阿佐野店。
朝。
浜谷は出勤すると、そのまま更衣室へ向かった。
制服に着替え、名札をつける。
さて、今日も働きますか。
そう思っていると、更衣室の外から高村と矢水の話し声が聞こえてきた。
「この前入ってきた、あの景品見た?」
高村の声だった。
「見た!」
矢水が答える。
浜谷は特に気にすることもなく、制服の襟を整える。
「あれ、私ずっと小籠包だと思ってたの」
「違うの?」
「違うんだって!古坂さんに聞いたら肉まんなんだって!」
「やだぁ!」
「やだよね!」
「…………っ」
浜谷の動きが止まった。
何が。
何が「やだ」なのだろう。
小籠包だと思っていたものが肉まんだった。
なのに二人とも、妙に楽しそうだった。
(なんやこの会話……おもろ)
浜谷は笑いを堪える。
ここで笑ったら、聞いていたことがバレる。
静かに、何も聞いていない顔で更衣室から出よう。
そう思った、その時。
話題が変わった。
「昨日の売り上げ、すごかったね」
高村が言った。
「すごかったみたい!誰がいたんだっけ?」
「古坂さんと細井ちゃんと浜谷くん」
自分の名前が出た。
浜谷の手が再び止まる。
「忙しかったのかな?」
「古坂さんに聞いたら、そんな忙しかったわけでもないみたい」
「やだぁ!」
「やだよね!」
「…………っ!」
浜谷は口元を押さえた。
まただ。
(だから何がやだやねん……!)
売り上げが良かった。
でも、そこまで忙しくはなかった。
むしろ良い話ではないのだろうか。
なのに。
「やだぁ!」
「やだよね!」
完璧な連携である。
浜谷は肩を震わせながら、必死に声を殺した。
もう出られない。
今ここで更衣室から出たら、完全に盗み聞きしていた人である。
二人がどこかへ行くまで待とう。
そう決めた。
しかし。
「あと、浜谷くん頑張ってくれてるね」
「…………」
浜谷の笑いが止まった。
高村の声だった。
「確かに! メンテとか助かる」
「…………」
今度は、別の意味で動けなくなった。
原町中央店のスタッフである自分が、阿佐野店へ応援に来るようになって。
最初は分からないことばかりだった。
どこに何があるのか。
誰に何を聞けばいいのか。
それでも少しずつ覚えて、メンテナンスも任されるようになった。
それが、ちゃんと誰かの役に立っていた。
しかも本人がいないと思っているところで、そんなことを言ってくれている。
「…………」
浜谷は目元を指で拭った。
さっきまで笑いを堪えていたのに。
今度は涙を堪えていた。
(嬉しいわ、認めてくれてるんやな……)
なんだかんだ。
阿佐野店へ応援に来てよかった。
そんなことまで思い始めた、その時。
「でも浜谷くん、この前茂田さんに驚かされて腰抜かしてた」
「…………」
「やだぁ!」
「やだよね!」
「…………っ!」
浜谷は思わず顔を上げた。
(なんで今その話すんねん!!)
せっかく。
ちょっと感動していたのに。
褒められて。
嬉しくなって。
少しだけ泣きそうになっていたのに。
全部吹き飛んだ。
外では二人の笑い声が聞こえている。
浜谷はしばらく黙ったあと、小さく呟いた。
「……出づらい」
小籠包だと思っていた景品は肉まんだった。
昨日の売り上げはすごかった。
浜谷はメンテナンスで役に立っている。
そして。
茂田に驚かされると、腰を抜かす。
更衣室の中で。
浜谷は笑いを堪え。
涙を堪え。
最後には。
恥ずかしさまで堪えることになった。
やがて二人の話し声が遠ざかる。
浜谷は少し待ってから、更衣室の扉を開けた。
「……何も聞いてない。何も聞いてない」
誰に言うでもなく呟いて、売り場へ向かう。
ただ、その日の浜谷は。
いつもより少しだけ。
メンテナンスに気合いが入っていた。