原町中央店。
午後。
メダルコーナー。
「これはキツイな……」
浜谷は一台のメダルゲームの前にしゃがみ込んでいた。
エラーが出てから、すでにかなりの時間が経っている。
内部を確認する。
清掃する。
センサーを見る。
一度復旧させる。
しかし。
再びエラー。
「なんでや……」
浜谷はもう一度扉を開けた。
「ここじゃないのか……?」
その時。
背後に人の気配。
「?」
山神だった。
「山神さん」
山神は何も言わず。
浜谷の隣にしゃがんだ。
内部を見る。
少し触る。
確認する。
そして。
数十秒後。
エラー表示が消えた。
「えっ」
正常に動き始めるメダルゲーム。
「直った……」
山神は立ち上がる。
浜谷も慌てて立った。
「ありがとうございます!助かりました!」
「…………」
山神は。
そのまま歩いていった。
「…………」
浜谷が固まる。
いつもなら。
「おぅ」
がある。
「……怒らせちゃったかな」
その後。
浜谷は売り場で山神とすれ違った。
「山神さん、さっき本当にありがとうございました!」
「…………」
山神はそのまま通り過ぎる。
「…………」
ない。
おぅが。
さらに十分後。
バックヤード。
「山神さん」
「…………」
「さっきのメダルゲーム、今も問題なく動いてます!ありがとうございました!」
山神は浜谷を見る。
しかし。
何も言わず去っていった。
「…………」
浜谷の不安は。
確信へと変わり始めた。
休憩から戻ってきた川原を捕まえる。
「川原さん」
「はい?」
「ちょっと相談いいですか?」
「なんですか?」
浜谷は声を潜める。
「山神さん、怒ってるかもしれないです」
「山神さんが?」
「はい」
「なんでですか?」
「メダルゲームのエラー、俺がずっと直せなくて。山神さんが来てサクッと直してくれたんです」
「はい」
「そこから全然喋ってくれないんですよ」
川原が少し考える。
「……結構時間かかってましたもんね」
「やっぱり?」
「怒ってるのかも」
「やっぱり……」
浜谷の顔が曇る。
「しかも」
「まだあるんですか?」
「おぅ、すらないです」
「それは……」
川原も少し真剣な顔になった。
山神から。
おぅがない。
これは一大事である。
浜谷は頭を抱える。
「僕、メンテ担当なのに……」
「でも直せない時もありますよ」
「それは分かってるんですけど……」
「直接聞いてみたらどうですか?」
「怖いなぁ……」
「このまま気にするよりいいですよ」
「……行ってきます」
浜谷は覚悟を決めた。
カウンター。
山神が一人で立っている。
浜谷はゆっくり近づいた。
「あの……山神さん」
山神が浜谷を見る。
「…………」
「さっきのメダルゲームのことなんですけど」
「…………」
「時間かかっちゃって、すみませんでした」
山神は浜谷を見る。
そして。
「おぅ」
浜谷が目を見開いた。
「なんで!?」
突然のおぅ。
「さっきまで全然言ってくれなかったじゃないですか!」
山神。
「眠たかった」
「眠たかった!?」
そこへ川原もやってきた。
「え?」
浜谷が山神を見る。
「怒ってたんじゃないんですか?」
「怒ってない」
「俺がメダルゲーム直すのに時間かかってたから呆れてたとか」
「ないよ」
「じゃあ、なんで何回お礼言っても無言だったんですか!?」
山神は少し目を細める。
「眠たかった、早く帰って寝たい」
「そんなに!?」
川原が吹き出した。
「私たち、めっちゃ心配してたんですよ!」
山神。
「おぅ」
「今は言うんだ!」
浜谷は大きく息を吐いた。
「よかったぁ……」
川原が笑う。
「完全に考えすぎでしたね」
「だって山神さんから『おぅ』取ったら不安になりますよ!」
山神。
「おぅ」
「それです!それが欲しかったんです!」
いつもあるものが突然なくなると人は不安になる。
浜谷にとって山神の「おぅ」はもはや安心を与えてくれる言葉だった。
おぅ神よ、許したまえ。
もっとも。
最初から。
山神は何一つ怒っていなかった。