかし。
何を聞かれているのかは、なんとなく分かった。
男性客が景品とアームを交互に指差している。
「Ah……」
浜谷も台を見る。
「Prize?」
「Yes!」
通じた。
浜谷の目が少し輝いた。
「OK!」
とりあえず扉を開け、景品の位置を確認する。
男性客が何か尋ねる。
浜谷は必死に頭の中の英単語をかき集めた。
「This……」
景品を指差す。
「ここ……」
日本語が出た。
「違う違う」
自分でツッコむ。
男性客が笑う。
浜谷はアームを指差した。
「This arm……」
そして景品の端を示す。
「Here!」
「Here?」
「Yes! Here!」
アームを落とす位置をジェスチャーで説明する。
男性客が理解したように頷いた。
「Oh! OK!」
「OK!」
もう二人ともOKしか言っていない。
それでも。
なんとなく通じている。
男性客がプレイする。
アームが景品を動かした。
「Oh!」
「Yes! Yes!」
浜谷までテンションが上がる。
もう一度。
今度は景品が大きく動く。
「Good! Good!」
「Good!?」
「Very good!」
何がVery goodなのか。
浜谷自身も分かっていない。
そして。
数プレイ後。
景品が落ちた。
「Ohhh!」
男性客が喜ぶ。
浜谷も思わず拍手した。
「Congratulations!」
それだけは綺麗に出た。
「Thank you!」
「You’re welcome!」
男性客は笑顔で景品を持っていった。
浜谷はその背中を見送る。
そして。
大きく息を吐いた。
「…………いけた」
その一部始終を。
少し離れたところから見ていた人物がいた。
茂田だった。
「琉くん!」
「うわっ!」
浜谷が振り返る。
「すごいニダ!」
「何がですか?」
「外国のお客さんと喋ってたニダ!」
「喋ってないですよ!」
「喋ってたニダ!」
「ほぼHereとOKですよ!」
「通じてたニダ!」
「ジェスチャーですよ!」
しかし。
茂田の中では。
すでに浜谷の評価が急上昇していた。
その後。
休憩室。
山神。
石村。
相馬。
そこへ茂田が入ってきた。
「みんな聞いて!」
「どうしたの?」
相馬が振り返る。
茂田はなぜか自慢げだった。
「琉くん、英語ペラペラだったニダ!」
その瞬間。
休憩室へ入ってきた浜谷が止まった。
「待ってください!」
石村が驚く。
「浜谷くん、英語喋れるの?」
「喋れません!」
「外国のお客さんと普通に会話してたニダ!」
「普通じゃないです!」
相馬が感心する。
「すごいじゃない」
「違うんです!」
浜谷は説明する。
「景品指差してHereって言って、OKって言って、Goodって言ってただけです!」
山神が頷く。
「おぅ」
「山神さんまで納得しないでください!」
石村が聞く。
「でも景品取れたんでしょ?」
「取れましたけど」
「じゃあ通じてるじゃん」
「まあ……通じましたけど」
茂田が胸を張る。
「ほら!」
「なんで茂田さんが自慢げなんですか!」
「うちの琉くんニダ!」
「誰目線ですか!」
相馬が笑う。
「でも、ちゃんと対応したのは偉いじゃない」
「それはまあ……店員なんで」
「逃げなかったんでしょ?」
「逃げられないですよ!」
浜谷は即答した。
「目の前でExcuse meって言われてるんですよ!?」
山神。
「Oh.」
「おぅの英語版!?」
石村が笑う。
「次から外国のお客さんは浜谷くんにお願いしようかな」
「やめてください!」
「英語担当ニダ!」
「絶対嫌です!」
「浜谷くんなら大丈夫よ」
相馬まで笑う。
「大丈夫じゃないです!」
その時。
フロアの方から。
「Excuse me!」
外国人客の声が聞こえた。
全員が止まる。
そして。
ゆっくり。
浜谷を見る。
「…………」
浜谷も全員を見る。
「なんで俺見るんですか」
茂田が笑顔で親指を立てた。
「頼むニダ!」
「避けられねぇ!」
浜谷は頭を抱えながら。
フロアへ向かった。
「Hello!」
「Oh, hello!」
そして。
また始まる。
浜谷琉の。
知っている英単語を総動員した接客。
逃げたいわけではない。
ただ。
できることなら。
日本語でお願いしたい。
しかし。
店員である以上。
目の前のお客さんからは逃げられない。
今日も原町中央店では。
避けられなEnglish。