ある日の午後。
クレーンゲームコーナー。
一人のお客様が浜谷を呼び止めた。
「すみません。」
「景品が全然動かないんですけど。」
「見てもらえますか?」
「はい!」
浜谷は笑顔で対応する。
(大丈夫、落ち着いて。)
(ちゃんと見れば、きっといい位置にできる。)
景品の位置を確認し、お客様へサービス対応を行った。
「これで大丈夫だと思います。」
「ありがとうございます。」
お客様は満足そうにプレイを再開した。
(よかった……。)
(ちゃんと対応できた。)
ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなる。
しかし数分後。
高崎が慌てて浜谷を呼ぶ。
「浜谷くん!」
「ちょっと来て!」
浜谷が向かうと、高崎の表情は真剣だった。
「さっきの対応。」
「少し甘かったよ。」
「え……。」
一瞬、頭が真っ白になる。
「この位置なら、もう少し違う対応をしないとダメ。」
「お客様によって不公平になっちゃうから。」
(甘かった……?)
(ちゃんとやったつもりだったのに……。)
浜谷は何も言えなかった。
「……すみません。」
その様子を見ていた相馬も静かに話しかける。
「浜谷くん。」
「優しいだけじゃダメなの。」
「ルールを守ることも、お客様のためだからね。」
「はい……。」
胸の奥がじわりと重くなる。
(優しいだけじゃダメ……。)
(僕、ちゃんと考えられてなかったんだ。)
二人に注意され、浜谷はうつむいた。
⸻
その後も仕事は続く。
しかし浜谷は、いつものように動けなかった。
(また失敗した。)
(さっきまで、うまくできたって思ってたのに……。)
(なんで気づけなかったんだろう。)
お客様の声が遠く感じる。
インカムの音も、どこか現実感がない。
「浜谷くん、対応お願い!」
「……はい。」
返事はしたものの、足が少し重い。
(また間違えたらどうしよう。)
(次も同じことしたら……。)
(僕、向いてないのかな。)
頭の中で同じ言葉がぐるぐると回り続ける。
インカムの返事もどこか元気がない。
⸻
閉店後。
一人で景品コーナーを見つめている浜谷。
静まり返った店内に、さっきの言葉が何度も蘇る。
(甘かったよ。)
(優しいだけじゃダメ。)
(……僕、何も分かってなかった。)
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(もっとちゃんとできたはずなのに。)
(なんであの時、気づけなかったんだろう。)
(あのお客様にも、申し訳ない……。)
視線を落としたまま、動けなくなる。
そこへ店に立ち寄っていたエリアマネジャー・大倉が歩いてきた。
「どうしたんや。」
「元気ないやん。」
浜谷は少し迷ったあと、ぽつりと話し始めた。
「今日……失敗しました。」
「高崎さんと相馬さんに注意されました。」
「完全に僕のミスです。」
言葉にするほど、胸の奥が痛くなる。
「もっとちゃんとできたのに……。」
「ちゃんと考えれば分かったはずなのに……。」
「僕……」
言葉が詰まる。
(悔しい。)
(情けない。)
(なんでこんな簡単なこともできないんだろう。)
しばらく黙って聞いていた大倉は、穏やかに笑った。
「琉くん。」
「後悔したらあかんで。」
浜谷は顔を上げる。
「え……?」
その言葉が、思っていたものと違っていて、少し戸惑う。
「反省はええ。」
「でも後悔はせんでええ。」
「失敗したんやったら。」
「次に同じ失敗せえへんかったら、それで成長や。」
浜谷は黙って聞く。
(後悔……してる。)
(ずっと、さっきのことばかり考えてる。)
「失敗を引きずる時間が、一番もったいないで。」
その言葉が、胸の奥にゆっくりと落ちていく。
(引きずってる……。)
(ずっと、同じところで止まってる。)
「今日の失敗はな。」
「未来の琉くんを育てるための失敗や。」
「せやから。」
「後悔したらあかんで。」
浜谷は目を伏せる。
さっきまで胸を締めつけていた重さが、少しだけほどける。
(失敗してもいい……わけじゃない。)
(でも……無駄じゃないんだ。)
(次に活かせばいいんだ。)
ゆっくりと息を吐く。
「……はい。」
小さく、でも確かに前を向いた返事だった。
⸻
翌日。
「おはようございます!」
昨日より少しだけ大きな声で浜谷が挨拶する。
(大丈夫。)
(昨日のこと、ちゃんと覚えてる。)
(次は同じことをしない。)
高崎が笑う。
「お、元気戻った?」
「はい!」
その声には、昨日よりも少しだけ芯があった。
相馬も優しく微笑んだ。
「昨日注意したのは、期待してるからだからね。」
浜谷は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
期待されてる。
だから、ちゃんと応えたい。
昨日の失敗は消えない。
でも、その失敗を次へつなげればいい。
もう、後悔はしない。
次に活かす。
浜谷は、大倉の言葉を胸に刻みながら、新しい一日を歩き始めた。