ようこそ!ゲームセンター『ファンステージ』へ!   作:君脇玲

233 / 237
拝啓、更衣室の君へ

阿佐野店。

 

朝。

 

浜谷は出勤すると、そのまま更衣室へ向かった。

 

制服に着替え、名札をつける。

 

さて、今日も働きますか。

 

そう思っていると、更衣室の外から高村と矢水の話し声が聞こえてきた。

 

「この前入ってきた、あの景品見た?」

 

高村の声だった。

 

「見た!」

 

矢水が答える。

 

浜谷は特に気にすることもなく、制服の襟を整える。

 

「あれ、私ずっと小籠包だと思ってたの」

 

「違うの?」

 

「違うんだって!古坂さんに聞いたら肉まんなんだって!」

 

「やだぁ!」

 

「やだよね!」

 

「…………っ」

 

浜谷の動きが止まった。

 

何が。

 

何が「やだ」なのだろう。

 

小籠包だと思っていたものが肉まんだった。

 

なのに二人とも、妙に楽しそうだった。

 

(なんやこの会話……おもろ)

 

浜谷は笑いを堪える。

 

ここで笑ったら、聞いていたことがバレる。

 

静かに、何も聞いていない顔で更衣室から出よう。

 

そう思った、その時。

 

話題が変わった。

 

「昨日の売り上げ、すごかったね」

 

高村が言った。

 

「すごかったみたい!誰がいたんだっけ?」

 

「古坂さんと細井ちゃんと浜谷くん」

 

自分の名前が出た。

 

浜谷の手が再び止まる。

 

「忙しかったのかな?」

 

「古坂さんに聞いたら、そんな忙しかったわけでもないみたい」

 

「やだぁ!」

 

「やだよね!」

 

「…………っ!」

 

浜谷は口元を押さえた。

 

まただ。

 

(だから何がやだやねん……!)

 

売り上げが良かった。

 

でも、そこまで忙しくはなかった。

 

むしろ良い話ではないのだろうか。

 

なのに。

 

「やだぁ!」

 

「やだよね!」

 

完璧な連携である。

 

浜谷は肩を震わせながら、必死に声を殺した。

 

もう出られない。

 

今ここで更衣室から出たら、完全に盗み聞きしていた人である。

 

二人がどこかへ行くまで待とう。

 

そう決めた。

 

しかし。

 

「あと、浜谷くん頑張ってくれてるね」

 

「…………」

 

浜谷の笑いが止まった。

 

高村の声だった。

 

「確かに! メンテとか助かる」

 

「…………」

 

今度は、別の意味で動けなくなった。

 

原町中央店のスタッフである自分が、阿佐野店へ応援に来るようになって。

 

最初は分からないことばかりだった。

 

どこに何があるのか。

 

誰に何を聞けばいいのか。

 

それでも少しずつ覚えて、メンテナンスも任されるようになった。

 

それが、ちゃんと誰かの役に立っていた。

 

しかも本人がいないと思っているところで、そんなことを言ってくれている。

 

「…………」

 

浜谷は目元を指で拭った。

 

さっきまで笑いを堪えていたのに。

 

今度は涙を堪えていた。

 

(嬉しいわ、認めてくれてるんやな……)

 

なんだかんだ。

 

阿佐野店へ応援に来てよかった。

 

そんなことまで思い始めた、その時。

 

「でも浜谷くん、この前茂田さんに驚かされて腰抜かしてた」

 

「…………」

 

「やだぁ!」

 

「やだよね!」

 

「…………っ!」

 

浜谷は思わず顔を上げた。

 

(なんで今その話すんねん!!)

 

せっかく。

 

ちょっと感動していたのに。

 

褒められて。

 

嬉しくなって。

 

少しだけ泣きそうになっていたのに。

 

全部吹き飛んだ。

 

外では二人の笑い声が聞こえている。

 

浜谷はしばらく黙ったあと、小さく呟いた。

 

「……出づらい」

 

小籠包だと思っていた景品は肉まんだった。

 

昨日の売り上げはすごかった。

 

浜谷はメンテナンスで役に立っている。

 

そして。

 

茂田に驚かされると、腰を抜かす。

 

更衣室の中で。

 

浜谷は笑いを堪え。

 

涙を堪え。

 

最後には。

 

恥ずかしさまで堪えることになった。

 

やがて二人の話し声が遠ざかる。

 

浜谷は少し待ってから、更衣室の扉を開けた。

 

「……何も聞いてない。何も聞いてない」

 

誰に言うでもなく呟いて、売り場へ向かう。

 

ただ、その日の浜谷は。

 

いつもより少しだけ。

 

メンテナンスに気合いが入っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。