原町中央店。
開店直後。
まだクレーンゲームコーナーは静かだった。
音楽が流れ。
機械の音が響き。
ちらほらと客が入ってくる。
しかし、一ヶ所だけ。
すでに賑わっている場所があった。
メダルゲームコーナー。
「…………」
浜谷が見る。
「いっつもいますよね」
「本当に。開店したらすぐ来ますよね」
隣にいた川原も見る。
常連のお爺さん。
常連のお婆さん。
いつもの席に座って。
いつものようにメダルゲームを遊んでいる。
「開店してすぐですよ?」
「早いですよね」
「僕らより来るの早いんじゃないですか?」
「ふふっ、それはないでしょ。私たち開店準備してるんだから」
「気持ち的にはですよ」
「それなら分かります」
メダルが落ちる。
ジャラジャラ。
別の台からも。
ジャラジャラ。
朝から。
メダルコーナーだけは活気がある。
「でも今、シニア世代にはメダルゲーム人気らしいですよ」
川原が言った。
「え!?なんで!?」
「ボケ防止とかにいいらしいですよ」
「そうなんですか!?」
浜谷は改めてメダルコーナーを見る。
「メダルゲームが?」
「頭使うじゃないですか」
「まあ確かに」
「あと手も動かすし」
「なるほど」
浜谷は腕を組んだ。
「じゃあ僕も今からやっといた方がいいですかね」
「早すぎません?」
川原が笑う。
「将来のために」
「何十年先ですか!」
「備えあれば憂いなしです」
「浜谷さんはまだ大丈夫ですよ」
「まだってことは、いつかダメになるんですか?」
「そういう意味じゃないです!」
二人が笑っていると。
「おぅ」
聞き慣れた声。
山神だった。
「山神さん」
「おぅ」
山神はそのまま。
メダルコーナーへ向かっていく。
すると。
「あら、山神さん!」
一人のお婆さんが手を上げた。
「おぅ」
「今日もいるわね!」
別のお爺さんが笑う。
「おぅ」
「昨日休みだったでしょ?」
「おぅ」
「やっぱり!いないから寂しかったわ!」
「おぅ」
「会話成立してる……」
浜谷が呟いた。
川原が笑う。
「すごいですね。全部『おぅ』なのに」
「常連さんには意味が分かるんですかね」
「長年の付き合いなんじゃないですか?」
山神は常連客の台を覗く。
「今日は全然ダメだ」
お爺さんが言った。
「もう千枚くらい減った」
「おぅ」
「昨日は調子良かったんだけどな」
「おぅ」
「山神さん、これどう思う?」
「おぅ」
「やっぱそう思う?」
浜谷が川原を見る。
「今の分かりました?」
「全然分かりません」
川原が笑う。
「ですよね」
「でもお爺さんには伝わってますよ」
「すごい世界ですね」
しばらくすると。
別のお婆さんが山神を呼ぶ。
「山神さん、ちょっと来て!」
「おぅ」
「これメダル詰まった?」
山神が台を見る。
確認する。
リセットボタンを押す。
再びメダルが流れ始めた。
「あー、直った!ありがとう!」
「おぅ」
山神は静かにその場を離れる。
浜谷が近づいた。
「山神さん」
「おぅ」
「すごいですね」
「おぅ」
「皆さんとめっちゃ仲良いじゃないですか」
「おぅ」
川原も横から聞く。
「山神さん、いつから来てる人たちなんですか?」
山神が少し考える。
「長いな」
浜谷が驚く。
「喋った!」
川原が吹き出した。
「浜谷さん!」
「そりゃ喋るだろ」
「すみません!」
山神はメダルコーナーを見る。
「毎朝来る人もいるからな」
「やっぱり毎朝なんですね」
川原も感心する。
「毎朝ここに来るのが日課なんですね」
「おぅ」
浜谷が聞いた。
「そんなにメダルゲームってハマるんですかね?」
山神は少し考えた。
「ゲームだけじゃない」
「え?」
「おぅ」
「今の続きをお願いします!」
川原が笑う。
「そこで『おぅ』に戻るんですね」
山神は常連客たちを見る。
ゲームをしながら。
隣の人と話している。
笑っている。
席を立ったお爺さんが。
別のお婆さんのところへ行って話している。
「ここ来たら誰かしらいるからな」
山神が言った。
浜谷と川原が。
メダルコーナーを見る。
「なるほど……」
川原が頷いた。
「ゲームしに来るだけじゃないんですね」
「おぅ」
「ここに来れば知ってる人がいるってことか」
浜谷が言った。
「それなら毎日来たくなるのも分かる気がします」
川原も頷く。
毎朝。
同じ時間に来て。
同じ場所に座って。
メダルを入れて。
ボタンを押して。
誰かと話して。
笑って。
また明日。
それが。
一日の楽しみになっている人もいる。
「いいですね」
浜谷が言った。
「こういう場所ですか?」
「はい。なんか朝からみんな楽しそうで」
「確かに」
川原もメダルコーナーを見る。
「私たちが思ってるより、ここで過ごす時間って大事なのかもしれませんね」
「そうですよね」
「毎日同じ時間に来て、知ってる人と会って」
「山神さんもいるし」
「おぅ」
「そこは入ってくるんですね」
川原が笑った。
その瞬間。
メダルコーナーから。
大量のメダルが落ちる音が響いた。
ジャラジャラジャラジャラ!
「おおー!」
常連客たちから声が上がる。
「出た出た!」
「すごい!」
「今日は調子いいな!」
浜谷もそちらを見る。
「めっちゃ出てる!」
「すごっ!」
川原も一緒になって見る。
大量のメダルが。
次々と落ちていく。
「なんか見てると気持ちいいですね」
川原が言った。
「でしょ?」
「浜谷さん、やったことあるんですか?」
「ありますよ」
「楽しいです?」
「楽しいですよ。川原さんもやります?」
「ちょっとやってみたいかも」
「じゃあ今から」
「今はダメですよ!」
川原が笑う。
「ですよね!」
浜谷も笑った。
そして。
メダルの山を見る。
「でもあれ、何枚くらいあるんですかね」
「相当ありそうですね」
「時間かけて増やしたんでしょうね」
「毎日来てたら、結構長いですよね」
「時間をかけて、メダルを増やす……」
浜谷が考える。
川原がその横顔を見る。
「またなんか言おうとしてません?」
「時はメダルなり」
「ふふっ」
川原が笑った。
「何ですか、それ」
「タイム・イズ・メダル」
「英語にしても一緒じゃないですか!」
「時間は大事ってことですよ」
「急にいいことっぽくしないでください!」
横にいた山神が。
「おぅ」
浜谷が振り返る。
「ほら!山神さんは分かってくれました!」
川原も山神を見る。
「山神さん、本当に分かってます?」
「おぅ」
「どっち!?」
浜谷と川原の声が重なった。
二人が顔を見合わせ。
笑う。
今日も。
原町中央店の朝は。
メダルが落ちる音から始まる。
毎日来る人。
時々来る人。
何年も通い続ける人。
ゲームセンターで過ごす時間も。
その人にとっては。
大切な一日の一部なのかもしれない。
そして。
メダルコーナーでは。
今日も。
いつもの顔ぶれが。
いつものように。
ゲームを楽しんでいた。