夜。
浜谷のアパート。
「ゴホッ、ゴホッ……」
ベッドの上で、浜谷は毛布にくるまっていた。
「……やばい。体調崩した……」
夕方くらいから少しおかしかった。
身体が重い。
喉も痛い。
そして何より、寒い。
浜谷は枕元のスマホを手に取った。
こういう時、頼れる人間は――。
『もしもし?』
「長北……」
『おう。どうした?』
「すまん……風邪薬とスポーツドリンクと、ゼリー買ってきて……」
『は?』
「動けん……」
電話の向こうで数秒の沈黙。
『分かった。待っとけ』
「……ありがと」
電話を切る。
こういう時だけは、本当にいい友達である。
一時間後。
ピンポーン。
「浜谷ー。生きてるかー」
「勝手に殺すな……」
玄関を開けると、袋を提げた長北が立っていた。
「うわ」
浜谷の顔を見た瞬間、長北が一歩引いた。
「顔死んでるぞ」
「だから殺すな……」
長北は買ってきたものをテーブルに並べる。
スポーツドリンク。
ゼリー。
風邪薬。
ついでにプリン。
「プリン頼んでないぞ」
「俺が食べる」
「帰れ」
浜谷は体温計を脇に挟んだ。
しばらくして電子音が鳴る。
画面を見る。
「…………」
「何度?」
浜谷は無言で体温計を長北に見せた。
『38.9℃』
「お前、普通に熱あるじゃん」
「あるな……」
「明日病院行け。連れて行くから」
「でも明日、原町出勤やで」
「いいから休め」
「でもなぁ……」
「その状態でゲーセン行ってどうすんだよ」
「……確かに」
「客に風邪ゲットさせる気か」
「景品みたいに言うな」
長北に言われ、浜谷はスマホを手に取った。
連絡先から茂田千歌を探す。
時刻はもう遅い。
少し申し訳なさを感じながら、電話をかけた。
数回のコール。
『カムサハムニダ!』
「茂田さん、すみません。浜谷です」
『琉くん!どうしたニダ?』
「ちょっと体調崩しちゃって……今、熱測ったら38.9℃ありまして」
『え!?』
一気に茂田の声色が変わった。
『大丈夫ニダ!?』
「とりあえず明日、病院行こうと思ってます」
『うん。明日は休んで』
「でも、シフトが……」
『シフトより体調。そこは気にしなくていいニダ!』
「……すみません」
『なんか最近派手に遊んだんだって?』
「なんでそれを…?」
『樋口ちゃんと矢水さんから聞いたニダ』
『それはいいけど、とにかく明日は休むニダ!』
電話を切る。
長北が腕を組んで浜谷を見ていた。
「ほら」
「なんや」
「店長も休めって言ってるじゃん」
「分かったよ……」
とはいえ。
問題が一つ残っている。
明日のシフトである。
浜谷は原町中央店のグループチャットを開いた。
メンバーは茂田、石村、山神、日村、高崎、藤屋、相馬、大沼、川原――そして浜谷。
少し考えてから文章を打つ。
『夜遅くにすみません。浜谷です。
体調を崩してしまい、明日の勤務をお休みさせていただくことになりました。
急で申し訳ないのですが、どなたか代理で出勤できる方はいらっしゃいませんか?』
送信。
「……よし」
スマホを置く。
一分後。
ピコン。
浜谷が見る。
川原からだった。
『すみません、明日は予定があって難しいです お大事にしてください!』
「川原さん、無理か……」
ピコン。
高崎。
『ごめん!明日は無理。浜谷くんゆっくり休んで!!』
ピコン。
藤屋。
『ごめんなさい、私も難しいです。お大事に!』
ピコン。
大沼。
『明日は予定入ってます。早く元気になってください!』
ピコン。
相馬。
『ごめんね、明日は難しいです。無理しないでね』
浜谷はスマホを見つめた。
「…………」
長北がゼリーを食べながら聞く。
「どうした?」
「全滅や」
「まだ五人だろ」
「綺麗に全員予定入ってる」
「人気者だな、お前」
「関係ないやろ」
ピコン。
また通知。
浜谷は勢いよくスマホを見る。
茂田だった。
『浜谷くん、もう代理探さなくていいよ。こっちで調整するから寝るニダ』
「…………」
長北が画面を覗き込む。
「怒られてんじゃん」
「怒られてないわ」
『すみません。ありがとうございます』
送信。
これで終わり。
――のはずだった。
ピコン。
高崎。
『しげちゃん、私ちょっと時間ずらしたら行けるかも!』
ピコン。
大沼。
『私も予定確認してみます!』
ピコン。
川原。
『夕方からなら出られるかもしれません!』
「……ん?」
さっきまで全員無理だったはずなのに。
ピコン。
藤屋。
『それなら私、午前中だけなら行けるかも』
ピコン。
相馬。
『じゃあ私も調整してみるね』
通知が止まらない。
高崎。
『私お昼いける!』
大沼。
『私も時間によってはいけます!』
川原。
『じゃあ私夕方入ります?』
藤屋。
『それなら繋がるね』
相馬。
『待って、みんな無理しなくていいよ』
深夜。
原町中央店のグループチャットで。
浜谷の代理を巡る、謎のシフト調整が始まった。
「……なんか始まった」
「何が?」
「代理戦争」
「真夜中に?」
「真夜中の代理戦争や……」
長北がスマホを取り上げた。
「いいからお前は寝ろ」
「おい、返せ」
「病人は参加禁止」
「俺の代理戦争やぞ!」
「だからだよ」
浜谷はスマホを取り返そうとする。
しかし身体に力が入らない。
諦めて布団へ戻った。
「……ゴホッ」
「ほら。寝ろ」
「明日……病院頼むわ」
「任せろ」
「あとプリン一口くれ」
「これは俺の」
「まぁ今日はもういいや…寝る…」
真夜中の代理戦争。
当事者、強制離脱。