阿佐野店。
午後。
クレーンゲームコーナー。
「パパ、あれ欲しい!」
小学生くらいの女の子が指差した。
人気キャラクター、お茶カワの大きなぬいぐるみ。
「よーし、任せとけ」
父親が百円玉を入れる。
アームが動く。
下降。
掴む。
持ち上がる。
「あっ!」
娘が声を上げる。
しかし。
ポトッ。
「惜しい!」
父親がもう百円。
また百円。
さらに百円。
少しずつ動いている。
だが。
取れない。
少し離れたところから細井が見ていた。
「頑張ってるなぁ」
そこへ古坂がやってくる。
「何?」
「あのお父さん。ずっとお茶カワやってる」
古坂が筐体を見る。
「結構動いてるね」
「あとちょっとなんだけどね」
父親が再び挑戦する。
しかし。
取れない。
「パパ、もういいよ」
娘が言った。
「ごめんな。今度またやろう」
「うん」
親子はその場を離れた。
細井が少し残念そうに見送る。
「惜しかったね」
「うん」
その直後。
別の客がやってきた。
百円玉を入れる。
アームを動かす。
下降。
そして。
ゴトン。
「…………」
細井が止まった。
古坂も止まった。
一発。
お茶カワが落ちた。
「…………」
「…………」
細井が呟く。
「取れちゃった」
「取れたね」
その頃。
さっきの親子は別のクレーンゲームの前にいた。
「パパ! これ!」
「これか?」
今度はシナモンのキャラクター、カァーッ。
大きく口を開けたカァーッの人気のぬいぐるみだった。
そこへ樋口が通りかかる。
「あ」
足を止める。
シナモン好きの樋口だった。
「カァーッだ」
父親が挑戦する。
アームが下降する。
「…………」
動かない。
もう一回。
「…………」
少し動いた。
もう一回。
戻った。
樋口が思わず言う。
「あー……」
父親が振り向く。
樋口はすぐに笑顔になる。
「惜しいですね」
「難しいですね、これ」
「少しずつ動いてはいるんですけどね」
「頑張ってください!」
父親は再び挑戦。
しかし。
取れない。
娘が父親の袖を引っ張った。
「パパ、もういいよ」
「……そうだな」
父親は諦めた。
親子が離れる。
樋口がその背中を見る。
「残念……」
その直後。
若いカップルがやってきた。
「これかわいい!」
「やってみる?」
百円玉。
アームが動く。
下降。
ゴトン。
「やったー!」
「一発じゃん!」
「…………」
樋口が固まった。
ちょうどそこへ細井と古坂が来た。
「樋口さん?」
「…………」
「どうしたんですか?」
樋口がカップルを見る。
そして。
遠ざかっていく親子を見る。
「……また」
「え?」
「さっきのお父さん」
細井が反応する。
「お茶カワのお父さん!?」
「シナモンも?」
「うん」
三人が親子を見る。
「…………」
古坂が呟く。
「今日、持ってないね」
「言っちゃダメ」
親子はメダルコーナーへ向かった。
「パパ、メダルやりたい!」
「よし。じゃあメダルやるか」
今度こそ。
父親はメダル貸出機へ向かう。
千円札を入れる。
ジャラジャラジャラジャラ。
四百枚。
「いっぱい出た!」
娘が喜ぶ。
父親も笑う。
「よし、遊ぶか!」
ようやく平和が訪れた。
その時だった。
「お客様ー!」
明るい声が聞こえた。
矢水だった。
「ただいまメダル増量キャンペーン開催中でーす!」
父親が止まる。
「…………」
「期間中はクーポンをご利用いただくと、千円で八百枚!」
「…………」
父親がゆっくり振り向く。
少し離れたところ。
派手なPOP。
『メダル増量キャンペーン!クーポン利用で、
1000円で800枚!』
父親は手元を見る。
四百枚。
POPを見る。
八百枚。
もう一度。
四百枚。
ポケットには。
今朝、新聞の折り込みで入っていたクーポン。
「…………」
娘が聞く。
「パパ?」
「…………」
父親は天井を見た。
そこへ大澤が通りかかった。
「どうしました?」
父親が静かに聞く。
「……これ」
「はい」
「さっき普通に千円入れちゃったんですけど」
「ああ……」
大澤もPOPを見る。
「キャンペーンって……」
「スタッフにクーポンを見せてもらわないとダメなんです」
「…………」
「すみません」
「いや、僕が気づかなかったんで……」
父親は四百枚のメダルを見る。
「…………」
「半分かぁ……」
大澤は何も言えなかった。
しばらくして。
カウンター。
細井、古坂、樋口、矢水、大澤、高村が集まっていた。
「そんなことある?」
細井が笑う。
「お茶カワ諦めた直後に別の人が一発」
古坂が言う。
「次のシナモンも一発」
樋口が続ける。
矢水が申し訳なさそうな顔をする。
「そのあと私、キャンペーンの案内しちゃった……」
「矢水さんは悪くないよ」
高村が言う。
「知らなかったんだもん」
「でもタイミングが……」
大澤が言う。
「普通に四百枚出した直後でした」
「うわぁ……」
細井が顔をしかめる。
高村が親子を見る。
父親は娘と一緒にメダルゲームをしていた。
娘は楽しそうだった。
父親も。
なんとか笑っている。
「でも」
高村が言った。
「娘さん、楽しそうだよ」
全員が見る。
「パパ! いっぱい出た!」
「おお! すごいすごい!」
娘が笑う。
父親も笑う。
細井が少し微笑んだ。
「それならよかった」
古坂も頷く。
「今日はお父さんが楽しませに来たんだもんね」
樋口が言う。
「景品は取れなかったけど」
矢水が言う。
「メダルは半分だったけど」
大澤が言う。
「全部言わなくていいと思う」
「確かに」
その時。
娘がメダルゲームから立ち上がった。
「パパ!」
「ん?」
「今日楽しかった!」
父親が笑う。
「そっか」
「また来ようね!」
「…………」
父親が一瞬止まった。
スタッフ全員が遠くから見守る。
「…………」
父親は笑った。
「……また来ような」
「うん!」
高村が微笑んだ。
「いいお父さんじゃない」
細井も笑う。
「ですね」
その時だった。
メダルコーナーから。
派手な電子音が鳴り響いた。
ファンファーレ。
店内に響く演出音。
「え?」
細井が振り向く。
古坂も見る。
「何?」
樋口が目を見開いた。
「あそこ!」
さっきの親子だった。
メダルゲームの画面いっぱいに。
大きな文字。
『JACKPOT』
「…………」
父親が固まっている。
娘も固まっている。
そして。
大量のメダルが払い出され始めた。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!!
「パパ!!」
娘が叫ぶ。
「すごい!!」
「…………」
父親はまだ固まっていた。
「パパ! いっぱい出てる!」
「…………」
ようやく。
父親が両手を上げた。
「よっしゃあああああ!!」
娘も飛び跳ねる。
「やったー!!」
カウンター。
スタッフ六人も思わず笑った。
「よかったぁ!」
細井が声を上げる。
矢水も嬉しそうに手を叩く。
「報われた!」
樋口が笑う。
「やっと取れたね」
古坂が言う。
「景品じゃないけどね」
大澤も頷く。
「クーポンの四百枚分どころじゃない」
高村が笑った。
「最後に大当たり引いたじゃない」
今日。
お茶カワを逃した。
カァーッも逃した。
クーポンも使い忘れた。
とことん。
ババを引き続けたパパ。
だけど。
最後の最後。
娘と一緒に引いたのは。
ババではなく。
大当たりだった。
「パパすごい!」
娘の声が響く。
父親は今日一番の笑顔を見せた。
ババを引くパパ。
最後の一枚だけは。
とびっきりの当たりだった。