雪が降っていた。
しんしんと。
白く染まった宿場町。
その片隅に、一軒の旅籠があった。
旅籠「ふぁんすて屋」。
「ごめんなすって」
暖簾をくぐり、一人の男が入ってくる。
男の名は――。
はまの助。
あてもなく各地を旅する流れ者である。
「いらっしゃいまし」
奥から一人の女が現れた。
ふぁんすて屋の女将。
お相。
「旅のお方ですか?」
「へぇ。今夜一晩、泊めてもらいてぇんですが」
「もちろんでございますよ」
すると。
「女将さん!」
奥から若い娘が出てきた。
町娘、お川。
「お部屋の準備、できました」
「ありがとう、お川」
お川とはまの助の目が合う。
「…………」
「…………」
お川が小さく頭を下げる。
「こんにちは」
「どうも」
はまの助も頭を下げる。
お相は二人を見て、少し笑った。
「あらあら」
「なんでございやす?」
「なんでもございませんよ」
「?」
その時だった。
旅籠の外から騒がしい声が聞こえる。
「女将!」
お相の表情が変わった。
「……来ましたか」
「誰で?」
暖簾を乱暴にくぐり、一人の男が入ってくる。
商人。
いしの進。
「お相」
「いしの進さん」
いしの進が紙を取り出す。
「期限は今日までだ」
「何度来られても、この旅籠を手放すつもりはございません」
「これは神三郎様のご命令だぞ?」
はまの助が首を傾げる。
「神三郎?」
お川が小声で答える。
「この町の代官です」
「へぇ」
「神三郎様に逆らって、この町で生きていけると思うなよ」
お相は引かない。
「ここは先代から受け継いだ、大切な旅籠です」
「強情な女だ」
いしの進が睨む。
「明日、また来る」
そう言い残し。
いしの進は出ていった。
「…………」
はまの助がお相を見る。
「何か訳がありそうで」
お相は静かに話し始めた。
悪代官・神三郎。
そして神三郎と手を組む商人・いしの進。
二人は宿場町の土地を次々と自分たちのものにしていた。
そして今。
狙われているのが。
この、ふぁんすて屋だった。
「ひでぇ話でごぜぇやすね」
「ですが、私たちにはどうすることも……」
お川が俯く。
はまの助はしばらく黙っていた。
そして。
「分かりやした」
「え?」
「わっしがなんとかしやしょう」
お川が驚く。
「でも……!」
「困ってる人を放っとけねぇ性分なんで」
はまの助は笑った。
その頃。
代官屋敷。
上座に男が座っていた。
悪代官。
神三郎。
その前には、いしの進。
「神三郎様」
「おぅ」
「ふぁんすて屋の女将、まだ首を縦に振りません」
「おぅ」
「いかがいたしましょう?」
「おぅ」
「…………」
いしの進が顔を上げる。
「神三郎様?」
「おぅ」
「どうすれば?」
「おぅ」
「……どっちなんです?」
神三郎がいしの進を見る。
そして。
ようやく口を開いた。
「奪え」
「!」
「逆らう者は許さん」
いしの進がニヤリと笑う。
「さすが神三郎様」
二人は顔を見合わせる。
「これで宿場町の土地は、我々のもの」
「おぅ」
「神三郎様」
「おぅ」
「悪いですなぁ」
「おぅ」
翌日。
ふぁんすて屋。
「大変だよ!」
一人の女が飛び込んできた。
旅芸人。
お麻。
「どうしたんです?」
お川が尋ねる。
「神三郎の連中、今日ここを力ずくで奪うつもりらしいよ!」
「そんな!」
はまの助が立ち上がる。
「やっぱり来やすか」
すると。
「それだけじゃないよ」
お麻が声を潜める。
「この旅籠に、とんでもない人が泊まってるって噂になってる」
「とんでもない人?」
全員が奥を見る。
そこから。
一人の若い女が現れた。
お沼。
「…………」
はまの助が見る。
「お沼さん?」
お沼は静かに頭を下げる。
「今まで黙っていて、申し訳ありません」
「何を?」
お沼が懐から紋の入った品を取り出す。
お相の顔色が変わる。
「まさか……」
お川が目を丸くする。
「お姫様!?」
お沼は身分を隠して旅をしていた姫だった。
「神三郎の悪事を暴くため、素性を隠しておりました」
はまの助が呟く。
「お姫様だったんで……」
その時。
天井から。
シュタッ。
一人の女が降りてきた。
「!」
くノ一・お藤。
「お沼様。」
「お藤!」
お沼が驚く。
お藤は一枚の書状を取り出した。
「神三郎の屋敷に忍び込んできました」
「いつの間に!?」
「これを」
はまの助が受け取る。
そこには。
神三郎といしの進が、町の土地を不正に奪ってきた証拠が記されていた。
「これがありゃ、あいつらを追い詰められる」
「でも」
お藤が言う。
「向こうには大勢の用心棒がいます」
「そうでございやすか……」
その時。
入口から声がした。
「問題ない」
全員が振り返る。
浪人。
ヒム兵衛。
「誰で?」
「通りすがりの浪人だ」
「わっしと立ち位置被ってやせん?」
「…………」
「無視しないでくだせぇ」
ヒム兵衛は腰の刀に手を添えた。
「用心棒は俺が引き受ける」
「頼もしいでごぜぇやすね」
その時。
外から大声が響いた。
「出てこい!お相!」
いしの進。
そして。
その後ろには神三郎。
さらに大勢の用心棒。
神三郎が前へ出る。
「おぅ」
はまの助も外へ出た。
「てめぇが神三郎で?」
「おぅ」
「この旅籠を奪おうとしてるらしいじゃねぇですか」
「おぅ」
「やめてもらえやせんか?」
「おぅ」
「さっきから『おぅ』ばっかりで話進まねぇんで!」
神三郎の目が鋭くなる。
「…………」
そして。
低い声で言った。
「斬れ」
はまの助が目を見開く。
「喋れたんかい!」
用心棒たちが一斉に動く。
その前に。
ヒム兵衛が立ちはだかった。
「ここは通さん」
刀が閃く。
次々と倒されていく用心棒。
「つ、強ぇ……!」
はまの助が驚く。
お藤とお麻はお相とお川とお沼を守る。
そして。
はまの助は神三郎と向き合った。
「年貢の納め時でごぜぇやす」
「おぅ」
「この証拠がありゃ、もう言い逃れはできねぇ」
いしの進が慌てる。
「神三郎様!」
「おぅ」
「どうするんです!」
「おぅ」
「逃げましょう!」
「おぅ」
二人が逃げようとする。
しかし。
その前にヒム兵衛が立つ。
「どこへ行く」
「ひっ!」
逃げ道はなかった。
神三郎といしの進。
二人の悪事はついに白日の下に晒された。
次の日の早朝。
雪は止み、空には光が差していた。
「はまの助さん、本当に行っちゃうんですか?」
お川がはまの助に声をかける。
「あっしは流浪の旅鴉、一つのところにいるのは性にあわねぇもんですから」
「昨日は旅籠を守ってくださってありがとうございました。」
「わっしは当然のことをしたまででございやす」
「必ず、また来てくださいね。」
「ええ、必ず」
お川ははまの助の背中を見送る。
「引き留めなくてよかったニダ?」
お川の隣には団子屋のお千歌がいた。
「お千歌さん!どこにいたんですか!」
「団子食べてたニダ。」
「それより、本当に引き留めなくて良かったニダ?」
「ええ、旅のお方ですから。」
「またきっと会えるニダ。」
風雪ながれ恋化粧。
一つの旅籠を巡る物語はこれにて。
幕。
――――――。
夜。
浜谷のアパート。
「よし!」
机に向かっていた浜谷が顔を上げる。
「こんな感じかな!」
目の前には。
何枚もの原稿用紙。
浜谷はペンを置いた。
「ふぅ……」
タイトルを見る。
『ファンステ一座
〜旅籠慕情、風雪ながれ恋化粧〜』
先日。
茂田が突然言い出したファンステ一座。
「…………」
完成した原稿を眺める。
「あ」
浜谷が何かを思い出した。
「これは書いておかないと」
もう一度。
ペンを持つ。
原稿の最後。
ゆっくりと書き加える。
作・演出
浜谷琉
改め――
はまの助。
「…………」
浜谷はペンを置いた。
完成した文字を眺める。
「よし」
満足そうに頷く。
数秒後。
「…………」
我に返る。
「俺、何してんだろ」
誰もいないアパートで。
一人で笑った。
こうして完成した。
ファンステ一座。
旗揚げ公演。
『旅籠慕情、風雪ながれ恋化粧』
作・演出浜谷琉改め。
はまの助。
いつか本当に上演される日は来るのでごぜぇやしょうか。