阿佐野店。
昼下がりの店内は珍しく落ち着いていた。
カウンターには客足が途切れたわずかな時間に、浜谷たちは何気ない雑談をしていた。
話題は食べ物から休日の過ごし方へ移り、そこからいつの間にか出身地の話になった。
「そういえば浜谷くんって、どこ出身だっけ?」
「確か関西だよね?」
細井が何気なく聞いた。
「僕ですか?」
浜谷は少し考えるような素振りを見せる。
そして、至って真面目な顔で答えた。
「ピポピポ星です」
「…………」
一瞬、カウンター周辺から音が消えた。
古坂がゆっくりと浜谷を見る。
「……何?」
「ピポピポ星です」
「いや、聞こえてはいたんだけど」
浜谷は笑っていない。
どう見ても冗談なのに、本人だけは真剣そのものだった。
細井が堪えきれず笑いながら聞く。
「ピポピポ星って、どこにあるの?」
「宇宙です」
「それは分かるよ」
矢水が冷静に返した。
「じゃあ浜谷くん、どうやって地球に来たの?」
高村の質問にも浜谷は即答する。
「ピポピポ星から、お星様のロケットに乗ってやってきました」
「お星様のロケット?」
「はい。星型です」
「そのまんまじゃん!」
細井が吹き出した。
どうやら浜谷は、引き返す気がないらしい。
今度は茂田が興味津々で尋ねる。
「琉くん、ピポピポ星では何してたニダ?」
「王子です」
「王子!?」
「僕はピポピポ星の第二王子で、地球へお忍びでやってきました」
「急に設定が増えた!」
古坂が笑う。
しかし浜谷は首を横に振った。
「設定じゃないです。事実です」
「第二王子ってことは、お兄さんがいるの?」
矢水が聞く。
「います」
「名前は?」
「ポリンポンです」
「ポリンポン!?」
「第一王子で僕の兄、ポリンポンです」
細井はもう笑いを堪えられない。
「じゃあ浜谷くんは?」
「本名は浜谷琉じゃないの?」
「浜谷琉は地球での世を忍ぶ仮の名前です」
「じゃあ本名は?」
浜谷は少しだけ間を置いた。
「パロット・ペロンパシン三世です」
「無理!覚えられない!」
細井がカウンターに突っ伏した。
高村も笑いながら聞く。
「なんで三世なの?」
「初代と二世がいるからです」
「そこだけ普通の答えなんだ!」
いつの間にか、全員が浜谷の出身地よりも、ピポピポ星の設定に興味を持ち始めていた。
「じゃあピポピポ星では何食べてたの?」
古坂が聞く。
「星くずです」
「星くず!?」
「主食です。Pリフェノールが豊富なので」
矢水が尋ねる。
「Pリフェノールって何?」
「ピポピポ星にしか存在しない栄養素です」
「そうなんだ」
「矢水さん信じないでください!」
細井がすかさず止める。
さらに高村が聞いた。
「ピポピポ星って、どんなところなの?」
「空がシャルトルーズイエローで、海はチェリーピンクです。あと犬が空を飛んでます」
「猫は?」
「地下に住んでます」
「なんで?」
「犬が怖いからです」
「知らないよ!」
もはや支離滅裂だった。
それでも浜谷は一度も笑わない。
茂田が腕を組む。
「でも王子なのに、なんでゲームセンターで働いてるニダ?」
「社会勉強です」
「地球の?」
「はい。大学へ行っているのも、地球人の生態を調査するためです」
古坂がニヤッとする。
「じゃあ大学院に行くのも?」
「より高度な地球人研究のためです」
「全部ピポピポ星につながった!」
細井が浜谷を指差す。
「じゃあ私たちも研究されてるってこと?」
「もちろんです」
「え!?」
浜谷は細井をじっと見た。
「特に細井さんは非常に貴重なサンプルです」
「殴るよ?」
「一発だけなら!」
「安心して。一発で仕留めるから」
「僕、ピポピポ星の王子ですよ!?」
「知らないよ!」
全員が笑った。
それでも、ピポピポ星の話は終わらない。
「いつか帰っちゃうの?」
高村が尋ねる。
「はい。いずれ、お星様のロケットが迎えに来る予定です」
「私たちもピポピポ星に行けるニダ?」
「王族の許可が必要ですね」
「琉くん、第二王子なんでしょ?」
「僕にはそこまでの権限はありません」
「意外と権力弱いニダ!」
浜谷の設定は、質問されるたびにどんどん細かくなっていく。
そこで矢水が、ふと思い出したように言った。
「じゃあ浜谷くんのお父さんは?」
「ピポピポ星の王様です」
「でも浜谷くんのお父さん、この前原町中央店に来てたって、茂田さんが言ってた」
「…………」
浜谷が止まった。
細井がニヤニヤしながら顔を覗き込む。
「いたんだね? 地球に」
「…………」
「王様なのに?」
初めて浜谷の目が泳いだ。
「えーっと……」
「どうしたの、第二王子?」
古坂も楽しそうに追い込む。
「王様が地球に出張してきたの?」
浜谷は必死に考えた。
そして。
「父は……地球支部の責任者でもあります」
「設定変わった!」
「王様じゃなかったの!?」
「王様との兼任です」
茂田が食いつく。
「兼任王様ニダ!」
とうとう浜谷自身も吹き出した。
「もう無理です!」
一度崩れてしまえば最後だった。
細井たちは、ここぞとばかりに質問を浴びせる。
「じゃあピポピポ星にはいつ帰るの?」
「お星様のロケットは?」
「第一王子のポリンポンさんは?」
「王様は?」
「猫はまだ地下にいるの?」
「一気に聞かないでください!」
浜谷は頭を抱えた。
完全に自分で始めた話なのだが、もはや収拾がつかない。
しばらく考えた末、浜谷は申し訳なさそうな表情で顔を上げた。
「……すみません」
「何?」
細井が聞く。
浜谷は深刻そうに俯いた。
「ピポピポ星……」
全員が続きを待つ。
浜谷は小さな声で言った。
「爆発しました……」
「ええええええええ!?」
カウンターに大声が響いた。
「急に!?」
「なんで爆発したの!?」
「ポリンポンは!?」
「王様は!?」
「猫は!?」
次々と飛んでくる質問に、浜谷は静かに首を横に振った。
「もう……何も聞かないでください……」
「自分で始めたんでしょ!」
細井のツッコミとともに、阿佐野店に笑い声が響いた。
こうして。
ピポピポ星第二王子改め、浜谷琉は故郷を失った。
なお。
浜谷琉の本当の出身地については。
茂田が入社時の書類から関西だということが判明した。