原町中央店。
その日は、朝から忙しかった。
「すみませーん!」
「メダル詰まったんだけど!」
「あの景品取ってください!」
店内のあちこちから声が飛ぶ。
浜谷がクレーンゲームの対応を終えた直後、インカムから声が入った。
『浜谷くん、メダルお願い!』
「はい、向かいます!」
歩き出したところで、別のお客さんから呼び止められる。
「あ、すみません!」
「はい!」
完全に総力戦だった。
茂田は店内を行ったり来たり。
川原、大沼、藤屋も接客に追われ、高崎と石村はクレーンゲームを次々と対応する。
山神と相馬もメダルコーナーからほとんど動けない。
さらに今日は大倉と生田が原町へ巡回の日だった。
それでも。
忙しい。
「石村さん、これまだ終わってないの?」
高崎の声が少し強くなる。
「今やってますよ」
「さっきからずっとじゃん」
「高崎さんだって、こっちに次々持ってこないでくださいよ」
「コレ今日中に展開しなきゃだから!」
「分かってますって!」
「分かってるならやって?できないの?」
「だからやってるじゃないですか」
浜谷が通りかかる。
「…………」
今日はダメだ。
明らかに空気が良くない。
別の場所では。
「だから、さっきから待ってるんだけど!」
「申し訳ございません……」
川原が頭を下げている。
少し離れたところでは大沼も。
「すみません、順番に対応しておりますので……」
藤屋も別のお客さんに捕まっていた。
「そんなこと言われても困るんだけど」
「申し訳ございません」
三人とも、戻ってきた時にはぐったりしていた。
「疲れた……」
大沼が呟く。
「私もちょっと参った……」
藤屋も苦笑する。
川原は無言で息を吐いた。
山神と相馬は何も言わない。
ただ黙々と接客を続けている。
「おぅ」
いつもの山神の声にも、少し疲れが混じっていた。
相馬も笑顔は崩していないが、朝からほとんど休めていない。
浜谷は店内を見回した。
(これ、店の空気良くないな……)
誰かが悪いわけではない。
ただ忙しすぎる。
余裕がない。
だから、いつもなら気にならない一言にも引っかかる。
浜谷は接客が途切れた瞬間、茂田のところへ向かった。
「茂田さん」
「どうしたニダ?」
「ちょっといいですか?」
二人は店内を見ながら、小声で話す。
「みんな、だいぶ来てますね」
「うん……」
茂田も気づいていた。
「石村さんと麻美さん喧嘩してますし、大沼さんたちはお客さんにいろいろ言われてますし」
「冠と相馬さんも疲れてるニダ」
「このまま夕方まで行くの、ちょっとマズいですよね」
そこへ大倉が通りかかった。
「どうしたん?」
「店の空気がちょっと……」
大倉が周囲を見る。
「ああ。みんな余裕なくなってんな」
生田もやってくる。
「忙しいからなぁ」
ちょうどその頃。
店内の客足が少し落ち着き始めた。
ようやく。
ほんの少しだけ息ができる。
しかし。
「だから石村さん、そこじゃないって!」
「分かってますよ!」
高崎と石村はまだやっている。
大沼、藤屋、川原は並んでぐったり。
山神は椅子に腰掛け。
相馬は静かにお茶を飲んでいる。
「…………」
茂田が全員を見た。
そして。
「こういう時こそニダ」
浜谷が振り返る。
「はい?」
茂田が言った。
「忙しい時こそ、みんなでつながるニダ!」
浜谷の目が光る。
「貨物列車です!」
「なんで!?」
川原が顔を上げた。
数分後。
「じゃあ行きますよー!」
なぜか。
浜谷を先頭に、原町中央店のスタッフたちが一列につながっていた。
浜谷。
茂田。
川原。
大沼。
藤屋。
山神。
相馬。
石村。
高崎。
さらに大倉。
生田。
前の人の肩に手を置く。
「なんで私たちこんなことしてるの?」
高崎が聞く。
「知りません!」
浜谷が答える。
「浜谷くんが貨物列車って言ったんでしょ!」
「茂田さんがつながるって言ったからですよ!」
「そういう意味じゃないニダ!」
「もう始まってます!」
「おぅ」
山神だけは妙に受け入れていた。
「出発進行!」
浜谷が歩き出す。
十一人の貨物列車が、ゆっくりと進む。
「ちょっと待って、歩きづらい!」
大沼が笑う。
「前詰まってる!」
藤屋も笑い出す。
「浜谷さん、速いです!」
川原が叫ぶ。
「まだ全然速くないですよ!」
「なんやこれ!」
最後尾の大倉が笑う。
「仕事中に何やっとんねん!」
「大倉さんもつながってるじゃないですか!」
「巻き込まれたんや!」
生田も笑っている。
列車は数メートル進んだところで崩壊した。
「あー!」
「ちょっと!」
「山神さん止まらないで!」
「おぅ」
全員が笑った。
ほんの数分前まで。
あんなに空気が重かったのに。
「……何やってるんだろ、俺たち」
石村が笑う。
高崎も吹き出した。
「ほんとだよ」
「高崎さん」
「なに?」
「これからもお互い頑張りましょう」
「……わかった。」
大沼が笑う。
「仲直りした」
「貨物列車効果ですね」
浜谷が言う。
「絶対違う」
川原が即座に否定した。
相馬も笑っている。
山神はいつもの調子で。
「おぅ」
茂田がみんなを見る。
疲れが消えたわけではない。
忙しい一日も、まだ終わっていない。
それでも。
少しだけ。
店の空気は元に戻っていた。
「よし!」
茂田が手を叩く。
「後半戦も頑張るニダ!」
「はい!」
それぞれが持ち場へ戻っていく。
大倉も笑いながら言った。
「まあ、たまにはアホなことすんのもええか」
生田も頷く。
浜谷は店内へ戻りながら、少し笑った。
忙しい時。
疲れている時。
余裕がなくなった時。
そんな時こそ。
一人で走るより。
みんなでつながった方がいい。
もっとも。
本当に貨物列車になる必要があるのかは。
誰にも分からなかった。