8時、13時、19時投稿です!!
阿佐野店。
午後。
浜谷がクレーンゲームコーナーを歩いていると。
一組の老夫婦が、一台のクレーンゲームを覗き込んでいた。
中に入っているのは、大きな犬のぬいぐるみ。
「もうちょっと右だったかなぁ」
「難しいねぇ」
二人で相談しながら。
もう一度。
アームが降りる。
ぬいぐるみを掴む。
少し動いて。
落ちた。
「あらぁ」
「難しいなぁ」
浜谷は少し離れたところから、その様子を見ていた。
すると。
「浜谷くん」
「はい?」
細井がやってきた。
「あのお客さん、さっきから頑張ってるね」
「ですね」
「何回くらいやってるんだろ」
「結構やってますよね……」
その時。
老夫婦の会話が聞こえてきた。
「喜んでくれるかしら?」
「取れたらな」
浜谷が反応する。
「……お孫さん?」
細井も二人を見る。
どうやら。
近いうちに孫が遊びに来るらしい。
その時に渡すため。
あのぬいぐるみを取って帰りたいようだった。
「…………」
浜谷が黙る。
「どうしたの?」
「いや……」
浜谷は昔から。
おじいちゃん子だった。
だからなのか。
老夫婦が孫のために一生懸命になっている姿を見ていると。
どうしても。
取らせてあげたくなる。
「……取ってほしいなぁ」
「うん」
「めちゃくちゃ取りやすくしてあげたい」
「それはダメだね」
「ですよねぇ!」
即答だった。
浜谷もわかっていた。
店員として。
できることには限度がある。
浜谷個人の感情だけで。
特定のお客さんだけを特別扱いするわけにはいかない。
「俺の感情で取りやすくしたら、他のお客さんに説明つかないですもんね」
「そうだね」
「でも取ってほしい……」
「葛藤してるねぇ」
「義理人情と店員の間で揺れてます」
「義理人情で設定変えたら?」
「ギリギリアウトですね」
「普通にアウトだよ」
「ですよね」
浜谷は笑った。
だったら。
自分にできることは一つ。
「見守ります」
「見守る?」
「はい」
困って呼ばれたら。
すぐに行く。
その時は。
ほかのお客さんと同じように。
店員としてできる範囲で。
ちゃんと手伝う。
それまでは。
余計なことはしない。
「頑張れ……!」
小声で応援する浜谷。
細井が笑う。
「めっちゃ気にしてるじゃん」
「気になりますよ!」
老夫婦がもう一度挑戦する。
アームが降りる。
「……あぁ!」
浜谷の方が反応する。
「惜しい!」
「浜谷くんが遊んでるみたいになってるよ」
「いやぁ、今のいけると思ったのに!」
そして。
ついに。
老夫婦がこちらを見た。
「ちょっといいかしら?」
「はい!」
浜谷。
即座に向かう。
「早っ」
細井が笑う。
「これ、どうやったら取れるかしら?」
「ちょっと見ますね」
浜谷は景品の状態を確認する。
そして。
特別扱いではなく。
普段の接客と同じように。
狙いやすい場所を説明した。
「この辺りを狙ってみてください」
「ここ?」
「はい。今の位置なら、その方が動くと思います」
「ありがとうねぇ」
浜谷は少し離れる。
再びプレイ。
アームが降りる。
ぬいぐるみが。
大きく動いた。
「あっ!」
もう一度。
老夫婦が挑戦する。
そして。
ゴトン。
「あ!」
ぬいぐるみが獲得口へ落ちた。
「取れた!」
老夫婦が笑う。
「よかったぁ!」
思わず浜谷も声を上げた。
「親切にありがとうねぇ」
「いえ!おめでとうございます!」
ぬいぐるみを抱えて帰っていく二人を浜谷は見送った。
細井が隣に来る。
「よかったね」
「はい」
「ちゃんと店員として助けられたじゃん」
「ですね」
少しだけ間を置いて。
浜谷が笑う。
「お孫さん、喜んでくれるといいですね」
「きっと喜ぶよ」
取らせてあげたい。
その気持ちだけなら。
いくらでも。
けれど。
店員には。
越えてはいけない線もある。
だから。
線のこちら側で。
できることを精一杯。
義理人情だけでは仕事はできない。
でも。
義理人情があるからこそできる接客もある。
その境界線は。
ギリギリ……アウトではなかった。