阿佐野店。
午後。
カウンター。
浜谷と細井が並んで立っていた。
今日は珍しく店内も落ち着いている。
「暇ですね」
浜谷が言う。
「そういうこと言うと忙しくなるよ」
「言わなきゃよかった」
細井が笑う。
「浜谷くん、そういうの気にするんだ」
「言霊ってあるじゃないですか」
「じゃあ忙しい忙しい忙しい」
「逆に暇になる理論?」
「そう」
「そんな単純じゃないでしょ」
二人が笑う。
少しだけ静かになる。
店内にはBGM。
遠くからクレーンゲームの電子音が聞こえる。
細井が浜谷を見る。
「ねえ、浜谷くん」
「はい?」
「最近、阿佐野多いよね」
「そうですね」
「どう?」
「何がですか?」
「阿佐野」
浜谷は少し考える。
「楽しいですよ」
「ほんと?」
「はい」
「原町とどっちが楽しい?」
「それ聞きます?」
「聞く」
細井が笑っている。
「答えづらいですよ」
「なんで?」
「原町は原町で楽しいし、阿佐野は阿佐野で楽しいですから」
「逃げた」
「逃げてないですよ!」
「じゃあ」
細井が少し浜谷に近づいた。
「阿佐野で一番楽しいのは?」
「一番?」
「うん」
浜谷が細井を見る。
細井も浜谷を見る。
「…………」
「…………」
いつもならすぐに何か言うはずなのに。
なぜか。
言葉が出てこない。
細井が笑った。
「何?」
「いや……」
「何その顔」
「別に」
「言ってよ」
「…………」
浜谷は少しだけ視線を逸らした。
「細井さんと喋ってる時は……」
「うん」
「結構、楽しいですよ」
細井が止まった。
「…………」
「…………」
「それだけ?」
「え?」
「結構?」
細井がもう一歩近づく。
「結構なんだ?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味?」
「だから――」
細井が浜谷を見る。
いつもの笑顔とは少し違う。
浜谷も細井を見る。
距離が近い。
「浜谷くん」
「はい」
「私も――」
「浜谷さん」
「…………」
「浜谷さん」
細井の声。
「浜谷さん!」
「…………え?」
浜谷が目を開けた。
目の前にいたのは。
川原だった。
「…………」
「おはようございます」
「…………川原さん?」
「はい」
浜谷はゆっくり体を起こした。
机。
椅子。
ロッカー。
休憩室。
「…………」
周囲を見る。
阿佐野ではない。
「……ここどこ?」
「原町中央店です」
「…………」
浜谷が固まった。
川原が笑う。
「大丈夫ですか?」
「阿佐野は?」
「何言ってるんですか」
「細井さんは?」
「原町にはいませんよ」
「…………」
夢だった。
全部。
浜谷は顔を覆った。
「マジか……」
「どんな夢見てたんですか?」
「言えるか!」
「なんでですか!」
浜谷は時計を見た。
そして。
止まった。
「…………」
もう一度見る。
「…………川原さん」
「はい」
「今何時?」
川原が時刻を答える。
浜谷の顔から血の気が引いた。
「…………」
「浜谷さん」
「…………」
「休憩」
「…………」
「とっくに終わってますよ」
「うわあああああ!!」
浜谷が飛び起きた。
「何分!?」
「結構」
「なんで早く起こしてくれなかったんですか!?」
「起こしましたよ!」
「いつから!?」
「何回も呼びました!」
「嘘やん!」
「ほんとです!」
浜谷は慌てて身支度を整える。
「終わった!やばい!」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない!」
「そんな焦らなくても」
「休憩時間過ぎて寝てるって最悪じゃん!」
「そこまで言ってないです!」
浜谷が休憩室から飛び出そうとする。
その背中に。
川原が声をかけた。
「浜谷さん」
「何!?」
「細井さんって浜谷さんにとって何ですか?」
浜谷が止まった。
「…………」
ゆっくり振り返る。
川原がニヤニヤしていた。
「寝ながら言ってましたよ」
「…………」
「細井さんって」
「…………」
「誰ですか?」
「知ってるだろ!!」
「知ってますけど」
川原が笑う。
「どんな夢だったんですか?」
「忘れてください!」
「無理です」
「頼むから忘れて!」
「細井さんに言おうかな」
「無理でしょ!阿佐野の人なんだから」
「何でですか?」
「何でも!!」
浜谷は顔を赤くしたまま休憩室を出ていった。
川原は笑いながらその背中を見送る。
阿佐野店。
細井との、ちょっといい雰囲気。
それは。
休憩時間の終了とともに。
完全にフェードアウトした。
浜谷に残ったのは。
寝過ごした事実と。
川原に握られた、とんでもなく恥ずかしい情報だけだった。