原町中央店。
事務所。
「…………」
茂田はパソコンの前に座っていた。
画面には。
原町中央店の資料。
その隣には。
阿佐野店の資料。
「こっちがまだ終わってない……」
キーボードを叩く。
確認する。
また別のファイルを開く。
原町中央店の仕事を終わらせても。
阿佐野店の仕事が残っている。
阿佐野店のことを考えていると。
今度は原町中央店から確認事項が飛んでくる。
兼任店長。
二つの店舗を見るということは。
単純に仕事が二倍になる。
というほど、簡単な話でもなかった。
「茂田さん」
事務所を覗いた川原が声をかける。
「これ、確認お願いします」
「そこ置いといて」
「分かりました」
川原が机を見る。
書類。
書類。
また書類。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫ニダ」
即答だった。
川原は少し心配そうにしながら、事務所を出た。
しばらくして。
「千歌ちゃん」
今度は山神が顔を出した。
「おぅ」
「大丈夫か?」
「大丈夫ニダ」
また。
即答。
山神は少しだけ茂田を見て。
「おぅ」
それ以上は何も言わなかった。
そして。
夕方。
相馬が事務所へやってきた。
「茂田さん」
「ん?」
「まだやってるの?」
「もうちょっと」
「朝からずっとじゃない?」
「店長だから仕方ない」
相馬は机の上を見る。
原町。
阿佐野。
二つの店舗の名前が並んでいた。
「大変だね」
「まあ……」
茂田が笑う。
「仕事だから」
相馬は少し黙った。
そして。
いつもの穏やかな声で言った。
「茂田さん」
「ん?」
「いつもありがと」
茂田の手が止まった。
「……急にどうした?」
「急じゃないよ」
相馬は笑った。
「私たちにできることあったら、なんでも言ってね」
「…………」
「一人で背負わなくていいからね」
茂田は相馬を見る。
「原町のことも、阿佐野のことも考えないといけないんでしょ?」
「そうね」
「だったら、原町のことは原町にいる私たちができることはやるから」
相馬は机の書類を指した。
「全部自分でやろうとしなくていいんだよ」
茂田は何も言わなかった。
いつもなら。
何か返す。
冗談を言う。
ニダをつけて誤魔化す。
でも。
今は少しだけ。
言葉が出なかった。
相馬は。
茂田にとってのメンターだった。
店長になっても。
二店舗を任されるようになっても。
困った時。
疲れた時。
変わらず声をかけてくれる人だった。
「……聖子さん」
「なに?」
「ありがとー!!」
「今さら?」
二人が笑った。
事務所の外。
たまたま通りかかった川原が、その声を聞いた。
その隣には山神。
「相馬さん、すごいですね」
川原が小さな声で言う。
山神は頷く。
「おぅ」
「私、さっき大丈夫ですかって聞くだけでした」
「それでもいい」
川原は少し笑った。
事務所では。
茂田が椅子の背もたれに体を預けていた。
「なんか聖子さんと話したら、ちょっと楽になった」
「それならよかった」
「聖子ママニダ」
「誰がママよ」
「聖子ママの子守唄ニダ」
「歌ってないけどね」
相馬が笑う。
茂田も笑った。
確かに。
相馬は歌っていない。
けれど。
疲れ切った茂田には。
その優しい言葉が。
まるで子守唄のように聞こえていた。
仕事は減っていない。
原町中央店の仕事も。
阿佐野店の仕事も。
まだ残っている。
それでも。
一人で抱えているのと。
誰かが隣にいるのとでは。
少しだけ。
重さが違った。