浜谷のアパート。
夜。
原町中央店での勤務を終え。
帰宅した浜谷は。
明日の準備をしていた。
「明日は阿佐野か」
着替え。
財布。
その他諸々。
鞄に入れていく。
そして。
仕事で使っているポーチを入れようとして。
「…………」
手が止まった。
ない。
鞄を見る。
机を見る。
部屋を見る。
「…………ない」
記憶を辿る。
最後に使ったのは。
原町中央店。
「あ」
思い出した。
「原町に忘れた!」
しかも。
明日は阿佐野店への応援勤務。
原町へ出勤するなら問題ないが。
明日は違う。
浜谷はスマートフォンを取り出し。
茂田へ連絡した。
『ポーチを原町に忘れてきてしまいました! 明日阿佐野行く前に原町寄っていいですか?』
しばらくして。
返信が来た。
『私、明日原町行ったあと阿佐野だから、持ってくニダ!』
「おお!」
浜谷はすぐに返す。
『助かります!ありがとうございます!』
これで安心。
翌日。
阿佐野店。
「おはようございます!」
浜谷が出勤する。
着替えを済ませ。
事務所を見る。
「…………」
茂田がいない。
浜谷は首を傾げた。
「ん? 茂田さんおらんくない?」
近くにいた古坂に聞く。
「古坂さん」
「何?」
「茂田さんってまだ来てないですか?」
「千歌ちゃん?」
「はい」
「もう来たよ」
「え?」
浜谷が事務所を見る。
いない。
「どこ行ったんですか?」
「原町行って、阿佐野来たあと、また原町戻ったよ」
「えええ!?」
浜谷が固まった。
来ていた。
そして。
もう帰った。
「ポーチは……?」
古坂が笑う。
「何か預かってたの?」
「僕の仕事用のポーチです! 昨日原町に忘れて、持ってきてくれるって!」
「ああ」
古坂は何か思い出したように笑った。
「なるほどね」
「なるほど?」
その時。
高村がやってきた。
「浜谷くん、どうしたの?」
「僕のポーチ知りません?」
高村が一瞬黙る。
そして。
なぜか笑った。
「ロッカー」
「ロッカー?」
「見てくれば?」
「なんで笑ってるんですか?」
「いいから」
怪しい。
浜谷は。
阿佐野店で使わせてもらっている応援者用のロッカーへ向かった。
扉を開ける。
「…………」
そこには。
ポーチがあった。
いや。
ただ置かれていたわけではない。
ロッカーの扉に。
まるで磔にされたかのように。
浜谷のポーチが磁石でくっつけられていた。
「何これ!?」
さらに。
ポーチの上には。
一枚のメモ。
緑色のペンで。
大きく。
『人質ニダ』
「…………」
浜谷は固まった。
その下には。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
メモ用紙を埋め尽くす勢いで。
ひたすら。
『ニダ』
「怖い怖い怖い!」
古坂と高村もやってきた。
古坂がメモを見る。
「千歌ちゃん、何してんの」
高村は笑っている。
「朝からこれ作ってたよ」
「見てたんですか!?」
「楽しそうだったから」
「止めてくださいよ!」
浜谷は。
もう一度メモを見る。
「何個ニダ書いてるんだよ……」
一つずつ目で追っていく。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
ニダ。
「…………ん?」
浜谷の目が止まった。
「これ」
二人が覗き込む。
大量の『ニダ』の中。
一つだけ。
『ダニ?』
「…………」
浜谷が吹き出した。
「ダニってなんだよ!」
古坂も笑う。
「間違えたんじゃない?」
「ニダをどう間違えたらダニになるんですか!」
高村も笑っている。
「わざとじゃない?」
「どっちでも面白いですよ!」
浜谷は。
磔にされたポーチを救出した。
「まったく……」
昨日。
原町に忘れたポーチ。
わざわざ茂田が拾って。
阿佐野まで持ってきてくれた。
そこまでは。
ありがたい。
非常にありがたい。
ただし。
普通に渡すという選択肢は。
なかったらしい。
浜谷はポーチを腰につける。
そして。
メモを捨てようとして。
「…………」
少し考えた。
結局。
ポケットにしまった。
古坂が気づく。
「あれ、捨てないの?」
「記念に持って帰ります」
「気に入ってるじゃん」
「家でラミネートしてお守りにします!」
高村が笑う。
「確かに厄除けにはなりそうだけど…」
もう一度。
メモを見る。
『人質ニダ』
その下に。
大量の『ニダ』。
そして。
一つだけ。
『ダニ?』
「あと、面白いんで!」
浜谷は笑った。
人質は。
無事救出。
身代金は。
必要なかった。
ただ。
救出された本人は。
なぜか犯人の残したメモまで。
大事に持ち帰るのであった。