原町中央店。
今日は、エリアマネジャーの大倉が来る日。
「おつかれさん!」
「お疲れ様です!」
午前中から事務所に入り、パソコンと資料を広げて仕事をしている。
エリアマネジャーともなれば、店舗へ来てもやることは多いらしい。
そして昼過ぎ。
休憩を終えた浜谷が、事務所の奥へ向かった。
目的は男性更衣室。
正確には。
男性更衣室にある自分のロッカー。
さらに正確には。
その中に入れてある、お茶。
「喉渇いた……」
ところが。
浜谷の足が止まった。
男性更衣室の前。
そこに、大倉がいた。
椅子に座り、パソコンを前にしてイヤホンをつけている。
「はい。原町の方は今のところ問題ないです」
オンライン会議中だった。
「…………」
浜谷は止まった。
よりによって。
男性更衣室の入口の前。
(邪魔だなぁ……)
言えない。
エリアマネジャーである。
「阿佐野の方は順調そうです。」
しかも、会議中である。
(でも、お茶取りたい……)
少し離れたところから大倉を見る。
「はい。その件については、また各店舗にも共有しておきます」
(終わりそう?)
「それと来月の件なんですけど」
(終わらへんのかい!)
浜谷は諦めて売り場へ戻った。
「琉くん、何してるニダ?」
茂田がいた。
「お茶取りに行きたいんですけど」
「行けばいいニダ」
「大倉さんが更衣室の前でオンライン会議してるんですよ」
「取ればいいニダ」
「会議中のエリアマネジャーの後ろを『すみませーん』って通れます!?」
茂田が即答する。
「通れるニダ」
「僕は無理です!」
そこへ相馬もやってきた。
「どうしたの?」
「大倉さんが邪魔で、お茶取れないんです」
「邪魔って言っちゃった」
「違います!場所的に!」
さらに川原までやってきた。
「浜谷さん、まだ休憩してるんですか?」
「お茶が取れないんです!」
事情を聞いた川原が事務所を覗く。
確かに。
大倉がいる。
絶妙に。
邪魔である。
「……あれは通りづらいですね」
「でしょ!?」
初めての理解者が現れた。
「声かければいいじゃん」
相馬が言う。
「だから会議中なんですよ!」
「じゃあ終わるまで待つしかないね」
「喉が渇いてるんですよ!」
茂田が笑った。
「自販機で買えばいいニダ!」
「ロッカーにお茶あるのに買いたくないです!」
「ケチニダ!」
「大学生は万年金欠なんです!」
茂田が笑いながらスマホを触る。
すると。
「あ、そうニダ」
「なんですか?」
「琉くん、大倉さんの若い頃見たことあるニダ?」
「ないですけど」
「成人式の写真あるニダ」
「なんで持ってるんですか?」
「前に大倉さんが送ってきたニダ!」
茂田がスマホを差し出す。
浜谷は画面を覗いた。
「…………誰?」
そこに写っていたのは。
茶髪。
今よりずっと明るい髪色。
平成の空気を全身にまとったような、見事なチャラ男風の青年だった。
「これ大倉さん!?」
「大倉さんニダ!」
「嘘でしょ!?」
相馬も画面を覗き込む。
「あら、若い」
川原も興味津々で覗く。
「全然違いますね」
浜谷は写真を見る。
そして。
男性更衣室の前で真面目にオンライン会議をしている現在の大倉を見る。
写真。
大倉。
写真。
大倉。
「……人って変わるんですね」
「失礼ニダ!」
「いやだって!完全に平成のチャラ男じゃないですか!」
茂田が笑う。
「若い頃はこんな感じだったらしいニダ!」
浜谷はもう一度写真を見る。
「この人が将来、エリアマネジャーになって、男性更衣室の前でオンライン会議するとは……」
「そこは関係ないでしょ」
相馬が笑った。
「でも、面影ありますよ」
川原が言う。
「あります?」
浜谷は写真を凝視した。
「…………あ」
「分かりました?」
「ちょっとだけ大倉さんです」
「大倉さんなんですよ」
浜谷は再び現在の大倉を見る。
真面目な顔で仕事の話をしている。
「……エリアマネジャーになったんだなぁ」
「何目線ニダ?」
もっとも。
今は大倉の歴史より。
お茶である。
浜谷は再び事務所へ向かった。
大倉はまだ会議中。
浜谷は少し離れた場所から手を広げ天を仰ぐ。
(気づいてくれ……)
大倉を見る。
(大倉さん……)
また見る。
(僕は今……)
また見る。
(あなたの後ろに行きたいんです……!)
もちろん。
テレパシーは届かない。
「……何してるんですか?」
後ろから川原に言われた。
「気づいてもらおうと、テレパシー送ってます」
「怖いですよ」
その時。
画面を見ていた大倉が、ふと浜谷に気づいた。
一瞬、浜谷を見る。
そして。
自分の後ろにある男性更衣室を見る。
「あ」
気づいた。
大倉は会議を続けながら、椅子ごと横へ移動した。
浜谷が通れるだけのスペースを空ける。
浜谷は思わず両手を合わせ、頭を下げた。
声を出さず。
口だけで。
「ありがとうございます!」
大倉も笑いながら、軽く手を上げた。
浜谷は無事、更衣室へ。
ロッカーを開ける。
そして。
念願のお茶を手に入れた。
「……長かった」
ただ、お茶を一本取るために。
なぜこんなに苦労したのだろう。
カウンターへ戻ると、茂田が聞いた。
「取れたニダ?」
浜谷はお茶を掲げた。
「大倉さんが気づいてくれました!」
「よかったね」
相馬が笑う。
川原も頷いた。
「結局、大倉さん何も悪くなかったですね」
「そうなんですよ」
大倉は。
仕事をしていただけ。
オンライン会議をしていただけ。
最後には、自分から気づいて場所まで空けてくれた。
だから。
大倉は何も悪くない。
浜谷はお茶を一口飲んだ。
そして、小さく呟いた。
「でも……」
三人が見る。
「エリアマネジャーはちょっと邪魔じゃね?」
三人は少し顔色が悪くなる。
「私はそうは思わないニダ!」
「私も!」
「真面目に仕事しててすごいと思います!」
「何の話や?」
浜谷の背後には会議を終えた大倉がいた。