ある土曜日の朝。
「おつかれさまぁ〜ず!」
店内に、今日も元気な茂田の声が響く。
「今日は忙しくなるニダ!」
「開店準備お願いニダ〜!」
スタッフたちは笑顔で持ち場へ向かう。
その様子を見ながら、浜谷はふと思った。
(……。)
(茂田さんって。)
(今日だけで何回『ニダ』って言うんだろう。)
さらに、
(『おつかれさまぁ〜ず』も結構言うよな。)
浜谷はポケットから小さなメモ帳を取り出した。
ニダ 1回
おつかれさまぁ〜ず 1回
(今日は数えてみよう。)
営業が始まった。
⸻
「石村さん、景品補充お願いニダ!」
ニダ 2回。
「おつかれさまぁ〜ず!」
2回。
「琉くん、メダルお願いニダ!」
3回。
浜谷は心の中で数えながら仕事を続ける。
(まだ三十分しか経ってないのに……。)
⸻
十一時。
「ヒム〜!」
「メダルお願いニダ!」
4回。
「麻美〜!」
「イベントお願いニダ!」
5回。
「相馬さん、おつかれさまぁ〜ず!」
3回。
浜谷は吹き出しそうになる。
その様子を見た高崎が近付いてきた。
「琉くん。」
「何書いてるの?」
「あっ。」
浜谷は少し恥ずかしそうにメモ帳を見せた。
高崎は数秒黙る。
そして、
「ぷっ!」
思わず吹き出した。
「何それ!」
「面白い!」
「私も数える!」
⸻
そのやり取りを聞いていた石村もやって来る。
「何だ何だ?」
事情を聞くと、
「そういえば結構言うよな(笑)」
石村も参加。
さらに、
「私もやります!」
と大沼。
「じゃあ私は『おつかれさまぁ〜ず』専門で。」
と藤屋。
いつの間にか、みんなで茂田の口ぐせを数え始めていた。
山神だけは新聞を読みながら、
「おぅ。」
「暇だな。」
と言うが、少しだけ笑っている。
日村も事情を聞くと、
「……。」
「了解です。」
とだけ答え、静かに仕事へ戻った。
⸻
午後。
イベントが始まり、店内は大盛況。
茂田のテンションも最高潮だ。
「ありがとうニダ!」
「いい感じニダ!」
「景品追加ニダ!」
「おつかれさまぁ〜ず!」
「そのままお願いニダ!」
「ポテト!」
浜谷は途中で数が分からなくなりそうになる。
「今ので二十八?」
高崎が首を振る。
「二十九!」
石村もうなずく。
「さっき二回続けて言ったから三十。」
三人は真剣な顔で数えている。
その姿の方がよほど怪しかった。
⸻
閉店。
事務所で片付けも終わり、浜谷が言う。
「それでは集計します。」
高崎。
「ニダ四十七回!」
石村。
「四十八回。」
浜谷。
「僕も四十八回です。」
大沼。
「四十六回でした!」
藤屋。
「『おつかれさまぁ〜ず』は十八回です。」
「だいたい同じだな。」
石村が笑う。
その時。
「何してるニダ?」
茂田が不思議そうに近付いてきた。
浜谷はメモ帳を見せる。
「実は今日……。」
「店長の『ニダ』と『おつかれさまぁ〜ず』を数えてました。」
茂田はメモを見る。
ニダ 48回
おつかれさまぁ〜ず 18回
「そんな言ってないニダ。」
高崎がすぐに指を差した。
「はい!」
「四十九回!」
事務所は大爆笑。
「えっ!?」
茂田は目を丸くする。
石村も笑いながら言う。
「店長、自覚ないんですね(笑)」
⸻
浜谷は前から気になっていたことを聞いた。
「そういえば……。」
「茂田さん。」
「はいニダ?」
「その『ニダ』って、何なんですか?」
事務所が一瞬静まり返る。
大沼がうなずく。
「気になります!」
全員の視線が茂田に集まる。
茂田は腕を組み、真剣な表情で考え始めた。
「……。」
「…………。」
数秒後。
「分からないニダ。」
「えぇぇぇぇ!?」
事務所中にツッコミが響く。
「自分でも分からないんですか!」
茂田は照れ笑いする。
「気付いたら言ってたニダ。」
山神が短く言う。
「おぅ。」
「昔からだ。」
石村もうなずく。
「入った頃からずっとだよ。」
高崎が笑う。
「もう口ぐせじゃなくて第二言語だね(笑)」
茂田もつられて笑った。
「そうかもしれないニダ。」
浜谷はメモ帳を見る。
「五十回です。」
「あっ。」
茂田は口を押さえた。
「しまったニダ。」
「五十一回!」
「もう無理ニダ〜!」
「五十二回!」
事務所は今日一番の笑い声に包まれた。
⸻
帰る時間。
茂田はバッグを肩に掛け、いつものようにドアの前で振り返る。
「みんな!」
「シーユーアゲイン!」
スタッフ全員。
「お疲れさまでした!」
茂田は笑顔で手を振る。
「シーユーアゲイン! また明日〜!」
そう言って事務所を出ていった。
バタン。
静かになった事務所。
浜谷はゆっくりメモ帳を閉じる。
「……。」
高崎と石村が浜谷を見る。
浜谷はニヤッと笑った。
「数える項目。」
「一つ増えましたね。」
石村もニヤリ。
「明日から『シーユーアゲイン』も追加だな。」
高崎は笑いながらうなずく。
「店長、また自覚ないんだろうね(笑)」
山神が新聞を畳み、一言。
「おぅ。」
「三つだな。」
全員が顔を見合わせる。
そして――
「ははははは!」
今日もファンステージには、笑い声が響いていた。