阿佐野店。
午後。
クレーンゲームコーナー。
浜谷は。
脚立の上にいた。
「もう少し右ですか?」
「そう。そこ」
下では。
細井が脚立を押さえている。
浜谷が手を伸ばし。
筐体の上にある収納ケースに景品をしまった。
「よし!どうでしょう?」
細井が少し離れて確認する。
「いい感じ」
「じゃあ終わりですね」
浜谷が手を下ろす。
そして。
何気なく店内を見渡した。
「…………」
いつもより。
少し高い場所。
そこから見る阿佐野店は。
普段とは少し違って見えた。
「細井さん」
「何?」
「ここから見ると、阿佐野店って小さいですね」
「悪かったね」
「いやいや! そういう意味じゃないですよ!」
浜谷が慌てる。
「原町と比べたら小さいのは知ってましたけど、こうやって見ると本当に全部見えるなって」
入口。
カウンター。
クレーンゲーム。
メダルゲーム。
そして。
そこで働く人たち。
「お」
浜谷が何かを見つけた。
「古坂さん接客入りました」
「何?」
「ただいま古坂さん、クレーンゲームのお客さんへ接近中」
「実況しなくていいから」
古坂がお客さんと話す。
少しして。
笑顔でその場を離れた。
「接客終了。古坂さん、戻ります」
「浜谷くん、何してるの?」
聞こえていたらしい。
古坂がこちらを見上げた。
「脚立の上から阿佐野店を観察してます」
「仕事は?」
「終わりました」
「じゃあ降りたら?」
「もう少しだけ」
「何で?」
浜谷は答えず。
今度はメダルコーナーを見る。
「あ、大澤さん」
大澤が筐体を開けて。
中を確認していた。
「大澤さん、メダルゲームの確認中」
大澤が顔を上げる。
「浜谷くん」
「はい?」
「うるさい」
「すみません」
細井が笑う。
「怒られてるじゃん」
「実況が不評ですね」
「好評になると思ってたの?」
その時。
樋口が通りかかった。
そして。
脚立の上にいる浜谷を見る。
「何してんの?」
「阿佐野店を見守っています」
「早く降りなよ」
「樋口さんまで!」
「邪魔だもん」
「もっと優しい言い方ありません!?」
樋口は笑いながら去っていった。
浜谷は。
再び店内を見る。
カウンターには高村。
お客さんに声をかけられ。
何かを聞かれている。
高村が案内すると。
お客さんは笑顔で頷いた。
その少し向こうでは。
古坂が景品を整えている。
大澤はメダルゲーム。
樋口もクレーンゲームコーナーを歩いている。
そして。
自分の真下には。
脚立を押さえる細井。
「…………」
「何?」
細井が見上げた。
「いや」
浜谷は店内を見ながら言った。
「みんな働いてるなと思って」
「当たり前でしょ」
「そうなんですけど」
浜谷は笑った。
最初に阿佐野店へ来た頃。
知らないことが多かった。
店の広さも。
機械の場所も。
仕事のやり方も。
そして。
ここで働く人たちのことも。
何度も応援に来て。
少しずつ。
分かることが増えていった。
「浜谷くん」
「はい」
「阿佐野、慣れた?」
突然。
細井が聞いた。
浜谷は少し考える。
そして。
店内を見渡した。
「……慣れましたね」
「というか、さすがにこんだけいて慣れてないのは問題ですよ…」
「確かに!でも最初来た頃とは違う?」
「全然違います」
「へえ」
「今はもう、ある程度どこに何があるか分かりますし」
浜谷が続ける。
「誰に何を聞けばいいかも分かります」
細井が笑った。
「それ大事だね」
「めちゃくちゃ大事ですよ」
浜谷は。
もう一度だけ。
脚立の上から阿佐野店を見た。
自分の所属は。
原町中央店。
ここへ来るのは。
あくまで応援。
それでも。
何度も来て。
何度も一緒に働いて。
知らなかった場所が。
いつの間にか。
居心地のいい場所になっていた。
「浜谷くん」
「はい」
「そろそろ降りて」
「あ、はい」
細井が脚立をしっかり押さえる。
「どうぞ」
「絶対離さないでくださいね」
「大丈夫だって」
浜谷が一段。
ゆっくりと足を下ろす。
「慎重だね」
「不安定なの嫌なんですよ」
もう一段。
そして。
床に足がついた。
「よし」
「おかえり」
「ただいまです」
細井が笑った。
浜谷は。
さっきまで自分がいた場所を見上げる。
ほんの少し。
高い場所。
そこから見えたのは。
特別なものではなかった。
いつものスタッフ。
いつものお客さん。
いつものゲーム機。
いつもの阿佐野店。
ただ。
いつもと少し違う場所から見ると。
いつもの景色も。
少しだけ違って見える。
前略、脚立の上より。
今日も。
阿佐野店は。
いつも通りだった。