阿佐野店。
午前。
「おはようございます!!」
浜谷が。
元気だった。
とにかく。
元気だった。
「おはよう」
古坂が返す。
「古坂さん!今日も一日張り切って!頑張りましょう!」
「……どうしたの?」
「何がですか?」
「朝から元気すぎない?」
浜谷は笑う。
「絶好調です!」
「怖いんだけど」
そこへ。
細井がやってきた。
「おはようございまーす」
「細井さん!おはようございます!」
「うわっ」
「なんですか!」
「声大きい」
「元気なんですよ!」
「朝から?」
「朝から!」
細井が浜谷を見る。
「なんかいいことあった?」
「よくぞ聞いてくれました」
「聞かなきゃよかったかも」
「昨日!」
浜谷は胸を張った。
「鍼灸院に行ってきました!」
「…………」
細井と古坂が顔を見合わせる。
「鍼灸院?」
「はい!」
「それでそんなに元気なの?」
「そうなんですよ!」
浜谷は自分の腰を叩く。
「僕、腰痛持ちじゃないですか」
「そうだね」
「最近またちょっと腰がしんどくて。それで昨日、鍼灸院に行ってきたんですよ」
「へえ」
「もう!」
浜谷が両手を広げる。
「すごかったです!」
「何が?」
「全部です!」
「説明になってないよ」
浜谷は止まらない。
「まず鍼!」
「うん」
「刺すんですよ!」
「鍼だからね」
古坂が言った。
「最初ちょっと怖かったんですよ。だって鍼ですよ?身体に刺すんですよ?」
「だから鍼なんでしょ?」
「でも思ってた感じと全然違って!」
「どんな感じだったの?」
細井が聞く。
「場所によってはズーンって!」
「ズーン?」
「そう!ズーンって!」
浜谷が腰の辺りを指差す。
「ここ!ここら辺に刺された時、ズーンってきて!」
「痛いの?」
「痛いっていうか……ズーンです!」
「分かんない」
「ズーンなんですよ!」
古坂が笑う。
「語彙が全部ズーンになってるよ」
そこへ。
樋口が通りかかった。
「何の話してるんですか?」
浜谷が振り返る。
「樋口さん!」
「はい」
「鍼灸ってすごいですよ!」
「急に何ですか?」
「昨日行ってきたんです!」
「へえ、鍼灸院?」
「そうです!」
樋口も捕まった。
浜谷の鍼灸講座が続く。
「あとお灸!」
「お灸もやったんですか?」
「やりました!」
「熱くなかった?」
「ちょうどいいんですよ!」
「へえ」
「じわーっと温かくなって!」
浜谷が目を輝かせる。
「もう途中から寝そうになりました!」
細井が笑う。
「それは気持ちよさそう」
「でしょ!?」
浜谷が食いつく。
「細井さんも行った方がいいですよ!」
「なんで?」
「絶対いいですって!」
「私、腰痛くないけど」
「腰だけじゃないですよ!」
「急に詳しくなったね」
「昨日行っただけですけど!」
「昨日行っただけなんだ」
古坂が笑った。
その時。
茂田がやってきた。
「何の集まりニダ?」
「茂田さん!」
浜谷がすぐに近づく。
「鍼灸って知ってます?」
「知ってるニダ」
「行ったことあります!?」
「あるニダ」
浜谷が固まった。
「…………」
「何ニダ?」
「先輩じゃないですか!」
「何の?」
「鍼灸の!」
「知らないニダ」
「どこに刺しました!?」
「質問の仕方が怖いニダ」
細井が吹き出した。
浜谷は完全に興奮している。
「僕、腰に何本かやってもらったんですけど!」
「琉くん」
「はい!」
「仕事は?」
「…………」
浜谷が止まる。
「します」
「鍼灸院の営業に来たんじゃないニダ」
「違いますよ!」
ようやく。
浜谷は仕事へ戻った。
しかし。
数分後。
クレーンゲームコーナー。
古坂が景品の入った箱を持ち上げようとしていた。
「よいしょ」
浜谷が反応する。
「古坂さん!」
「何?」
「腰!」
「え?」
「腰気をつけてください!」
「うん」
「腰は大事ですよ!」
「分かった」
「もし痛くなったら鍼灸!」
「もういいって」
また少しして。
細井が背伸びをした。
「んー!」
浜谷が見る。
「細井さん!」
「何?」
「肩凝ってます?」
「いや、伸びただけ」
「肩にも鍼いいらしいですよ!」
「浜谷くん」
「はい」
「殴るよ?」
「一発だけですよ?」
「一発で仕留めるから!」
「殴られても鍼を打てば治るかも!」
樋口が笑う。
「完全にハマってますね」
「だって本当に身体軽いんですよ!」
浜谷はその場で軽く屈伸する。
「見てください!」
「何を?」
「この動き!」
「普通です」
「昨日までの僕を知らないからですよ!」
「昨日も普通に動いてましたよ」
「樋口さんまで!」
そこへ。
高村がやってきた。
「みんな集まってどうしたの?」
「百合枝さん」
古坂が答える。
「浜谷くんが昨日、鍼灸院に行ったらしくて」
「あら、そうなの?」
「高村さん!」
浜谷の目が輝く。
古坂が小さく言う。
「あ、捕まった」
「どうだった?」
高村が聞いた。
「最高でした!」
「よかったじゃない」
「高村さんもぜひ!」
「あら、私も?」
「はい!」
「どこか悪いの?」
「今後悪くなるかもしれないじゃないですか!」
「予防まで始めた」
細井が笑う。
高村も笑った。
「浜谷くん、鍼灸院の人から何かもらってるの?」
「もらってませんよ!」
「紹介したら安くなるとか?」
樋口が聞く。
「ないです!」
「じゃあなんでそんなに勧めるの?」
「よかったからです!」
浜谷は即答した。
「僕はただ、この感動を皆さんに伝えたいんですよ!」
「昨日一回行っただけで?」
細井が聞く。
「一回で十分です!」
「すごい自信」
茂田がカウンターから浜谷を見る。
「琉くん」
「はい?」
「そろそろ鍼灸の話やめるニダ」
「でも茂田さんも行ったことあるんですよね?」
「あるニダ」
「よかったですよね!?」
「まあ」
「ほら!!」
「うるさいニダ!」
古坂が笑う。
浜谷は満足そうだった。
昨日まで。
腰が重い。
腰が痛い。
そんなことを言っていた男が。
今日は。
店内を元気に歩き回っている。
「でも」
細井が浜谷を見る。
「そんなに楽になったなら、行ってよかったね」
「そうなんですよ!」
「また始まる」
「いや、聞いてください!」
「聞いたよ。もう十分聞いた」
「まだお灸の話が!」
「それも聞いた!」
浜谷は不満そうな顔をした。
「じゃあ最後に一個だけ」
「何?」
「皆さん」
浜谷が。
なぜか全員を見る。
「鍼きって」
「…………」
「深呼灸していきましょう!」
「…………」
静かになった。
古坂が浜谷を見る。
樋口も見る。
高村も見る。
茂田も見る。
細井が。
一番近くから浜谷を見る。
「浜谷くん」
「はい」
「今日、一番それ言いたかったでしょ?」
「…………」
浜谷は笑った。
「はい!」
「やっぱり」
「でもいい言葉じゃないですか?」
「意味分かんないよ」
「鍼きって!」
「張り切って、ね」
「深呼灸!」
「深呼吸、ね」
「うまくないですか?」
「説明しないと分からない時点でダメじゃない?」
「厳しい!」
高村が笑う。
「でも今日は本当に元気ね」
「はい!絶好調です!」
「ならよかった」
「高村さんも鍼灸――」
「もういいニダ!」
茂田の声が飛んだ。
阿佐野店。
今日の浜谷は。
やたら元気だった。
身体が軽くなったからなのか。
鍼灸について喋りすぎたからなのか。
それは分からない。
ただ一つ。
分かったことがある。
浜谷に。
新しくハマったものの話を聞くと。
長い。